常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

ポテトチップス

2014年03月20日 | 日記


アメリカのカナダとの国境近くにサラトガ温泉というのがある。南北戦争当時、負傷兵の傷を癒したという由緒ある温泉である。ブログにこの温泉の滞在記があったので読んでみると。37℃くらいの温い温泉がホテルのバスタブに張ってあってそこへ20分ほど浸かるというおよそ日本の温泉とは違ったものらしい。温泉からあがると、セラピストがきて手を置くだけの施術をして古傷を癒してくれるのだという。

ポテトチップスが初めてできたのは、この温泉のホテルの事故が原因であった。ホテルのレストランでひとりのコックが、過ってポテトの小片をフライ鍋に落としてしまった。あわててそれを拾いあげ、試しに食べてみるとなかなか美味しい。そこで今度はポテトを薄切りにしてフライ鍋でさっと揚げサラダなどの付け合せに出してみるとこれが大好評。あっという間にこのホテルの名物になってしまった。

サラトガ温泉は、19世紀の後半アメリカ上流人士に愛された行楽地であった。有名な富豪の紳士、淑女がポテトチップスをバリバリと齧るのが庶民憧れの流行になった。このポテトチップスは発祥の地の名をとってサラトガ・チップスと呼ばれた。ところで、この小話に添えた花の写真は何も関係がない。先日から始めた花の撮影練習の結果だ。一日経つごとに花の数は増え、室内の雰囲気が次第に明るくなっていく。その花を見ながら、小話を読んでいただければありがたい。


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初鰹

2014年03月20日 | グルメ


目には青葉山ほととぎす初鰹 芭蕉

青葉もほととぎすにも早すぎる季節だが、静岡の妹から「鰹のたたき」が届いた。いち早く初物を届けてくれる、ありがたいことだ。其角は「藤咲いて鰹食ふ日をかぞへけり」と詠んでいるように、鰹の水揚げは初夏の頃である。だがまれに季節はずれに鰹が上がることがあった。いわばハシリである。文化9年(1812)の初鰹は、3月25日であった。その日の鰹船には17本の鰹が積まれていた。こんな稀少のものが、いかに高価なものであるか想像に難くない。

馬舟とわかる鰹やけいば組 其角

足の速い生鰹の輸送はいわば戦争のようなものである。相模の海に上がった鰹。神奈川から馬の背に乗せて夜通し走らせて江戸へ送るものは翌朝の魚河岸に並び、舟で海路をのぼり夜鰹にするものはやや生きが下がり口にするものを不安がらせた。そのさまはさながら競馬のようであった。魚河岸には、粋のいい鰹売りが待機しており、手早く取引を済ますと脱兎のごとく駆け出していく。「カツウ、カツウ」と叫びながら江戸の街を走りまわる。

鎌倉を生きて出でけん初鰹 芭蕉

鰹売りを戸口で待ち受ける「江戸っ子」も、覚悟を決めている。「初鰹一両までは買ふ気なり」(其角)。初鰹に銭を惜しまぬというのが江戸っ子の気風なのだ。江戸の一日の労賃は平均で64文、一両稼ぐには二月半の稼ぎあてなければ、一両の鰹は買うことはできない。

海から揚げた鮮魚をいかに損なわずに陸地の消費者に届けるか。江戸の昔から追求されてきた魚食日本の永遠の課題である。沖に出た船がより早い季節に鰹をあげ、いち早く焼津の漁港に陸揚げされる。鮮度を落ちぬうちにタタキなどの加工された鰹は氷詰めにされて宅配便で配達される。これほど行き届いた魚食のシステムを完成させた国は珍しい。


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