チクチク テクテク 初めて日本に来たパグと30年ぶりに日本に帰ってきた私

大好きな刺繍と大好きなパグ
香港生活を30年で切り上げて、日本に戻りました。
モモさん初めての日本です。

国産小麦の粉でフランスパンを焼きました。

2018年05月31日 | パン

曇、23度、82%

 国産小麦から作られた小麦粉はパン作りには向かないと言われてきました。それがこの10年ほどで国産の小麦から作られた粉でも美味しいパンが焼けるようになりました。日本の農産物の進歩です。小麦の産地北海道ばかりかここ福岡でも地元の小麦でパン用の小麦粉を作っています。

 5年ほど前、「日本の小麦で作った強力粉でパンを焼きたい。」とブログに書きました。それを読んだ友人が、当時は高いものだった「ハルヒカリ」をたくさん香港まで送ってくださいました。嬉しかった。私が香港で国産小麦の強力粉でパンを焼くことが出来たのは、この友人のおかげです。国産小麦の粉で焼いた食パンは、もっちりときめ細やかに焼けました。

 強力粉には食パンなどを焼くための粉とフランスパンを焼く粉では違います。北海道産小麦で作られた「TYPE ER」という強力粉でフランスパンを焼きました。今まではフランス産小麦から作られた粉を使っていました。まず粉の色からして違います。日本の粉は白。フランスの粉はやや黄味がかった灰い色です。仕込み水はフランスの硬水を使います。日本の粉は水をぐんぐん吸い込みます。フランスの粉の1割近くの多い水で捏ねました。塩もフランス産です。水を多く含むにも関わらず、捏ねていても手にベタつくことがありません。同じ量仕込んだのですが最終発酵では日本の粉の方が大きく膨らんでいます。

 焼き時間もスランスの粉と同じにしました。焼き上がりはクープが大きく開いてはいませんが、ふっくらとしたパンが焼けました。持ち上がりがいい日本の小麦粉です。 クラムは十分に気泡を作っています。クラストも薄い。焼き上がりに必ず匂うのですがフランスパン独特の香りが薄いと感じます。お味も淡白です。小麦のしっかりした香りも味も少ないパンが焼けました。あっさりした味なので塩味が立っています。

  こちらはフランの粉で焼いたパンです。日本の粉と比べて扁平に焼き上がります。しかし、小麦の香りと味がしっかりと感じられます。 全体を見るとクープはしっかりとエッジが立つのが特徴です。

 小麦の産地によって粉の特徴が大きく変わります。アメリカやカナダの小麦の場合も日本の小麦と似通った性質を持っています。

 毎朝、自分のためにだけ焼く小さなフランスパン、自分の好みに合わせて粉のブレンドをします。それぞれの粉の特徴を生かした割合、毎日焼き上がりの違う私のパンです。

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お仏壇のあとに絵を掛けました。

2018年05月30日 | 日々のこと

曇、22度、84%

 座敷にお仏壇が出されたのは父が亡くなってからのことです。もう50年近く、お仏壇は座敷にありました。主人も息子も座敷を仏間だと思っていたと思います。父の生前は母はお仏壇の掃除もしませんでした。お盆、春秋のお彼岸、年の瀬、お仏壇の掃除をするのは父でした。滅多に開けられることのないお仏壇の扉が開きます。子供の私は掃除をする父の側でその様子を見ていました。

 座敷の床の間の横、お仏壇のなくなった空間は何もないのにお仏壇の気配を感じます。長年、私の意識の底にそこにあるものとして認識されているからでしょう。白い漆喰の壁が清々しくも寂しくも見えます。その壁に絵を掛けました。正確にはリトグラフです。三岸節子の「花」というタイトルのついたリトグラフです。

 座敷は高い天井ですが、雨戸を開けると縁側から入る日差しで暗い部屋ではありません。書のお軸も考えましたが、色のある絵を選びました。絵を掛けながら、お仏壇がここに置かれる以前は何が置かれていたのか思い出します。よく覚えていませんが、一時期、居間でテレビを見るのは良くないと母が言い出し、ここにテレビがあったことがありました。

