豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

井上和男編 『小津安二郎全集』

2010年10月11日 | 映画
 
 井上和男編『小津安二郎全集』(新書館)を買ってしまった。

 「小津の映画を全部見てもいないのに、脚本を読んでどうするのだ」とも思ったが、“若人の夢”から始まって、“女房紛失”、“会社員生活”、“肉体美”、“結婚学入門”など、今日ではフィルムが残っていない作品のせめて脚本だけでも読んでみたいので買ってしまった。
 日本映画の草創期に一体どんな学園ものが撮られていたのか、また、家庭もの、サラリーマンものも一体どんなものなのか、映像で見られないのは残念だけど、活字で読んでみることにした。

 もともと、ぼくは本が好きで、野球でも映画でも関連する本を読まないと自分の脳みその中の落ち着くべき場所に落ち着かないところがある。
 映画に関しても、若い頃には佐藤忠男の『映画と人間形成』(評論社)や『映画の読み方』(ジャコメッティ出版)を読み、30代には川本三郎を読み、「キネマ旬報」の『アメリカ映画作品全集』(ヨーロッパも日本も)を読み、芳賀書店の『アメリカ映画史』だの「監督シリーズ」も読んだ。
 50代になって再び映画(ただしDVD)を見るようになったのも、芦原伸の『西部劇を読む事典』(NHK生活人新書)を読んだのがきっかけだった。そして、60歳になったこの夏からは、せっせと小津安二郎関係の本を読んでいる。

 思い返すと、ぼくの映画本の読書歴は結構古く、昭和30年代にさかのぼる。当時、アルス児童文庫というシリーズがあったのだが、父親がその中の1冊を執筆していたので、わが家にはこのシリーズが全巻そろっていた。
 その中に『映画の話』という1巻があって、それを読んだ記憶がある。今は手元にないが、ネットで調べてみると飯島正執筆のようである。他のことは何も覚えていないが、この本はビットリオ・デシーカの“自転車泥棒”のストーリーに従って、スチール写真がたくさん掲載してあった。おそらく子供向けに「映画の見方」を解説していたのではないかと思う。
 
 ということで、小津も映画だけでなく本を読まないと気が済まないのだが、『小津安二郎全集』は、まず別冊を読んだ。40頁弱の小冊子には、編者の井上和男と佐藤忠男、川本三郎の鼎談、井上による「私的小津論(ひと・しごと)」という小津論の2本が掲載されている。
 両方とも面白かった。多くの納得のいくことと、いくつかの納得できない記述に出会ったが、いずれにしても、井上や佐藤の小津の映画や人物に対する愛情が行間にあふれていて、読んでいて気持ちがいい。いくつか小津に関する本は読んだが、深いところで小津に対して距離のある著者の書いたものは、映画論としては立派なのかもしれないが良い読後感は得られない。

 井上は、小津の助監督だった塚本芳夫の葬儀までを切り盛りしたことから小津の寵愛(?)を得ることになったというが、塚本が急死してご両親が上京するあたりは感動的である。書いてあることには同感するところと、同感できないところがあったが、小津に対する尊敬と相互の愛情が感じられて気持ちがいい。
 “風の中の雌雞”を評価し、“東京暮色”の有馬稲子や“秋刀魚の味”の岩下志麻をほめるあたりは同感し、“東京暮色”の主人公は笠智衆だとする小津自身の発言に(佐藤を引用して)反論するところなどは同意できない。ぼくは笠智衆に引きずられすぎる嫌いがあるのだが、あの映画ではずっと笠智衆が気になってしまった。同じ“東京暮色”のラストシーンを激賞するところも違う。妹(有馬)があんなことになって姉(原節子)が上野駅に来るわけはないだろう。あのホームでの明大生たちの応援歌もいかにもレコードを流しているみたいで耳ざわりだった。
 “小早川家の秋”のラスト近くで、笠智衆と望月優子の農民夫婦が川で野菜を洗いながら、火葬場の煙突から出る煙を眺めて語るシーンも、ぼくは余計なものに思えた。まさに「砂利を噛まされた」思いである。

 しかし、“秋刀魚の味”について、中学校教師(東野英治郎)を軽侮し、かつては憧れだったその娘(杉村春子)の変貌に失望しつつ、実は、当の元生徒たち(笠智衆、中村伸郎、北竜二ら)自身にも老いが忍び寄っているという指摘もなるほどと思った。年をとって見ないとこの辺は分からないだろう。
 そして、“秋刀魚の味”が遺作では小津が気の毒だ、という野田の言葉に対する異議も頷ける。できれば“大根と人参”も見たかったが、“秋刀魚の味”で映画人生を閉じたことでも、十分に余韻は残る。

 不帰となった入院生活の際に、退院の時のことを心配して痩せた体型に合うように背広を注文した話、野球でアキレス腱を断絶させた時に背負った小津に比べて、棺桶があまりに軽くて泣いたところなどがいい。
 香典を回収に来た松竹の経理部長を追い返したために、城戸四郎から婉曲に解雇を言い渡され、その場で松竹をやめてしまうのも潔い。

 * 井上和男編『小津安二郎全集』(新書館、2003年)の箱。

 2010/10/10 きょうは46年前のきょう、東京オリンピックの開会式があった。土曜日で、東京は雲ひとつない晴天だった。

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