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大森立嗣監督『セトウツミ』その3&ヴェルコール『海の沈黙』

2018-02-04 06:13:00 | ノンジャンル
 大森立嗣監督『セトウツミ』その3の内容をうっかりして消してしまいました。楽しみにしていた方がいらっしゃいましたら、申し訳ありません。「その3」では、内海が樫原さんと付き合うようになり、内海のアル中と競馬好きの父と内海のふれあい、そして内海の両親の離婚といった場面が用意されていたと思います。気になる方は本編を見てお確かめください。

 さて、ヴェルコールの’41年作品であり、映画化は’47年にジャン=ピエール・メルヴィル監督によってなされた『海の沈黙』を読みました。
 冒頭の部分を引用(一部改変)させていただくと、
「先触れに来たのは兵器の物々しい行進であった。まず二人の歩兵。二人とも渋いブロンドの髪をしていて、一人はひょろひょろとしていて痩せていたし、もう一人は四角ばっていて石屋の手をしていた。二人は家を眺めただけで入らなかった。そのあとへ一人の下士官がやってきた。ひょろひょろした方の歩兵がそれについてきた。彼らは私にフランス語のつもりで、何か物を言ったが、私は一言もわからなかった。それでも私は空いている部屋を見せてやると、二人は満足そうな顔をした。
 翌朝、軍用のトルペド(無蓋の自動車)が庭の中まで入ってきた。運転手とそれからブロンドの毛をして笑みを浮かべている若い兵隊が二つの箱を転がし、次に大きな梱包を下した。そしてそれを全部一番広い部屋に運び込んだ。トルペドが行ってしまってから、数時間経つと、騎兵が三人現れた。一人は馬から下りて古い石の建物を検分しに行き、それが戻って来ると、皆、私の仕事場に使っている納屋に入って行き、壁に二つの孔を開け、孔を綱で結んで、その綱に馬をつないだ。
 二日間、何ごとも起らなかった。人はだれも来なかった。騎兵たちは朝早く馬で出掛けて、晩には戻って来た。(中略)
 すると、三日目の朝、あの大きなトルペドが又やって来た。にこにこしている若い兵隊がかさ張った行李(こうり)を担いで部屋へ持って行った。それから行嚢(こうのう)を取り出して次の間に置いた。彼は下に降りてきて、私の姪に正確なフランス語で話しかけて、シーツをくれと言った。
 その夜、誰かが扉をノックしたので、姪が開けに行った。その時も毎晩のように、私はコーヒーを持って来たところであった。(私はコーヒーを飲むと却って眠れるのである)。私は部屋の奥の暗い場所に腰をかけていた。扉は庭に出られるようになっていた。家に沿って赤いタイルを張った道がずっと続いていて、雨の時には都合がよかった。われわれは人が来る音を、タイルの上に踵(かかと)が響いたのを聞いた。姪は私を見て、自分の茶碗を置いた。私は茶碗を持ったままでいた。
 真暗だったが、そう寒くない。今年の十一月はそう寒くなかった。眼に入ったのは大きな影絵、平たい帽子、ケープのように肩にひっかけた防水外套(がいとう)であった。
 姪は戸を開けたまま、黙って立っていた。扉を開けて壁におしつけ、自分は壁に凭(もた)れて、何を見ているということもなかった。私はコーヒーを少しずつ飲んでいた。
 将校は戸口で言った。《ご免下さい。》そして、ちょっと会釈した。沈黙の間を測っている様子があった。そして入って来た。
 ケープが腕まですべって来た。将校は軍隊的な敬礼をしてから帽子を脱いだ。姪の方を向いて、つつましやかにほほえみ、ごく僅か上体を傾けた。それから今度は私と向き合って、もっと丁寧にお辞儀をした。《ヴェルネル・フォン・エブレナクと申します》。私はごく短い間に考えた「この名前はドイツのではないな。プロテスタントの亡命者の子と孫かな」。すると、将校は言葉をついで言った。《お気の毒に思います。》……

 この後、ドイツ将校は自分が作曲家であること、偉大なるドイツの音楽と、やはり偉大なるフランス文学が結ばれることを望んでいることなどを語りますが、家の主人とその姪は彼がそこにいないかのごとくに振る舞います。そしてラスト、「フランスを叩き潰し、魂を這い回る牝犬にするのだ」と言う同僚の兵士たちにからかわれたドイツ将校は、絶望の中で東部戦線へと志願して、自ら“地獄行き”を選びます。そして最後に《ご機嫌よう》と言う将校に、姪は唯一の言葉《ご機嫌よう》という言葉を返し、この小説は終わります。

 上記以外にも、いくつか引用したいところがあって、例えば「《(前略)私は大きな都会が嫌いです。ロンドンもヴィーンも、ローマも、ヴァルシャヴァも、それから勿論ドイツの都会も見て来ました。しかし住む気にはなれません。ただプラーグは非常に好きでした。ほかの町にはあれほどの魂はありません。しかしニュルンベルクは別です。ドイツ人にとって胸を拡げてくれる町です。(後略)》」などの文章がありました。
 たった58ページの短編です。読まれることをおススメします。

 →Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto

P.S 昔、東京都江東区にあった進学塾「早友」の東陽町教室で私と同僚だった伊藤さんと黒山さん、連絡をください。首を長くして福長さんと待っています。(m-goto@ceres.dti.ne.jp)