 絵を掛けると、仏間が昔の座敷に戻りました。せめてもの父母、祖父母への私からの手向けです。

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梅雨に入りました。

2018年05月29日 | 日々のこと

小雨、21度、83%

 福岡地方、昨日梅雨に入りました。昨年の梅雨は大雨が多かったように記憶しています。30年ぶりの日本の梅雨でした。ジトジトとした梅雨しか知りません。気候も大きく変化しています。梅雨は嫌ですが、日本の梅雨より高温多湿な香港で長く生活したおかげで、この時期の生活の仕方は心得ています。ちなみに現在の香港、気温28度、湿度85%です。

 朝、玄関を開けると甘い香りがします。「くちなし」が咲き始めています。玄関脇の高い木には一重の「くちなし」が次々に咲きます。子供の頃この家にあった「くちなし」は八重咲きで別の場所にありました。夕方お風呂に浸かっているとひんやりと香って来たことを思い出します。一重咲きの「くちなし」は香りが薄く感じます。「くちなし」は香港でも暑くなる一歩手前、4月には花市に並びました。「白蝉」と呼びます。八重の「くちなし」のふっくらとした蕾は白い蝉に似ているからだそうです。「くちなし」の香りの清涼感を蒸し暑い部屋に一輪、どの国の人も考えることは同じです。

 蒸し暑さでいただいたバラの花が首からしおれています。摘んで来た「ドクダミ」も元気がありません。水切りしてしばらく様子を見ましたが、再生したのは「エデンロマンチカ」だけでした。 切り詰めて芍薬とは別に挿しました。「小判草」は北海道の友人たちの勧めに従って、 ドライにしてみます。寄せ植えに買ってきた「レモンスライス」の花がひと枝、車に落ちていました。明るい黄色は元気をくれます「モモさん、どうぞ。」 

 空気を清々しく、明るさを添えることがこの時期の生活の信条です。庭から「くちなし」をひと枝切ってきて挿しました。床の間に飾ると、 ココさんがクンクン。甘い香りに誘われたのでしょう。モモさんが、花をいける度に匂ったことを思い出します。昨年のような大雨災害のない梅雨でありますように。家の中を整えて、この梅雨が過ぎるのを待ちます。

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お仏壇の始末

2018年05月28日 | 日々のこと

雨、22度、76%

 私が生まれる前からあるこの家のお仏壇を昨日始末しました。母が嫁いで来た時にもすでにあったお仏壇です。私の父が自分の父、つまり私の祖父のために調えたものです。この家の改築中はお仏壇は倉庫へ、仏具は母のいる施設の母の部屋へ保管しました。改築が終わる前に母は逝きました。そこで仏具は銀行の金庫に入れました。仏壇、仏具共に粗末になってはいけません。当たり前のように一人娘の私が管理するものだと思っていました。改築が終わり、仏壇仏具が家に戻った時は心から嬉しく思いました。

 母が逝って一年後、義父が行きました。主人の実家にはお仏壇がなく、主人が義父のために新たにお仏壇を求めました。そして3年が過ぎました。この3年、常に私の胸の中には2つのお仏壇、2つのお墓のことがありました。一人娘の私が産んだのは一人息子のみです。その息子がこの家に戻ってくるとは限りません。

 一時は小さい仏壇に買い換えることを考えました。それでは仏壇の後継の問題の解決にはなりません。父母、祖父母には申し訳ないけれども、この私の手でお仏壇の始末をすることにしました。急がずとも私が生きている間にすればいいことのようですが、正確な判断と準備のためには決して早くはないと思いました。お仏壇の始末はおろそかにできません。家具を捨てるのとは違います。主人に迷惑をかけたくなかったので、始末にかかる費用の準備をしました。ひと月前のことです。お祓いを済ませ、昨日、祖父の命日にお仏壇を始末しました。

 このひと月、胸を去来する思いは「申し訳ない。」の一言でした。27日と日を決めてからは、ますますその思いが強くなりました。晴天の昨日、お仏壇を見送りました。父の出棺もこの家からでした。お仏壇を見送るとき、父の出棺と記憶が重なりました。

