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常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

菊の花

2014年10月27日 | 農作業


畑に植えた菊が咲いた。観賞用の菊ではなく、食用菊「黄もって」である。浸しにして食べるため、花の部分を摘み取った。朝露を含んだ菊は香りも高く、これが不老長寿の食べ物として用いられたことになんとなく納得する。菊酒は、酒に菊の花びらを浮かべて飲む。陶淵明はこれを憂いを払う秘薬として愛用した。

「着せ綿」という菊の珍しい利用方法が古来用いられてきた。菊の花に前夜から真綿をかぶせて
夜露ととも菊の花のエキスを吸わせ、その綿を着せたり、またその綿で顔や肌をぬぐうことで老化を防ぎ、若々しい肌を保たせようとした。清少納言の『枕草子』にもこの着せ綿の記述がある。
「九月九日は、あかつきがたより雨すこしふりて、菊の露もこちたく、おほひたる綿などもいたくぬれ、うつしの香ももてはやされて、つとめてはやみにたれど、なほくもりて、ややもせばふりおちぬべくみえたるもおかし。」

若返りの秘薬として人々は着せ綿をもてはやしているが、天候は曇ってまた雨を降らせそうな気配である。清少納言には、人の生もまたこのようにはかなく見えていたのかも知れない。

「菊慈童」という能の演題がある。中国の太古、周の国の穆王に愛された慈童という美少年がいた。慈童はあるとき誤って王の枕を跨いだ罪で南陽の山奥に流される。それから七百年後、魏の国の文帝の勅使が、南陽へ薬水を採りに遣わされる。その山中で勅使は菊の花に埋もれた慈童を発見する。七百年の歳月が経っても、慈童は美少年のままであった。慈童は穆王から賜った法華経の偈を菊の葉に書いて流れに浮かべると、葉からしたたる滴が不老不死の薬となったという。


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