昨年11月から続いてきた中日新聞の長期連載「介護社会」第9部の
「介護社会のこれから 上野千鶴子さんに聞く(上)(中)(下)」が3連続で掲載。
今日の上野さんの「ケア 賢い消費者に 暴走防ぐ仕組み必要」で、特集全体が終わりました。
ロングインタビューは、おひるころ全部、webにアップされました。
【特集・連載】介護社会 上野さんのロングインタビュー
今日の中日の生活欄には、「要介護認定 見直し議論盛ん」の記事も。
あわせて紹介します。
要介護認定 見直し議論盛ん
廃止派 「認知症の認定軽く不満」
簡素化派「段階減らし経費節減を」
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【介護社会】上野千鶴子さん ロングインタビュー(1) 世界的にも例のない超高齢社会に突入した日本社会。介護をめぐる問題には、人と人とのきずなが薄れた日本社会のありようが、根底にある。今、過去から何を学び、新たなきずなをどこに求めればよいのか。「介護社会」を築くための道筋を「おひとりさまの老後」著者の東京大教授、上野千鶴子さんに尋ねた。(聞き手・秦融、後藤厚三) 発言は▽が上野さん、▼が本紙 ▼なぜ家族間の介護をめぐる殺人・心中事件が増え続けているのか。 ▽まず、現在のお年寄りは非常に問題を抱えている。これまでの高齢者は家族依存のなかで老後を迎えてきた。ところが本人の予想を超える超高齢化が進み、今は予期しない長期の老後と要介護期間を迎えている。昔も高齢者問題はあったと言われるが、量、質とももっと少なかった。これほどまでに介護期間が長期化したのは、医療、衛生、栄養、介護の水準が上がったから。超高齢化が本人の予想を裏切るほどだった。これが第一。 次に、1980年代までは、日本は「家族は福祉の含み資産」と言われてきた。年金制度等が確立するまでは、高齢者は家族に経済的に依存しており、別居していても仕送りに頼ってきた。現在は家族依存度が高いにもかかわらず、家族のキャパシティーが非常に小さくなっている。 理由はまず子どもの数が少ない。そして家族の安定性も著しく損なわれた。結婚も一生ものではなくなった。子世代そのものも高齢化しており、子どもが生きているとは限らない。 ▼いわゆる逆縁。 ▽そう。高齢逆縁ともいう。首都圏近郊の高齢者を調査したデータでは、生存子がいる高齢者は全体の5割を切っている。今の高齢世代は、自分たちは多産少死、生んだ子どもは少産少死という時代の転換点にいる。この調査によれば、高齢者が頻繁に往来している相手は、子どもが生きていれば子どもの家族、息子よりは娘の家族。子どもがいない人は兄弟姉妹。何が分かるかというと、今の高齢者の人間関係が、親族関係の中で閉じているということ。今後、家族はますます脆弱(ぜいじゃく)になっていくのに、家族に代わる代替ネットワークがない。ここに一番の問題がある。 かつては家族のないお年寄りが一番不幸だった。「おひとりさま」の老後は悲惨だった。措置時代の高齢者福祉は、家族からはみ出したり、不幸にして家族を失った高齢者が対象だった。家族がいれば行政は何の手も打たなかった。 ==================================================================================== 上野千鶴子さん ロングインタビュー(2) ▼家族の安定性が損なわれている、という点を詳しく。 ▽婚姻の安定性がなくなり、結婚がかつてのように一生ものではなくなったということ。2005年の国勢調査によると、配偶者がいる男性の割合は60代後半がピーク。死別の可能性が高まる70代に低下するのは分かる。ところが60代より下の世代でも男性有配偶率は低下している。40代男性非婚者の4人に1人、30代の非婚者の3人に1人は生涯結婚せずにいるだろうと予測されている。離婚率だけでなく、結婚しない「非婚率」が上がっているからだ。 家族頼みの福祉が、高齢者側の「超高齢化」と家族側の「家族の脆弱化」という二つの事情で持ちこたえられなくなった。追い詰められた人たちが「姥(うば)捨て」「介護殺人」に至る事情は、責められない。 ▼戦後の家族の解体が背景にあるか。 ▽2点申し上げたい。「かつて家族の介護力が高かった」というのは神話でしかない。これは多くの専門家の共通認識だ。そもそも昔はお年寄りが今のように長生きできなかった。高齢期を迎えるお年寄りがこれほど多くなかった。これが第一。それから、要介護期間がもっと短かった。昔は介護水準も低く「床ずれをつくらない介護」なんてなかった。感染症で簡単に亡くなった。「昔は良かった」なんて、安易に言ってもらっては困る。 ▼現実に対応していかなければならない。 ▽そう。家族研究の経験から、はっきり分かったことがある。危機が起きたとき、家族は結束するより壊れる傾向がより強い。家族の結束が美談になるのは、それがめったにないことだからだ。変わってしまった社会や家族の現実から目を背けてはいけない。冷静に認識して対応策を考えていくしか、解決の道はない。 ◇ ◇ ◇ ▼介護保険を「家族革命」とおっしゃっている。 ▽10年前に介護保険制度が生まれたのは、こうした流れの中で非常に大きな意味を持つ。私はこの介護保険が実現したことを「家族革命」が起きたと言ってきた。「介護は家族の責任」という常識にずっと支配され、寝たきりの高齢者を世間の目から隠すような社会で、「介護は家族だけの責任ではない、第3者の手を借りていい、高齢者福祉には公的な責任がある」ということを、国民的に合意することでこの制度ができたからだ。これを革命と言わずして何だろうか。その革命を快く思わなかった保守派の人たちがたくさんいることは分かっていた。今でもたくさんいらっしゃるだろう。 ただ、意識は現実の変化にあとから追いついた。介護保険のスタート当時、訪問ヘルパーは「家の前に車を止めるな」と言われたものだ。介護の人手を家に入れるのは恥だという意識があったから。今はどうだろう。この10年で人々の意識は確実に変わった。 もう一つ、介護保険の前に年金制度の確立があったが、これが日本の親子関係を変えたと思う。なぜかというと、稼得能力を失った高齢者はこれまで、子どもの家計に統合されるか、仕送りに依存するしかなかったから。私は年金のことを「社会的仕送り」と呼んでいる。個人的仕送りが社会的仕送りに変わった。ポケットは同じ息子の税金であっても公的なお金として再分配され、それがお年寄りの所得になる。自分のおカネがあれば、年寄りが孫に小遣いをあげることもできる。高齢者の同居世帯で、世帯分離が起きていない場合でも、年金の効果で家計分離はすごく進んでいる。ポケットは複数になっている。 ▼年金制度が先行した。 ▽問題は、無年金、低年金者の多さ。特に現在の後期高齢者の世代は雇用者比率が低く、国民年金だけの人が多いからだ。 ==================================================================================== 上野千鶴子さん ロングインタビュー(3) ▼家族にかわる手だて、介護していく手だてが必ずしも十分ではない現状で、今後そのモデルはどのようなものが? ▽友人カテゴリーのネットワークを持っている高齢者の幸福度が高いことが、研究結果から分かっている。私はそれを「選択縁」と名付けた。選択縁は脱血縁、脱地縁、脱社縁のネットワーク。加入脱退が自由で、強制力がなく、まるごとのコミットを要求しない。「地域コミュニティーの復権」を言っている人がいるが、大きなお世話だと言いたい。地域は近隣共同体、居住の近接をもとにした共同性を指すが、選択性の高い友人というカテゴリーとは違う。 私は都市社会が悪いとは思わない。都市とは、プライバシーのまったくない息の詰まるような相互監視のムラ社会から逃げてきた人たちが、望んでつくりあげてきたものだ。関西弁で言うと「気の合わん隣と仲良うせんかてよろしい」という社会だ。 最近「無縁」という言葉がはやっているが、中世史家の故網野善彦さんがご健在なら、さぞお怒りになっただろう。ベストセラーになった著書の『無縁・公界・楽』(平凡社、1978年/平凡社ライブラリー、1996年)にあるように、土地に縛り付けられた村落共同体とは離れたところ、例えば公権力が及ばない市の立つ場所や神社仏閣の中などで、中世の人たちが築いた関係、それが無縁という名のえにしだ。字面通り「縁が無い」ことを意味するわけではない。無縁の反対語は有縁。わけあってつくる血縁、地縁、社縁などのえにしは、降りるに降りられない。今、それに変わるえにしができつつある。それが「選択縁」というものだ。 ▼選択縁に先立つ「女縁」があった。 ▽選択縁を持ち、老後をソフトランディングしている高齢者は圧倒的に女性が多い。先行的に選択縁を作りあげたのは女性たち。私はその集団を「女縁」と名付けて調査した。 ソフトランディングの女性は、老後への準備期間が長いから、その間にそれぞれネットワークをつくる。力量のある人とない人がいるが、やれば身につく。改めて事例を見てみたら、PTAや生協といった活動をきっかけに実践力をつけ、血縁・地縁に代わるネットワークを構築していった。それが老後に切れ目なくつながっている。詳しくは私の著書『女縁を生きた女たち』(岩波現代文庫、2008年)を見てほしい。 ◇ ◇ ◇ ▼若いころから意識的にネットワークを作るのか。 ▽調査して分かったのは、ニーズのある人しか取り組まないということ。孤立して追い詰められているからネットワークをつくる。選択縁づくりのキーパーソンで一番多いのは、転勤族の妻だった。彼女たちは地域社会の「まれびと」(=よそ者)で、本人は地縁、血縁の根っこを引き抜かれた人。夫は社縁にコミットしているからニーズがない。女性でも、地縁、血縁のネットワークに組み込まれている人にはニーズがない。選択縁のような代替ネットワークは、このニーズがあるうえで、人間関係をつくる力量のある人、両方が組み合わさった人が実践している。 ▼条件に応じて、必要な努力の形が違う。 ▽関係性のつくりかたは男性と女性で違う。女性は社縁にコミットさせてもらったことがなく、女性がつくった選択縁には社縁とは違うつきあい方のルールがある。そこに男性がうまく参入できない。多くの男性に選択縁のニーズが生まれるのは定年後。準備期間が少ない。しかもそれまで属してきた会社組織のように、タテ関係の強い軍事組織的な目的遂行型集団と、選択縁とは社会化のしかたが違う。男性が持っているノウハウとスキルがなかなか通用しない。そこに難しさがある。 ▼「おひとりさま」で生きていくのには、相当の心構えと準備が必要な側面がある。 ▽超高齢化がマクロトレンドになっていけば、老後に対して予期ができると思う。今は過渡期。本人たちの予想を裏切る超高齢化が「死ぬに死ねない老後」を生んでいる。結婚してもしなくても、長生きすれば最期は「おひとりさま」、と予期しなければならない。だが、私たちはすでに高齢期を生きている「おひとりさま」をお手本として、学習できる。このことは大きい。 この選択縁のネットワーキングが、高齢者の幸福度を高めることは確かだと思う。しかし、そのことと介護資源とは別。友人に下の世話まではさせられない。「介護はプロに、愛情は家族に」と言われてきたように、家族が果たしてきた機能、つまり「世話や依存」と「情緒的な満足」という二つの機能を分離していく必要がある。 コミュニケーション欲求が高い度合いで充足されている高齢者は、ヘルパーに話し相手を求めないという興味深い事例がある。今は高齢者がひとり世帯であることがイコール孤立につながっているが、例えばしょっちゅう家族が出入りしていたり、友達とのやりとりがあったりしてコミュニケーションニーズが充足されている人は、ヘルパーに話し相手を求めない。 ▼家族や友達を大切にしていかないといけない。 ▽あたりまえのこと。あたりまえだが、人間関係は自然現象ではないので、関係を保っていくためには、つね日ごろからの努力を怠ってはいけない。 =============================================================================== 上野千鶴子さん ロングインタビュー(4) ▼「看取(みと)りビジネス」のように、制度のすき間をついた事業が問題になっている。 ▽金もうけだけを考え、志のある先進モデルに追随する業者はいっぱいいる。すき間を狙えばどんなビジネスだって出てくる。介護分野では事業者間格差や地域格差が非常に大きい。今流行のケアハウスもピンからキリまである。賄い付き高齢者下宿にすぎないところもある。入居者も初期は要介護度が低いが、要介護度が重くなっていった時、介護が外付けだから、だれも責任を取らない。近い将来、棄民状態が起きるのは火を見るより明らかだ。 医療と介護が切り分けられ、連携していないことも問題だ。介護の地位が医療に対して低く、暮らしを支えるはずだったケアマネジャーの権限がものすごく弱い。ケアマネの制度は制度の設計趣旨としてはすごく良かったと思うが、実態は全くそれに追いついてない。ケアマネが事業所に対して独立性を持たないこととか、独立しようにも報酬が低すぎることとか、医療に介入できないとか、当初から予想できた問題を抱えたままなので。制度設計上ケアマネが独立性を保てないような、事業者所属を認めたことがすべて尾を引いている。 私は介護、医療、そして資産管理などの専門家らが連携し、ケアマネがリーダーシップをとる「トータルライフマネジメント」という制度の確立を提唱している。ポイントは情報共有と相互監視。裁量権を1人に持たせれば、変節や暴走を止められない。 ▼老いを迎えて最期をどうしたいかを決めなければいけない世の中になっているのに、意識が追いついていないところに悲劇が起きている。 ▽サービスにも消費者教育が必要だ。日本はサービスが商品になった歴史が浅い。特にこういったケア関係のサービスはタダだと思われてきたため、消費者教育が一層遅れた。