経過良好だがなんともいえない脈拍である。
相も変わらず安静状態であれば40拍前後。
身体を動かせば50拍を超える。
超えることは良いのだが激しい運動はできない。
民俗行事の取材は復活したものの動きが少ない行事を選んでいる。
そうはいっても出かけて状況を知ることも必要だが、お世話になった村の人に顔出しも必要だと思っている。
これまで幾度となく伺っている宇陀市室生の下笠間。
近隣の取材であっても時間があれば車を停めて顔をだす民家がある。
そうしたいと思って出かけたが、この日の行事は火を点けた松明を村境の場まで練って送っていくのだが、お渡りと同様についていくことは避けたい。
そう判断してこれまで拝見してきた場より少し離れて村から見ればどうなるのか、一度は見ておきたいと思って出発直前にやってきた。
村の集落は出発するトンド場よりも高台にある。
道路に面した場にも家々があるが、ほとんどが高台である。
そこから眺めたい下笠間の虫送り。
九頭神社裏から行きかけたが、目に入ったのは村の消防車である。
赤い色で塗装された車両は3台。
うち2台が消防車である。
今か、今かと出動時間を待っている。
そこを通り抜けていった自転車乗りの男性。
先に枯れた杉の葉を詰め込んだ竹製の松明を肩から担いで走っていった。
それを追いかけるかのように出発した村の消防団には消防道具などを管理している倉庫のような建物がある。
造り構造はどの村にいっても同じような形である。
内部に火消し道具があった。
奈良県立民俗博物館の企画展に「私がとらえた大和の民俗」がある。
平成28年のテーマは“住”である。
そのテーマを受けて私が挙げたテーマは「火の用心」だ。
「火の用心」に欠かせない初期消火活動がある。
それは住んでいる地域の在り方である。
10月の展示には発表するが、火の用心のお札や消防バケツなどを紹介するつもりで情報やデータを整備しつつある。
なかでも火消し道具も紹介したいと考えていた。
地域を火災から守ることも大切だが、火の手が上がれば消防団の登場。
消防車は当然であるが、火消し道具も重要だ。
ここに居た機会は逃さず写真に納めておいた。
あんばい見ている時間もないので撮るだけにしたが、これはなんだろうか。
代表的道具の「とび口」は形で判るが桟に架けている他の道具は見たことがない。
輪っかのような形をもつ道具はどういう場合に使うのか。
それも知りたいものだ。
そろそろ出発時間が迫ってくる。
高台に向けて歩きだした。
そこへ走ってきた自動車。
運転手のお顔はわかる。
その人も私がわかったようで車を停めてご挨拶。
久しぶりにお会いした春覚寺住職のSさんだった。
これより直行していたのは虫送りの先頭役を務める僧侶。
住職がいなければ虫送りは始まらない。
ご苦労さまですと云って見送った。
街道に松明をもっていく家族連れもおられる。
小さな子供が大きな松明を持っている。
いざ、出陣である。
高台からは親父さんかお爺さんについていこうとして下っていった子供たち。
松明をもつまでにはもう少しの成長を要するようだ。
とんど場には続々と村の人たちが集まってきた。
下笠間の山々に霞がでてきた。
じっとりした湿度が高い日である。
オヒカリに松明を寄せて火を移す。
枯れた杉葉に火が点いてメラメラと燃えだした竹で編んだ松明。
それぞれがそれぞれの松明を持って出発した。
松明の煙が上昇する。
霞と煙の二重奏だ。
その場には消防団員の姿もある。
火の手が上がれば危険状態。
火が枯れ草などに移らないようにその場で監視している。
後続につく太鼓打ちも出発した。
松明の火をとらえるカメラマンたちは絶好の場所でシャッターを押す。
そして、ついていく。
虫送りをする人数はとにかく多い下笠間の人たち。
老若男女に子供たちも。
長くなった行列は松明の火が点、点・・。
それと同時に煙も上昇して周囲に広がっていく。
火点け時間は午後7時。
最後尾につく人たちが出発したのは3分後だった。
すべての人が虫送りに出発すれば火の始末。
消防団の出番に消防車。
団員は倉庫から持ってきたと思われる「とび口」を手にしていた。
毎年、こうして虫送りする村の情景を見ている婦人がいる。
玄関前にある椅子に座ってずっと見ている。
毎年が楽しみだというIさんは足腰を痛めた。
前月の5月21日に訪れたときにそう話していた。
その後も変わらずの状態であるにも関わらず、お茶でも飲んでいけというが今夜は遠慮。
不自由な身体で世話してもらうのが申しわけない。
そう思って遠慮した。
