常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

イシグロカズオ『私を離さないで』

2017年11月09日 | 日記


イシグロ作品2作目を読了。ヘールシャムは、イギリスのとある街にある施設。そこでは、思春期を迎えようとする男女が教育を受けている。絵を画き、詩を作り、工作をしたりしながら、人間としての生き方を学んでいる。読み進めていくうちに、この施設の子どもたちが病人の病んだ臓器を提供するクローン人間であることがわかる。感情も欲望も通常の人間と変わりがないが、彼らは子を産むことができないように造られている。

この小説のモチーフは、一曲の歌である。ジュディ・ブリッジウォーターが歌うアルバム「夜に聞く歌」のなかにある「わたしを離さないで」という曲である。小説の主人公キャッシーが、理由は分からないが、この曲にある「ネバー レット ミー ゴー オー ベイビー、ベイビー わたしを離さないで」というリフレインを好きになり、ヘールシャムの自分の部屋で、他人からかくれるようにして、始終聞いていた。「ベイビー、ベイビー、わたしを離さないで」というシンボリックなリフレインは、子を産めなかった女性が、奇跡的に子に恵まれ、子を抱きしめながら繰り返し歌う母と子の曲である。

ヘールシャムでこの曲にひとつのエピソードが語られている。ある日、キャッシーは偶然自室に戻る機会があり、この曲を独りで聞いた。子ども抱いていることを想像しながら、曲にあわせてスローダンスを踊りながら、この曲の響きを身体じゅうで受けとめていた。さらに偶然が重なる。キャッシーの踊る姿を、偶然部屋の前を通りかかった人が見ていた。それは、この施設の創始者であるマダムであった。マダムはその曲を聞き、キャッシーの姿を見て、しゃくりあげながら泣いていた。

この小説はすでにイギリスで映画化され、日本では舞台で劇化され、テレビでもドラマ化されてすっかり日本人にお馴染みのものとなっている。科学の進化が作り上げたクローン人間と、施設で働く人々との交流。あたかも宇宙人と人間との交流を思わせる仕掛けだが、イシグロの想像力と筆力は、人間の本質を少しづつ解き明かしていく。提供者の介護者となった主人公は、かつてヘールシャムで教育を受けたトミーとルースが提供者となり、4度の臓器を提供することで、使命を果たしてた二人と悲しい別れを遂げる。そのシーンでも、イシグロの想像力と筆力は冴えている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする