気ままに

大船での気ままな生活日誌

梅雨の晴れ間 満月、深川の雪、そして虎の門ヒルズ

2014-06-13 21:12:14 | Weblog

梅雨の晴れ間の”五月晴れ”。

早朝の富士山も良かったけれど、夕方の満月も良かったですね。

そして、ぶら美では、先月観てきた、歌麿の”深川の雪”

そして、昼間は開業したばかりの”虎の門ヒルズ”訪問。

日本橋の山王祭も。すんばんらしい一日だった。眠いので、詳しいことは明朝に。

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四谷シモン展 SIMONDOLL

2014-06-13 08:52:32 | Weblog

おはようございます。梅雨の晴れ間を五月晴れと呼ぶそうですが、まさに今日はその言葉が相応しい日。雲一つない青空。そして富士山までばっちりですからね。さて、今朝の話題は、ぼくとは縁がなさそうなお人形さんです。

横浜のそごう美術館で、SIMONDOLL 四谷シモン展が開催されている。ポスターの人形の少女の美しい瞳に惹かれて、思わず会場入りしてしまった。四谷シモンは、いわゆる球体関節人形の第一人者。

昭和19年(7月)生まれというから、ぼくと同学年。そう思ったら、急に親しみが湧いてきた。まさに同時代を生きているわけだから、たとえば、シモンは10歳で人形つくりをはじめたが、そのとき、ぼくは三鷹の野山で遊び回ってばかりいたな、なんて思いながら鑑賞できるのは、楽しいものだ。

17歳のときぬいぐるみ人形作家、水上雄次の内弟子となるが、この頃、新宿のジャズ喫茶に出入りして、金子国義(挿絵・装幀画家)やコシノジュンコらと知り合っている。ジャズ歌手のニーナ・シモンが好きだったようで、シモンの名はそこからきている。

転機が訪れたのは、昭和40年(21歳)、古本屋で雑誌”新婦人”のある記事を読んだとき。澁澤龍彦のハンス・ベルメールの球体関節人形の紹介文に強い衝撃を受けて、これまでの人形つくりとは決別する。その後、金子を通して、澁澤龍彦と唐十郎と知り合う。そして、なんと、昭和42年に唐十郎のアングラ劇団、”状況劇場”の女形の俳優にもなる。しかし、本業は人形造りだと確信。ベルナールに私淑するも、独自の球体関節人形の制作をつづける。

展示は、人形のテーマ別に並べられている。はじめに、ポスターのうつくしい瞳をもつ少女と少年の作品が、”無垢なるもの/少年、少女”のテーマでずらりと並ぶ。ポスターでは顔だけだが、多くは全裸体で、澁澤は、実物の少女よりエロチックであり、ギリシャ以来の人工美女の純血種と評した。


そして、”魅惑するもの/女”では、アングラ演劇での女形の経験を生かした人形、”未来と過去のイヴ”シリーズがずらりと。真赤な口紅とマニキュア。衣装は黒のガーターベルトとハイヒールと扇情的な人形。

自ら動くもの/機械仕掛け 澁澤の”夢の宇宙誌”を読み、人形とは機械で動くことに気付き、機械おたくの荒木博志の協力を得て、機械仕掛けの人形を3点作成。しかし、それ以降は動く人形はつくらず、機械仕掛け風の人形だけにした。

澁澤がなくなったあとは、”天上のもの/天使、キリスト”を。故人に捧げる副葬品のつもりでつくったとのこと。
さらに、”自らを作るもの/シモン”、最後に”未完なるもの、そしてベルメールへのオマージュ”とつづく。

一部、写真撮影コーナーがあったので、それらをもとに、少し、補足したい。

 人形つくりの部屋。一体に1~2年かけることもざらだという。ていねいな仕事。


作品 シモンドール

ハンス・ベルメールに私淑。彼の作品を紹介する雑誌。臀部を前にした人形をつくった。シモンは、そのオマージュ作品もつくった。

人形の世界に遊んだ、楽しいひとときだった。


 

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