 座敷に戻り、お仏壇のあった場所を見やります。大きな空間です。家が狭くて始末したのではありません。引き継ぎ手のいないお仏壇です。私が産まれる前からあったお仏壇です。一人で決めて、一人で見送りました。父が開いただろうお仏壇の戸を私が締めました。 お仏壇の無くなった空間を見ながら、寂しさも感じます。ところが心の片隅に一抹の安堵が流れます。「ひとつ終わった。」その安堵です。この家の娘としての責任を果たさなくてはなりません。60歳を越していますから、気負いはありません。やるべき事をひとつひとつ片付けます。

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小判草とどくだみ

2018年05月27日 | 

晴、19度、69%

 虫のさなぎのような穂がついた「小判草」という草があります。小判と言われれば納得しますが、真っ先に思い浮かべるのは虫のさなぎです。その「小判草」が一面に生えている土地を毎夏通りました。ひと夏に幾度か歩くこともありました。香港の西北、「西貢」の海辺の道です。この道で人に会うことは滅多にありませんでした。歩いているのは主人と私の二人です。

 「小判草」の生えている土地の向こうには大きなバナナの木が数本。海にはマングローブが生えていました。夏の暑い中、この道を歩くと決まると「小判草」を見られると一人で喜びました。一面に生えている「小判草」、海風に吹かれてさなぎのような穂が揺れます。まだ私は40代でした。心の中に色んなモヤモヤを抱えて生きている頃でした。

 雨上がりの夕方のお散歩、空も空気もきれいに感じます。道端の雑草も生き返ったようです。ココさんがクンクンと匂った先に「小判草」が数本。たった数本です。急に一面「小判草」の生えていた場所を思い出しました。懐かしさにかがんで「小判草」を眺めます。一度行き過ぎたのですが、引き返して小判草を摘みました。家に帰る途中、「どくだみ」がいっぱいの空き地を通ります。白い花をつけたどくだみです。どくだみも2本摘みました。

 玄関を開ける前から、「小判草」と「どくだみ」を挿す花器は決まっていました。本来は蚊取り線香受けです。この淡いピンクが好きで、一度花器に使ってみたいと思っていました。床の間にふさわしい花ではありません。小ぶりな花器にうつむく「小判草」、天を指す「どくだみ」の花。いい景色ができました。蚊取り線香受けを作って贈ってくれた友人もこんな私の使い方を許してくれると思います。

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芍薬、モンシェリー、エデンロマンチカ

2018年05月26日 | 

雨、21度、83%

 玄関を開けると、日傘と花束を持った友人が立っています。「芍薬が好きなの。」といつもの笑顔の彼女です。手渡してくれた花束は真っ白な芍薬と香りのいい花でした。「モモさんと真奈さんに。」

 ぼってりと重い芍薬は、それだけでも見栄えがします。蕾の頃の丸さがほぐれて、花開く様子は貴婦人のようにすら見えます。早速、束を解いて花瓶に入れました。「この薄紫の花はカーネーション?」「バラなのよ。」「この変わった色の花は何?」「バラなのよ。」葉っぱは確かにバラの葉です。薄紫のバラからは甘い香りがしています。この薄紫のバラを一輪、モモさんに。

 彼女が帰った後、バラの名前を調べました。薄紫のバラは、「モンシェリー」です。 ピンクに見えますが藤色に近い紫です。花弁の先がフリル状。甘い香りは何に例えたらいいでしょう。バラ独特ダマスクの香りよりお茶の香りに近く感じます。ひと枝から数個の花が付いています。

 外側が緑がかった芯がピンクのこのバラは、「エデンロマンチカ」小粒な花です。 こういった複雑な花色が好きです。香りはありません。バラばかりか花は新種の開発が進んでいるようです。色の複雑さ、形状の柔らかさ、新しい種類を作り出す育種家の仕事は楽しいだろうなあと思います。お花屋さんで売られているバラは、丁寧に棘まで取ってありますから、新種のバラはバラと解りかねます。

 真っ白な芍薬がメインの花束です。一晩明けて花瓶のある居間のドアを開けると、「モンシェリー」が香ります。そして芍薬が一回り大きく開きました。いつもモモに忘れずにお花を携えて来てくださる友人に感謝です。

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「ビュールレコレクション」九州国立博物館

2018年05月25日 | 日々のこと

曇、19度、47%

 「ビュールレコレクション」は先月、上京した折、新国立美術館でもかかっていましたが、福岡に来ることが分かっていたので行かずにおきました。このコレクションを見たいこともありましたが、九州国立博物館に訪れたことがありません。太宰府天満宮から東に離れた小高い山の中にありました。 杉木立の中に見えてきたこの建物、青空とともに素晴らしい環境に建っています。

 印象派が主なビュールレコレクションは、日本人にとっては楽しむことができる作品が多いと思います。先月、西洋美術館で見た「プラド美術館展」より有名な作品は少ないはずですが、この私にはすっと馴染むような絵画ばかりでした。ゴッホにモネ、セザンヌ、ピカソにロートレック、マネも1点。全部で64点の作品です。個人で集めたこれらの作品、まだ前衛に走る前のピカソの作品も含めて、この画家が?と思うようなものがありました。

 ポスターにもなっているルノアールの「イレーヌ嬢」の前は人だかりです。この「イレーヌ嬢」とモネの「睡蓮」の2点は撮影可能でした。最近は日本でも撮影を許可するようになりました。ヨーロッパの美術館はすべて撮影していいところもありました。

  モネは睡蓮を何作描いたのかしら?たった一輪の睡蓮の習作も見た記憶があります。モネは睡蓮に恋していたのでしょう、そして自分の庭にも恋していたに違いないといつも思います。

 「ビュールレコレクション」を見終わり、「黒田家の茶道具展」を覗いて博物館を後にしました。この博物館は公共交通機関のアクセスが悪いかもしれません。大型バスが着くと、小学生たちが降りてきました。学校ぐるみの見学会です。急にマカオのフランス絵画展に来ていた幼稚園児のことを思い出します。小さいうちから絵を見ることは、心豊かになることだと思います。それにしても美術展の東京ばかりに中央集権なのは何故でしょう?もっと地方の美術館にも展覧会が回って来て欲しいと思います。

 駐車場に向かう途中、もう一度博物館を振り返りました。日差しは強いものの清々しい空気です。いい場所だわと思いながら見た建物は、どうも気持ちにそぐわない建造物でした。

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虫捕り犬、ココ

2018年05月24日 | ここ

晴、17度、85%

 子供の頃飼っていたP子という雑種の犬がいました。私が拾って来た犬です。我が家の先住犬、ムーの子供を2度産みました。手足の長い黒い犬でした。普段は庭で飼っているのですが、お産の時は部屋に上げます。このP子は面白い癖がありました。ゴキブリ、ハエ、ハチ果てはネズミまで捕まえます。ジッと見ていてバシッと片手で仕留めます。ネズミの時は半殺しにして弄んでいることもありました。

 ココさん、昨年我が家にやって来て数ヶ月目のことでした。元気よく走り回っているかと思ったら、台所でゴキブリをなじっています。汚いので取り上げました。次はハエを追いかけているのをみました。しばらくすると死んだハエで遊んでいます。初めは気付かなかったのですが、どうもココさんが仕留めているようです。そうするうちに、台所に入ってきたハチを片手で仕留めるところを見ました。子供の頃見たP子と同じ仕草です。片手でバシッ!ハチは危険ですし、ゴキブリやハエは汚いのでいつもすぐに取り上げます。

 昨日の台所で洗い物をしていた私の足元で、バシッと聞こえました。ハエを仕留めたようです。仕留める瞬間は撮影できませんでしたが、弱ったハエを弄んでいる様子を動画に撮りました。このブログは動画を載せることができません。その動画をクリップして、いくつか写真にして見ました。

 「ココ、食べちゃダメ。」の私の一言で口からハエをポロリと落としたところです。 まだ少し動いているハエでした。 こんな具合に遊びます。見出し写真の向かって右手の下にはハエが。「ココのものです。」と言わんばかりです。昨日はこの動画をインスタグラムに載せました。友人から「ワイルド!」とお褒めの言葉をもらいました。

 数週間前、大きなムカデが寝室に出ました。ココと私が気づいたのは同時です。ムカデに刺されると危険ですから、「ココ、ダメ!」と叫んで私が踏んづけて殺しました。すごい早業だったと思います。主人はいつも言います。「ココはお前にそっくりだ。」ココのハエ捕り動画を見ながら、確かに虫捕りする様は私そっくりだと一人で笑いました。