(H28. 6.19 EOS40D撮影)
相も変わらず安静状態であれば40拍前後。
身体を動かせば50拍を超える。
超えることは良いのだが激しい運動はできない。
民俗行事の取材は復活したものの動きが少ない行事を選んでいる。
そうはいっても出かけて状況を知ることも必要だが、お世話になった村の人に顔出しも必要だと思っている。
これまで幾度となく伺っている宇陀市室生の下笠間。
近隣の取材であっても時間があれば車を停めて顔をだす民家がある。
そうしたいと思って出かけたが、この日の行事は火を点けた松明を村境の場まで練って送っていくのだが、お渡りと同様についていくことは避けたい。
そう判断してこれまで拝見してきた場より少し離れて村から見ればどうなるのか、一度は見ておきたいと思って出発直前にやってきた。
村の集落は出発するトンド場よりも高台にある。
道路に面した場にも家々があるが、ほとんどが高台である。
そこから眺めたい下笠間の虫送り。
九頭神社裏から行きかけたが、目に入ったのは村の消防車である。
赤い色で塗装された車両は3台。
うち2台が消防車である。
今か、今かと出動時間を待っている。
そこを通り抜けていった自転車乗りの男性。
先に枯れた杉の葉を詰め込んだ竹製の松明を肩から担いで走っていった。
それを追いかけるかのように出発した村の消防団には消防道具などを管理している倉庫のような建物がある。
造り構造はどの村にいっても同じような形である。
内部に火消し道具があった。
奈良県立民俗博物館の企画展に「私がとらえた大和の民俗」がある。
平成28年のテーマは“住”である。
そのテーマを受けて私が挙げたテーマは「火の用心」だ。
「火の用心」に欠かせない初期消火活動がある。
それは住んでいる地域の在り方である。
10月の展示には発表するが、火の用心のお札や消防バケツなどを紹介するつもりで情報やデータを整備しつつある。
なかでも火消し道具も紹介したいと考えていた。
地域を火災から守ることも大切だが、火の手が上がれば消防団の登場。
消防車は当然であるが、火消し道具も重要だ。
ここに居た機会は逃さず写真に納めておいた。
あんばい見ている時間もないので撮るだけにしたが、これはなんだろうか。
代表的道具の「とび口」は形で判るが桟に架けている他の道具は見たことがない。
輪っかのような形をもつ道具はどういう場合に使うのか。
それも知りたいものだ。
そろそろ出発時間が迫ってくる。
高台に向けて歩きだした。
そこへ走ってきた自動車。
運転手のお顔はわかる。
その人も私がわかったようで車を停めてご挨拶。
久しぶりにお会いした春覚寺住職のSさんだった。
これより直行していたのは虫送りの先頭役を務める僧侶。
住職がいなければ虫送りは始まらない。
ご苦労さまですと云って見送った。
街道に松明をもっていく家族連れもおられる。
小さな子供が大きな松明を持っている。
いざ、出陣である。
高台からは親父さんかお爺さんについていこうとして下っていった子供たち。
松明をもつまでにはもう少しの成長を要するようだ。
とんど場には続々と村の人たちが集まってきた。
下笠間の山々に霞がでてきた。
じっとりした湿度が高い日である。
オヒカリに松明を寄せて火を移す。
枯れた杉葉に火が点いてメラメラと燃えだした竹で編んだ松明。
それぞれがそれぞれの松明を持って出発した。
松明の煙が上昇する。
霞と煙の二重奏だ。
その場には消防団員の姿もある。
火の手が上がれば危険状態。
火が枯れ草などに移らないようにその場で監視している。
後続につく太鼓打ちも出発した。
松明の火をとらえるカメラマンたちは絶好の場所でシャッターを押す。
そして、ついていく。
虫送りをする人数はとにかく多い下笠間の人たち。
老若男女に子供たちも。
長くなった行列は松明の火が点、点・・。
それと同時に煙も上昇して周囲に広がっていく。
火点け時間は午後7時。
最後尾につく人たちが出発したのは3分後だった。
すべての人が虫送りに出発すれば火の始末。
消防団の出番に消防車。
団員は倉庫から持ってきたと思われる「とび口」を手にしていた。
毎年、こうして虫送りする村の情景を見ている婦人がいる。
玄関前にある椅子に座ってずっと見ている。
毎年が楽しみだというIさんは足腰を痛めた。
前月の5月21日に訪れたときにそう話していた。
その後も変わらずの状態であるにも関わらず、お茶でも飲んでいけというが今夜は遠慮。
不自由な身体で世話してもらうのが申しわけない。
そう思って遠慮した。
(H28. 6.19 EOS40D撮影)