豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

まだまだ続く豪徳寺 -1

2010年07月18日 | 玉電山下・豪徳寺

 せっかく雨の中で写真をたくさん撮ってきたので、豪徳寺ネタをもう少し。

 豪徳寺商店街そぞろ歩きのつづきは、おもちゃ屋の“とばり”。
 ここは、くだんの友人が店主に尋ねたところ、昭和33年だか34年だかに開店したという。

 ぼくが豪徳寺に住んでいたのが昭和35年までだから、時期はあっている。
 そして、ぼくの記憶でもあの辺りにおもちゃ屋がった。先日通りかかった時は、エポック社などのブランド物が店頭に置いてあった。

 当時(昭和30年代)は、正月にお年玉をもらうと、その店か通称「うえの市場」近くの玩具屋で小出信宏社や任天堂の玩具やゲームを買った。
 しかし、日常的に買ったのは、三角ベースをやるためのゴムまりくらいだった。いずれにしても、かつてはもっと駄菓子屋風のジャンクな(?)店だったように思う。
 
 前に書き込んだ西鉄ライオンズの稲尾和久投手がボタ山の前で投球練習しているブロマイドは、この店の籤であてたはずである。
 古新聞を20センチ角くらいに切って三方を(二方だったかも)糊で閉じた手製の袋の中に野球選手のブロマイドが1枚づつ入っているのが、数十枚束ねてビニール紐で柱の鉤からぶら下がっていた。
 店の人にお金を払ってから、目星をつけたやつをビリッと紐からちぎって取るのである。

 中味を覗こうと思えばまったく不可能ではなかったが、覗かないのがルールだった。お気に入りの選手が出てくれば喜び、しょうもないのが出た時はがっかりする。
 そのこと自体も楽しみだったのだろう。

 そんな店があったのだが、それが今も残る“とばり”さんなのだろうか。ちなみに、玉電の線路方向に少し歩いたところに「戸張」という表札の家もあったように思うが、記憶違いだろうか。

 2010/7/9 撮影
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