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アスパラガス4キロの行方

2018年05月23日 | 料理

雨、22度、67%

 主人が香港から帰ってくる直前に北海道のアスパラガスを4キロも頂戴しました。4キロ、ずっしりと持ち重みするアスパラガスです。主人も私も大好物。さてどうやって頂こうか。既にこの4キロのアスパラガスは主人と私のお腹の中です。

 荷物を開けて私がしたことは、大きなアスパラガスを1本取り出して、そのまま頭から食べました。根元のどの辺りから筋っぽくなるかを知りたかったのです。ところが1本丸のまま、筋もなく皮も固くなく食べることができました。つまり廃棄率0のアスパラガスです。その日は  お味噌汁。火が通るとアスパラガスのあの匂いです。アスパラガスのお味噌汁は初めてです。贅沢だわ。

 主人が帰って来て2日続けて、お昼ご飯はパスタにアスパラガスを合わせました。 パスタとアスアラガスを湯がいて、キッパーの油漬けを添えクリームソースです。キッパーの塩気とアスパラガスの甘みが素直に美味しい。翌日は、 アスアパラガスは焼きました。そしてスモークサーモンのパスタと合わせました。焼くと湯がくより甘みが増します。ただし、湯がいた時の方が香り立つことがわかります。

 昨日の「シャルキュトリー 」のお夕飯の日は、 アスパラガスのスープで始まりました。1本丸ごと柔らかなアスパラガスですが、実は4キロ分のアスパラガスの根元を全部切って取り置きました。 アスパラガスの香りと甘さを生かすために薄味に仕立てました。「シャルキュトリー 」といい、アスパラガスのスープといい、贅沢なお夕飯でした。

 和風のお夕飯の日には、焼いたアスパラガスを湯葉と炊き合わせました。 焼き目がついたアスパラガスが香ばしくて、湯葉の優しさといい相性です。 

 お昼ご飯にキッシュを焼きました。 ベーコンを入れるか迷いましたが、アスパラガスだけです。さっと湯にとって卵のアパレイユと焼いたアスパラガスのキッシュです。ごろりと口に当たるアスパラガスは幸せです。

 最後に取ってあったアスパラガスは、 「ケークサレ」に丸のまま入れてみました。佐渡島のドライサラミも丸のまま彩に入れて焼きました。 カチカチのサラミでは丸のままとはいきません。味のアクセントにピンクのペッパーコーンが散りばめられています。最後に「ケークサレ」を焼くために、きちんと本数を数えてアスパラガスを使いました。

 この1週間アスパラガス尽くめでした。こんな贅沢ができるなんて、スープを作るにもお高いアスパラガスでは手が出ません。台所に立つのが楽しかったこの1週間です。主人も満足して香港に戻りました。おごちそうさま。

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シャルキュトリー

2018年05月22日 | 日々のこと

晴、18度、66%

 ハムやソーセージ、パテにテリーヌなど加工された食肉をシャルキュトリーとフランスでは呼ぶのだそうです。デリカテッセンのお惣菜感覚よりもっと食肉に特化したお店です。先日、佐渡島のそうした加工肉ばかりをいただきました。シャルキュトリーは切って野菜やピクルスなどど並べるだけで立派な一皿になります。主婦としてはありがたいシャルキュトリーです。主人と二人のお夕飯、このひと皿にワインと焼きたてのフランスパン を添えました。

 オードブルのようにコールドミートばかりではなく、ソーセージなどは少し火を入れていただきます。 暖かなものと冷たいものは同じお皿にのせずに出しました。 「田舎風パテ」、残り物のクズ肉を固めたものがパテの起こりです。こちらのパテは鶏のレバーが多く入っているものでした。 時間をおいて熟成されたサラミ、細めです。サラミといえば硬いと思いましたがソフトなサラミです。 「生サラミ」です。生のサラミは初めて。ピンクのペッパーコーントグリーンのペッパーコーンを飾りました。熟成していないので、サラミ独特な匂いがなく食べやすい一品です。飾りのお野菜は全部庭で採れたものです。

 二人では少ないかなと思っていましたが、十分にお腹がいっぱい。市販のソーセージは塩分が強く感じます。この佐渡島で作られたシャルキュトリーは加減のいい塩味でした。ワインが進むシャルキュトリー、おごちそうさま。

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