豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

ソウルのキム・ヨナ (1)

2010年03月19日 | あれこれ
 
 今回のソウル旅行の“お目当て”の1つは、“キム・ヨナ”グッズを探すことだった。

 バンクーバー・オリンピックでは、ぼくはキム・ヨナ選手を応援した。
 その後のテレビ番組で森永卓郎が、ニッポンの中年男たちはヨナ選手の方が好きだろうといった発言をしていた。ぼくも、典型的なニッポンの「オヤジ」の一人らしい。

 女房の方は熱烈な浅田真央ちゃんファンで、フリーで真央が失敗して泣いていたときにはもらい泣きまでして、「あんたがヨナを応援するから、真央ちゃんが負けてしまった!」といって怒って夕飯を作ってくれなかった。
 仕方なく、あの日は近所のスーパーで冷凍餃子とビールを買ってきて、一人で孤食をする羽目になってしまった。

 ぼくが応援すれば勝てるのなら、東京オリンピックのときのアン・クリスチネ・ハグベリ選手などはぶっちぎりのタイムでドン・フレイザーを破って優勝したはずである。
 
 いずれにしても、ぼくは今回のソウル旅行で“ヨナ・グッズ”を探すことにした。
 インチョンからソウルに向かう送迎車の中でも現地添乗員の女性から、「韓国で予定はありますか」と聞かれたので、即座に「キム・ヨナ・グッズを探します」と答えた。
 年甲斐もないが、これくらいの目標でも立てておかないと、女性と違って買い物のために町を歩きまわる元気が起きないのである。

 実は10年前の前回のソウル旅行の時も、永豊文庫(ヨンボ・ブンコ)の地下で見かけた当時の女性タレントの「生写真」を何枚か買って帰ったら、その中に後に「猟奇的な彼女」で日本でもブレークすることになるチョン・ジヒョンの写真が混じっていて、得した気分になった。

 ・・・ということで、ソウルの街かどで見かけた“キム・ヨナもの”をいくつか。

 最初は“街角のキム・ヨナ”シリーズ(?)第一弾として、明洞のナイキ・ショップの壁面からソウルの空を見上げていたキム・ヨナ。
 撮影は3月16日の午後。

 2010/3/19(記)

ソウルを歩く・5 新羅ホテルの迎賓館

2010年03月19日 | あれこれ

 新羅ホテルから新羅免税店に向かう道(といっても新羅ホテルの敷地内)の右手に、“迎賓館”という看板の掲げられた韓国風の建物がある。

 新羅ホテル、免税店が現代的なのに比べて、対照的なレトロな建物である。

 使われている様子はなく、建物の前は駐車場人っていて、クルマがたくさんとまっている。

 小高い丘の上に立っているところをみると、“新羅ホテル”の場所はその昔は由緒ある人物の別宮か何かで、その時代の「迎賓館」だったのかもしれない。

 2010/3/19(記す)

ソウルを歩く・4 新羅ホテルの浴室

2010年03月19日 | あれこれ
 
 新羅ホテル“THE SHILLA”のバスルーム。

 韓国では環境保護のために、アメニティー・グッズは控えているという。
 タオル、石鹸、ボディ・ソープ、シャンプーは置いてあるが、歯ブラシ、歯磨き、ローションなどは有料になっていた。
 ホテルの歯ブラシ類は、実用性は低くお土産にもならない。不要だろう。置いてあったものでも、櫛、シャワー・キャップ、ガウンなども不要ではないか。

 前回訪問した1992年には、「ソウルで1日に出るゴミが何万トン! ゴミを減らそう」というポスターが地下鉄の車内に貼ってあった。ビニールのゴミ袋が電信柱の半分くらいまで積み上げられているイラストが描かれていた。
 確かに、鐘路の裏通りを夜中に歩くと、そこら中の飲食店の軒先に、食べ残しのキムチで真っ赤になったゴミ袋が捨てられていた。
 それに比べると、今回はずいぶんゴミも少なくなった印象だった。

 2010/3/19(記す)

ソウルを歩く・3 新羅ホテルの室内 

2010年03月19日 | あれこれ
 
 新羅ホテルの室内。
 セミダブル・ベッドが2つ。それぞれに大小2つの枕が用意してある。テレビを見るには便利だが、いざ寝る時になると、使わない方の枕が邪魔になった。

 椅子が2脚の応接セット。ライティング・デスクとテレビ台、ミニ・バー、ワード・ローブが並んでいる。
 
 窓の障子の桟は韓国風。障子をあけると、遠くの正面に南山タワーがそびえている。
 窓の下にはホテルのプールが見え、右手には野球場が見えている。ネット裏だけでなく、1、3塁両方ともに5、6列はある観客席まで付いている、立派な野球場である。2日目の晴れた午後には金属バットで球を打つ音が部屋にも聞こえてきた。
 
 地図で調べると、「奨忠公園」というらしいが、隣りの東国大学のグランドかもしれない。
 わが同僚の韓国語の先生は確か東国大学の出身だったはずである。“真白き富士の嶺”を涙ながらに歌う女性である。

 2010/3/19(記す) 

ソウルを歩く・2 新羅ホテル

2010年03月19日 | あれこれ

 * 写真は、新羅ホテル(“THE SHILLA”)のエントランス。

 韓国の大統領府“青瓦台”ふうの瓦葺きである。

 案内の方の話によると、青は学問の象徴で、儒者が国を治めていた当時からの風習で、政治の中心的建物の屋根に青が使われているという。
 “青瓦台”の方はそうだとして、“新羅ホテル”の青瓦はどう説明されるのだろうか。

 2010/3/14

ソウルを歩く・1 雨のソウル到着

2010年03月19日 | あれこれ
 3月14日(日)
 午後12:55、成田発、大韓航空702便でソウルへ向け出発。今回の旅行は、われわれ夫婦と、もう1組の母子連れの4人だけ。
 15:35、ソウル、インチョン(仁川)空港到着。
 残念ながらソウルは雨。ソウルは2回目だが、9年前の初訪問の際のときも3月だった。半分は仕事で12日間滞在したが、雨の日は1日もなかった。現地の案内の方の話では、今年のソウルは異常気象で、1月4日には大雪が降って28cmも積もったという。

 雨の自動車道をソウル市内、南山の新羅ホテル(“THE SHILLA”)に向かう。市内に近づくにつれて、だんだん渋滞が激しくなる。漢江沿いの道路に入ってから1時間以上かかって、ようやく新羅ホテルに到着。
 ひとまず部屋に入ってくつろぐ。シーズンであれば1泊1万円は優に超えるだけあって、立派な設備である。昨年の秋に医学会の招待で泊った金沢全日空ホテル(金沢ANAクラウンホテル)並み。
 
 今日の予定は、新羅(シッラ)免税店での買い物だけ。
 女房は購入予定の化粧品の値段を片っ端から確認する。どこの店員さんも美人揃いのうえに、みんな流暢な日本語を話す。「観光立国」などと言いながら、日本には彼女たちほど韓国語や中国語を話せる店員さんがいるだろうか。
 みんな色が白くて、背が高く、顔が小さい。とくに“SK-2”の店員さんは、韓流ドラマのヒロインでもおかしくないくらいの美人だった。

 初日の夜は、前回の訪問で勝手がわかっている鐘路(チョンノ)を歩き、屋台で食事と焼酎の予定だったが、雨が降っていたので、ホテル近くのコンビニで韓国風太巻きと韓国風インスタントラーメン、それに韓国ビール(“CASS”)を買って、ホテルの部屋で済ませた。

 * 写真は、新羅ホテル“THE SHILLA”の全景。 

 2010/3/14