猿谷要『アメリカ南部の旅』(岩波新書、1979年)を読んだ。
すでに読んだ形跡があったが、断捨離(といえば体は良いが、要するに捨てることである)前のお別れの儀式のようなものである。
1976年がアメリカ独立200年に当たっていたので、その前後にアメリカものが沢山出版された。猿谷にも「アメリカ独立200年」といった書名の本があったように思う。
※調べてみると、「イエスタデイ&トゥデイ--星条旗200年物語」((朝日新聞社、1977年)という本だった。
本書は猿谷が得意としていた「アメリカ南部」ものの1冊だが、久しぶりにパラパラと目を通すと、印象的な文章にいくつか出会った。中でも一番印象的だったのは、極右の人種差別主義者だった(と思っていた)アラバマ州知事、ジョージ・ウォーレスについての記述である。
ウォーレスは根っからの人種差別主義者で、その心情に従った政治家だと思っていたのだが、本書によると、そうではなく、ウォーレスは実は計算づくのポピュリスト(大衆迎合政治家)で、人種差別を唱えたほうが州民にアピールし当選につながると見込んで人種差別主義を唱えたのであって、1970年代になると、もはや人種差別では選挙に勝てないことを悟って変節したのだという。
1960年代に黒人学生の入学をめぐって大騒動になったアラバマ大学だが(確か入学式に州兵まで動員された)、1970年代になって、黒人女子学生がミス・キャンパスに選ばれた際には、豹変したウォーレス(当時も州知事だった)がわざわざ同大学を訪れて、みずから彼女に女王の王冠を与えた(!)という仰天エピソードが紹介されている(110頁)。
「国民は自分の頭の大きさに見合った帽子(=政治家)しか戴くことができない」という有名な政治家か政治学者の言葉があったが、まさに至言である。わが国会議員や地方議員の愚行や犯罪のニュース報道に接するたびに、この言葉を思い出す。
アメリカ合衆国は、先住民のアメリカ・インディアンから土地を収奪してできた国家である。
ジョン・ロック『市民政府論』が、入植した白人による先住民からの土地収奪を “property” の権利の名のもとに正当化したことは後世に残るロックの汚点である(26、36、41節ほか、鵜飼訳、岩波文庫32頁以下)。今になって見れば、実はアメリカ先住民であるインディアンの生活こそ地球と共生する持続可能な生活方法だったのである。ロックは、悪しき「近代」の先駆者でもあった。
本書では、白人入植者による先住民の土地収奪の歴史も説明してある。
1823年には連邦最高裁長官のジョン・マーシャルがインディアンたちの土地所有権の正当性を認めていたのに、1830年に大統領アンドリュー・ジャクソンがインディアンに対する強制移住法を制定して、彼らをミシシッピー以西の荒廃地に強制的に移住させたのである(42頁~)。
白人と闘って矢折れた部族が多かった中で、チェロキーは白人との共存の道を探り、1838年まで「チェロキー国家」を存続させたが、最終的には白人政府によって潰されてしまった。アメリカの白人政府の非情さは、当時アメリカを訪問したトクヴィルによっても糾弾されていいる(45、54頁)。
ぼくは1974年に出版社に入社したが、入社直後に「インディアン憲法崩壊史」という本がわが社から出版された。「インディアンに憲法があった?どんな内容だろう?」と興味を覚えて購入した。自腹で買った最初の自社の本はおそらくこの本ではなかっただろうか。
定年退職した3年前に、アメリカ憲法を専攻する後輩研究者にあげてしまった。違憲審査基準論議が全盛の憲法学界において、アメリカ憲法の正統性を疑うこの本を彼が読むことはあるだろうか・・・。
本書の最終ページには、「1979・11・7(水)pm 9:41」と書き込みがある。
この本も断捨離される運命なのだが、巻末の文献目録などは誰かの役に立つのではないかと思うと、躊躇する。
2023年9月26日 記