気ままに

大船での気ままな生活日誌

鎌倉文学館でリスペクト展

2017-11-25 11:19:00 | Weblog

おはようございます。

長谷の鎌倉文学館で”リスペクト展”が開催されている。リスペクト(respect)とは尊敬、敬愛の意味だが、最近、カタカナで使われるようになって、わりとよく耳にする。どういう展覧会か。鎌倉ゆかりの文学者たちが誰をリスペクトして、自分を磨き、文学者になったかを10組にわたって、豊富な資料と共に紹介するというものである。コンパクトではあるが、ほとんどオールスターキャストと言ってもいい人物の”出演”で、とても面白い文学展であった。

文学評論家で館長の富岡幸一郎の”すべてはリスペクトから始まる”の序文に引き込まれる。哲学者の田中美知太郎は、すべての言葉は過去から来る、と言った。どんな独創的な詩や小説も全く新しい言葉によって創られのではなく、過去から連綿と続く歴史の中の”言葉”を用いられているからである。詩人はその言葉に詰まっている時間を掌の上に掬い上げて、永遠に変えてみせる。小説家は言葉の糸を物語という華麗な織物に仕立て、俳人や歌人は伝統に育まれた定型の内へと、言葉の小宇宙を創りだす。一つの時代、一人の文学者によってこうして創造された言葉を次の時代の、次の世代を生きる若者が読む。読むことは遭遇である。圧倒的な、言葉との出会い。リスペクトはそこに生じる。

ご本人も中学生の頃、小林秀雄の”無常ということ”、”モーツアルト”などの詩のような結晶をもつ散文に深い感動を覚え、リスペクトし、文学評論の世界に入ったそうだ。

そして、第1章の夏目漱石→正岡子規がはじまる。有名な話だが、21歳の漱石と子規が出会ったのが寄席。落語などの感想を交わしながら、あつく文学を語るようになった。大学を卒業後、漱石は教師の道へ、子規は結核にかかり、文学の道へ。俳句と短歌の革新に取り組む。漱石は33歳で英国留学。その間、子規は亡くなる。漱石は子規へのリスペクトの手紙を出している。小生元来大兄を以て吾が朋友中一見識を有し、自己の定見に由って人生の航路に舵をとるものと信じ居候(明治24年)。

二人の手紙はいくつも展示されているが、ロンドン留学中に子規からの最後の手紙は涙を誘う。僕ハモウダメニナッテシマッタ・・・・明治35年、子規が34歳で亡くなるが、虚子からロンドンに手紙が来て、追悼文を書いてくれないかと頼まれるが、とうとう書けず、句を送った。帰国後、墓参したあとに書いた追悼文(未定稿)が展示されている。

漱石旧蔵の子規画”あずま菊”

ここだけでも時間をとってしまうが、そのあと、与謝野昌子→与謝野寛/里見とん→泉鏡花/萩原朔太朗→北原白秋/芥川龍之介→漱石/堀辰雄→芥川/太宰治→芥川/星野立子→高浜虚子/大岡昇平→小林秀雄/三島由紀夫→川端康成と豪華メンバーがつづくのだから、時間がいくらあっても足らない。おいおい紹介したいと思っている。

。。。。。

鎌倉文学館の薔薇園はそろそろ終焉といったところだが、三島由紀夫の”春の雪”だけは華やかだった。



春の雪

帝王ダリア



それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

コメント
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