桃の節句。鉢植えの梅はまだだが、シンビジュームが一輪ほころんだ。3月の声を聞いて、初めて室内に春の香りが喜ばしい。桃の節句は、3月3日に雛人形を飾って、女の子の無事な成長を祈る年中行事である。雛人形の前に菱餅や白酒を美しく飾り、親戚の子や友達を招いてご馳走を作り、一日を楽しく過ごす。もう子どもたちが家を離れて、雛人形を飾ることも絶えて久しいがやはり懐かしい行事である。最近の若い人たちは、ひな祭りをどのように祝うのであろうか。
天平のをとめぞ立てる雛かな 水原秋桜子
日本海舟運で京都などの上方と交流のあった山形には、旧家に時代雛がたくさん残っている。谷地の紅花商人の家に残された雛を飾って公開している。その雛には気品があり、飾りとしても大きなものだ。中勘輔の『銀の匙』に出てくるお国さんのお雛さまも時代雛であったかも知れない。
「桃の節句にお国さんのところへよばれたことがあった。日あたりのいいお座敷の正面に高くひな段をこしらえて立派なおひな様がかざってあった。家のは目にはいりそうな小さいのだのにお国さんのはその五つがけもある。おひな様は生きてるものとばかり思ってた私はからだがすくむような気がしてしていくつもつづけざまにお辞儀をみんながどっと笑った。」
『銀の匙』は中勘助が自分の子どものころ世界を描いた自伝的な名作である。怖い人と思っていたお国さんのお父さんが、ひな段のところへ出てきて少年を驚かす。このお父さんから雛菓子を貰った。少年には二重の驚きである。こんなささいな体験が子どもの息づかいで書かれて、読む者を昔の幼かったころへ誘う。
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