雨、18度、93%
主人は7年前、義父の死に伴い実家の家、土地を相続しました。残った義母はこの5年、入退院の繰り返しから今では老人施設で生活しています。たまに私が訪れるだけの空き家同然となりました。パンデミックで3年間帰国できなかった主人が戻って来たのは昨年末でした。その主人が年明けて急に実家の売却の話を私にしました。私の持ち物ではありません。主人の決断に任せるよりないと思いました。
主人は香港に戻る前、売却のために複数の不動産屋と会い方向を固めていったようです。そうすることで自分の気持ちも次第に固めていったように、そばで私は見ていました。この売却が意外にも直ぐに決まりました。主人の希望価格通りです。私にとっては思わぬ展開になりました。事務的な対処は主人が香港からzoomなどを使ってやりとりします。実務をこなすのは私の役目です。売却に当たり解体整地が必要です。家の中は義母が住んでいた時のままでした。簡単な整理は今までもして来ましたが、私は義理の身の上ですからタンスを開けてりしないでいました。ところが今回はそうも出来ません。どこに何が仕舞われているかもわからない状態から私ができる範囲の整理を始めたのは1月の下旬、目処がついた段階で整理してもらう業者を選びました。
私は自分の実家である今住んでいる家の改築時にも父母の残したものの整理をしました。潔く残すものはごく僅かにしました。その後頼んだ業者の仕事はあまりにも杜撰だった経験があります。捨てるものですが、手厚く扱って欲しかったと思っていました。
昨日、荷物の運び出しが終わった確認のため、主人の実家に向かいました。搬出中、度々確認に訪れていました。いつ行っても足の踏み場がないような煩雑さはなく、整然と不用品が整理されていました。
昨日は朝から雨でした。「行きたくない」という思いに拍車がかかります。重い心を抱えて主人の実家に着きました。業者より一足先に家を見て回りました。解体時に破棄されるものは残されていますが、埃も塵もなくきれいに片付けられていました。ガランとした家の真ん中に立ち、心がどんどん虚ろになりました。
いい仕事をしてくださった業者の方に深くお礼を言って、先に帰ってもらいました。ライフラインの停止の手筈は整えてあります。電気のブレーカーを全て下ろしました。「まさか私がこの家の最後を看取ることになるとは。」この家に嫁いで来て45年になります。「まさか私が」この役目を担うとは思ってもいなかったことです。
家に帰り、何も手がつけられないほど心身が消耗していました。雨を見ながら、ぼーっと座っていました。夕方主人から電話が入りました。主人の声を聞くと張り詰めていた気持ちが緩み、わっと泣き出してしまいました。本当に辛かった。
解体に入ります。足繁く通い、その様子を見届けなくてはと思っています。そうすることが義父母への感謝だと思います。
今日は何も知らない義母を退院後の診察に病院に連れて行きます。義母の顔を見て泣かないようにと今から心を固めています。いつも義父母が私を温かく迎えてくれた家でした。
お疲れ様でした。
まだまだこれから心身共に大変な事がお有りでしょう。
真奈さんのお気持ちを察して胸に込み上げるものがありました。
これからも順調に進みますように!
今からもうひと仕事、これは選択を間違えられませんからまた気が重い。身体全体が落ち込むような疲れが残っています。お天気のせいもありますね。