箱根から帰って、まずは、11月の学会の予稿レジュメを書きあげ、送信した。きょう(9月15日)が締め切り、ぎりぎりで滑り込む。
一仕事終えて、夕方から近所のTSUTAYAで借りてきた小津安二郎の“東京暮色”を見る。
水曜日はDVDの旧作が1本200円なので3本借りたのだが、カウンターで「金曜からは1本60円(!)というサービスが始まる」というチラシを渡された。さらに、DVD2本無料券までついてきた。
これを使わない手はない。来週から後期の授業が始まるが、来週は“小津ウィーク”になってしまいそうだ。
さて“東京暮色”だが、小津の「夏三部作」(“晩春”“麦秋”“東京物語”)は夏休み中に全部見たので、これらと「秋三部作」(“秋日和”“小早川家の秋”“秋刀魚の味”)との間に撮られた“早春”(1956年)、“東京暮色”(1957年)、“彼岸花”(1958年)などを見ることにしたのである。
時代順から行けば、“早春”なのだが、季節はずれなのと、高橋治が岸恵子をやけに高く評価しているので“早春”は後にとっておくことにして、“東京暮色”から行くことにした。
戦時中、夫(笠智衆)が満州に出張している間に、内地に残された妻(山田五十鈴)が、子どもを棄てて夫の部下と駆け落ちしてしまう。
残された夫と二人娘(原節子、有馬稲子)一家の戦後の物語である。
銀行勤めの夫は一生懸命に子供を育て上げるが、嫁に行った長女(原)は夫(信欽三)とうまくいかず、幼な子を連れて実家に戻っている。二女(有馬)は戦後のアプレ・ゲ―ル世代の無責任な大学生に恋をして子を身ごもるが、男に捨てられ中絶せざるをえなくなる。
高橋治の『絢爛たる影絵』では、次女役の有馬稲子の演技が拙いと繰り返し批判していたので、有馬が画面に出てくるたびに、気になって仕方がなかった。
上手いとは思わないが、交際相手の大学生(田浦正巳)や、その他アプレ・ゲ―ル世代を演じる役者たちも、みんな負けず劣らず下手だったと思う。もっといえば、“東京物語”の大坂志郎にしたって、一日がかりで1シーンを撮り直しし続けたというわりには、出来上がった演技はそれほどのものではなかった。“お茶漬の味”の鶴田浩二もひどかった。
そもそも、“東京暮色”の有馬の役は全体の中でそれほど重要なものではないので、あんなものでよかったのではないか。アプレ女の軽薄さは出ていた。
欲を言えば、表面的には父親に反発しながらも、もう少し父の愛情に応えたい、本当は父に甘えたかったのだという演技をしていれば、最後に残された父の孤独はもっと深く感じられたと思う。
そういう演技ができないのだったら、小津の側でそういう場面を作ってやればよかったではないか。ただし、小津は「説明」を極端に嫌ったというから、そんなシーンは考えられないのかも知れない。
高橋治の本では、“東京暮色”の頃、小津は原節子に代わる主役級の女優を求めていたという。そこまでの女優としては有馬はとても無理だろう。
有馬稲子はただのアプレ女にしか描かれていなかったが、笠智衆と原節子と山田五十鈴だけでも、“東京暮色”は十分である。
途中、笠と妹の杉村春子が鰻屋で昼食をとる場面がある。
この鰻屋の女中が、わが憧れの“戸田家の兄妹”に出てきた長女(吉川満子)の家の女中役の女優(氏名不詳)ではないかと思ったのだが、配役には「伊久美愛子」とある。
しゃべり方(「はい」と言うだけだが)がそっくりである。芸名を変えた可能性もあるが、コマ落としで見ると、ちょっと違うようだ。
ラスト近く、山田が新しい男と上野駅で夜汽車の座席に着くと、何両か向こうの見送り人の間から明治大学の応援歌“Oh! 明治”の合唱が始まる。明大生必見の映画である。
* レンタルDVDのため、ケースの写真がないので、“東京暮色”のタイトルバック。
2010/9/15