介護サービスが始まってからの10年間で、サービス提供者側は情報や経験を蓄積したが、利用者側はまだまだ。利用者は今まさに、自分たちが良いケアを受けるためには賢い消費者になるしかないと学んでいる。措置時代とは違い、介護保険で介護サービスの疑似市場ができた。基本的には各種の事業者にイコールフッティングで競争してもらい、消費者が比べて選ぶことを通じて、質の悪いサービスには退場していただく。それしかコントロールの方法はないだろうと思う。 問題なのは、自治体が介護施設の供給を制限しているため、選択肢が少なすぎることと、利用料に上限があり、ひとり世帯で終末期を迎えるのに必要なケアをじゅうぶんにまかなえないよう設定されていることだ。家族介護ありきの制度は改める必要がある。 ◇ ◇ ◇ ▼これまで隠れていた、いわゆる専業主婦(嫁)が背負わされていた膨大な介護のコスト。これをどう社会で分担していくべきか。 ▽私はその研究をしている。家族がいないと家では死ねない、というのがこれまでの常識だったが、現在でも「おひとりさま」が在宅で最期を迎えることは可能だ。今、病院死と在宅死の割合は8対2。病院死の意思決定者はほとんどが家族。家族が抵抗勢力にならない限り、最末期のがん患者さんでも、在宅で看取りはできる。その実践現場も見てきた。 これまでは家族介護者がいない高齢者、家族から見捨てられた高齢者が施設へ送られた。介護保険のおかげで、この10年間で大きな変化が生じた。老後の暮らし方にも多様な選択肢が登場してきた。夫婦がそろっていたら世帯分離が当たり前、3世代同居の多くは配偶者が死別した後の中途同居。1人の世帯も増えた。それから、施設の種類が増えた。ピンからキリまであり、問題も抱えているが、お年寄りが単身であっても、暮らしを支えてターミナルまで支えるという仕組みをつくることは可能だ。 終末期にサービスを自己負担する覚悟があれば、相当なことができる。日本の高齢者の貯蓄率も貯蓄額もけっして低くない。つつましい生活をしている高齢者でも貯蓄を持っている場合が多い。老後の不安が強いからだ。 高齢者の資産を、高齢者自身が自分の生活の満足のために使うことの抵抗勢力になっているのは家族。貯蓄だけでなく、場合によっては年金も管理して使わせない。家族が年金に依存している例もある。 ▼自分に資産がある人だけの話にならないか。 ▽終末期の看取りケアに費用がかかるとしたら、自己負担分については、負担能力のある人は払い、ない人には減免制度でサポートする仕組みをつくればいい。それでも、終末期の過剰医療が問題になっている現在の病院死よりは、コストを抑えられるはず。本人の満足度も高い。 ======================================================================================= 上野千鶴子さん ロングインタビュー(5) ▼社会の状況が変わりつつあっても、そこには性差がある。 ▽相当ある。孤独死は男性が圧倒的に多い。確かに、選択縁づくりをできる人とできない人がいる。それでも最後の最後には、孤立した人でも第3者に支えてもらいながら最期を迎えられるようにできるはず。それが介護保険の理念。男性の単身高齢者に孤立は多いが、定年後ソフトランディングをした男性の中には、選択縁を持って機嫌良く暮らしておられる方もいらっしゃる。 ▼老後をどう生き、どう最期を迎えたいのか、1人ひとりが考えなくてはいけない時代に。 ▽選択縁が結ぶつながりは、家族に代わる「代替資源」にとどまらない。今日、介護をサポートする先進的な非営利事業の多くは、選択縁を出発点にした女性たちが始めたものだ。介護保険制度とNPO法を追い風に、ケアハウスや小規模多機能共生型施設などに挑戦し、地域密着のビジネスモデルを生んだ。 介護の人材崩壊と言うが、彼女らが「これだけあれば続けられる」と掲げる賃金の目標は、ささやかにも年収300万円台。一部上場企業のように、700万円、800万円なんてことを言う人はいない。問題はそれさえも保障できないこと。せめてこの程度の報酬水準は満たしてほしい。無理な注文ではないだろう。 うえの・ちづこ 社会学者。東京大大学院教授。専門は家族社会学、女性学。介護問題への積極的な提言を続け、シングル女性に向けた「おひとりさまの老後」がベストセラーに。続編に「男おひとりさま道」。主な著書に「近代家族の成立と終焉」「老いる準備」「『女縁』を生きた女たち」など。富山県出身。61歳。 |
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