京都の三大祭りの1つである、葵祭の平安行列を見に行きました。
5月15日。
家を出るのが少し遅れ、電車に乗るのがまた遅れ、地下鉄今出川駅で降りて、行列が通過する場所に着いたのが11時20分頃。
すでに、半分くらい過ぎた後でした。
この行列のことを正式には「路頭の儀」と言います。
葵祭の儀式の1つですが、ニュースになるのはこの路頭の儀ですね。
命婦
花傘を差し掛けられているのが命婦(高級女官)です。
斎王代
葵祭のヒロインです。輿から十二単の裾を垂らしていますが、これは平安時代の貴族女性の習慣だそう。
牛車
牛を引く狩衣姿の少年は牛童と呼ばれます。
去年は雨で1日順延されましたが、今年は曇が多く日差しもあまりなくて、良かったと思います。
帰り道、大きな道標を見ました。
慶応4年4月に設置された、高さが1.68mある立派な道標です。場所は寺町今出川の北東交差点。
東方面は
下かも、吉田、真如堂、比ゑい山、黒谷、坂本越とそれぞれ目的地までの距離も示されています。下部には寄進者の名前が刻まれています。
同様に他の三方向も行き先と距離が刻まれています。慶応4年は西暦1868年なので設置後156年になります。
5月15日。
家を出るのが少し遅れ、電車に乗るのがまた遅れ、地下鉄今出川駅で降りて、行列が通過する場所に着いたのが11時20分頃。
すでに、半分くらい過ぎた後でした。
この行列のことを正式には「路頭の儀」と言います。
葵祭の儀式の1つですが、ニュースになるのはこの路頭の儀ですね。
命婦
花傘を差し掛けられているのが命婦(高級女官)です。
斎王代
葵祭のヒロインです。輿から十二単の裾を垂らしていますが、これは平安時代の貴族女性の習慣だそう。
牛車
牛を引く狩衣姿の少年は牛童と呼ばれます。
去年は雨で1日順延されましたが、今年は曇が多く日差しもあまりなくて、良かったと思います。
帰り道、大きな道標を見ました。
大原口道標
慶応4年4月に設置された、高さが1.68mある立派な道標です。場所は寺町今出川の北東交差点。
東方面は
下かも、吉田、真如堂、比ゑい山、黒谷、坂本越とそれぞれ目的地までの距離も示されています。下部には寄進者の名前が刻まれています。
同様に他の三方向も行き先と距離が刻まれています。慶応4年は西暦1868年なので設置後156年になります。
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