
知人からから取りの芋茎をいただいた。早速皮をむいて、ベランダに干している。冬、納豆汁にはなくてはならない食材である。大井沢のナメコ、畑で成長しつつある大根、そして芋がらと冬の食材がだんだんと揃ってきた。芋がらはズイキとも呼ばれる。乾燥させずに皮をむいたものを湯がき、ラッキョウ酢につけてみた。柔らかくておいしい酢茎ができた。
水上勉の『精進百選』にズイキと生麩の煮しめが紹介されている。水に戻して何度も水をかえて灰汁を抜き、さらに鍋に湯を沸騰させてその中でさらに灰汁を抜く。出汁昆布、うすく口醤油と酒でうすい汁を作ってそのなかにズイキと生麩をいっしょに煮しめるとある。水上勉は、注意書きして、「根気よく煮なければならない、ふくめ煮というのだが焦がすのは芸がない」と精進料理の真髄を教えている。
水上勉は同書のなかで、里芋についても言及している。スーパーで売っている洗い芋ではなく、
「めんどうでも泥つきのものを求めてきて、皮は包丁でカリカリと芋の方をまわしてむく。和尚は巧妙にやってみせた。私の精進は知識ではなく、手でおぼえたと何どもいうところは、里芋の皮むきを尊ぶところから発している。(中略)大きなのは、1.5センチくらいにタテに切り、小粒のものはそのままにして、ぬめりとえぐみをとり、塩水につけ、一時間ぐらいおいてから昆布ダシで茹でれば最高だ。茹であがれば汁をよく切って、ガスでも炭火でも遠火にして焼くのである。両面に醤油をつけながらである」
こうして見ていると、私の生活がだんだん水上勉の精進の世界に近づいているような気もする。それは野菜を時分で育て、その食べ方を工夫してきたのが、かっての寺の生活であり、いま職を離れて畑の野菜作りの生活に共通する部分があるためであろう。疎抜きをするのも、種をとるのも手数ばかりがかかる。しかしその手数を嫌っていては、野菜作りなどできない。
