街角のいたるところが
やわらかな新緑とともに
つつじの鮮やかな色に染まり始めました。
今日で、JR宝塚線の脱線事故から丸4年。
あの日、仕事中のわたしに
万一のことを心配して、電話してきたのを思い出す。
「幾人も重なり逝ける人の身ゆ
あわれケータイ鳴り止まずとう」(小林昇)
あの事故の後の、朝日歌壇に掲載され、
わたしが日記に貼り付けていた歌。
「ひょっとしたら」と、わたしを案じる母からの通話は
わたしの携帯に、無事につながったけれど、
あの日の救出現場では、
無数のつながることのなかった携帯が
ずっと鳴り続けていたという救急隊員の証言は、
思い出すと今も胸が締め付けられる。
「遅延した電車に異変が起きるまで
春はたしかに春でありけり」(三宅悠紀子)
この春が、春のまま、過ぎていけますように。
107人の犠牲者の方が安らかでありますように。
そしてそのご家族と、今もPTSDに苦しむ方々に
一日も早く、本物の春が訪れますように。
やわらかな新緑とともに
つつじの鮮やかな色に染まり始めました。
今日で、JR宝塚線の脱線事故から丸4年。
あの日、仕事中のわたしに
万一のことを心配して、電話してきたのを思い出す。
「幾人も重なり逝ける人の身ゆ
あわれケータイ鳴り止まずとう」(小林昇)
あの事故の後の、朝日歌壇に掲載され、
わたしが日記に貼り付けていた歌。
「ひょっとしたら」と、わたしを案じる母からの通話は
わたしの携帯に、無事につながったけれど、
あの日の救出現場では、
無数のつながることのなかった携帯が
ずっと鳴り続けていたという救急隊員の証言は、
思い出すと今も胸が締め付けられる。
「遅延した電車に異変が起きるまで
春はたしかに春でありけり」(三宅悠紀子)
この春が、春のまま、過ぎていけますように。
107人の犠牲者の方が安らかでありますように。
そしてそのご家族と、今もPTSDに苦しむ方々に
一日も早く、本物の春が訪れますように。