マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

大和の民俗写真展に協力いただいた方たちにお礼参りに献本する図録配りに出逢えた景観

2024年11月30日 07時45分08秒 | しゃしん(県立民俗博物館展示編)
大和の民俗写真展に協力いただいた方たちは、たくさんおられる。

県内を何か所ごとにくくりをして出かける回数を、極力無駄のしないように、コースを決めて、村のあちこちに出没する巡拝みたいな、ようなお礼参り。

今日のコースは、山添村。

毛原に下笠間、大塩、切幡から旧都祁村に移動するが、都合で順替えすることもあろう。

大和の民俗写真展とは、平成23年10月29日からはじまった「私がとらえた大和の民俗」写真展

当事業は奈良・大和郡山市に所在する奈良県立民俗博物館が主催事業の写真展。

奈良の民俗文化を写真でとらえる写真家さんたちの作品を展示する事業。

10回目のテーマは、コロナ禍でもあり、写真展事業から撤退を告げられ、最後の展示になった各自が掲げたフリーテーマ出展。

私は、〆に考えたコロナ禍における記録、としてテーマに掲げた我が家の介護にその時季にも、しなければならない民俗の行事・風習記録取材を主に、映像化したテーマを3枚組で表現した「コロナ禍、そのときのT家・・」

3枚組のうち2枚がおふくろの介護。

うち1枚のサブテーマが「看る」。

もう1枚がコロナ禍に外食ができなかったときに註文した食事は「通販もテイクアウト」。

そして3枚目が、すべてが民俗の行事・風習記録から、地域ごと選んだサブテーマが、コロナ禍「で、あっても、なかっても・・」しなきゃならない、習俗がある。

神社行事に地域の行事。

そして暮らしの民家にも・・

すべて、コロナ禍時期に収録した、各地域の一枚。

その数、27行事。

貴重な記録ばかりの写真を、一枚のプリントにすべてを掲載したロナ禍「で、あっても、なかっても・・」。

そのテーマ映像に、ご協力をいただいた方たちを訪ね歩き。尤も、訪問の足は軽バン車。

見慣れている人たちもいる。

午前9時10分前。

お逢いする時間帯の隙間に見ていた毛原の風情。

今日は朝からシトシト降る雨の日。



畑の向こうに見えた霞む桜樹。

時間待ちに見ていた景観の一枚。

1軒目に訪ねた行先は、山添村毛原。

お世話になったFさんに、Nさん。

載せた毛原の行事は、桃の節句に御石洗い

Nさんは、忙しく外出中につき不在。

母親に代理人として10回目の「私がとらえた大和の民俗」写真展図録を献本した。

Fさんは、息子さんの引っ越しに出かける直前に逢えたので、図録を献本した。

ちょっとの時間差で、たまたまお逢いできた。

今日の毛原、午後4時からはじまる神武さんの祭典には帰路に就いているだろう。

時間的に心の余裕ができたんか、ふと行きたくなった隣村の岩屋。

初めて通った急坂の山道。

おっ、とこれは見逃せないと、雨降りもようの外気は冷たい。



急坂に植えられた桜樹も、いい雰囲気だ。

トンドでは、と思える痕跡もある地域の風情に佇んでいた。

ここまで来たなら、見逃せない場がある。

ここは岩屋の中出。

急坂に広地。



葉付きの竹で囲った中央に大きな岩がある。

ご神体と推定できる、ここは下出の山の神の地である。

正月七日に行われる山の神。



現在は、その日を清掃の日とし、クラタテなど、山の神に捧げる供物揚げも、別途の日にされる。

なお、岩屋の山の神の場は5カ所。

予め確認しておきたい地域である。



プラバケツに、石がごろごろ入っている。

岩屋は、他の地域と違って、水平に据えた芝垣の形態にしたカギ。

その芝垣に吊る藁つくりタワラの中に入れる小石
、である。

短時間に見て回った岩屋を離れ、再び訪れた毛原。

そうそう、忘れてはならないF・Sさんにもお礼に立ち寄った。

毛原の第一歩にお逢いしたF・Sさん。

まあ、上がってと、通された談話室での会話は、すべてが暮らしの民俗。

話題が沸騰し、なんと2時間も滞在してしまった。

お昼の時間だけに、ストップをかけて、旧都祁村に尤も近いエリアにある素食事処を目指す。

針テラスで、といえばどなたもわかる餃子の王将針インター店。

食事を済ませた、次の行先は、奈良市都祁白石。

白石の信号の角地で営業している辻村商店。

お商売につくったサシサバ


貴重な映像を撮らせてもらった。

献本の図録は、店主のTさんに提供した。

いつもなら奥さんもおられるが、今日は講の寄合に不在だった。



帰りがけにもらった塩漬けの紅鮭に、いつもありがとう。

次の行先は、再び山添村入り。

白石からは、そんなに遠くない。山添村・下笠間に向かう。

訪問したお家は、F家。

当主のKさんは村葬儀の出席のため不在。

娘さんに手渡した図録を預かってもらった。



ところで撮らせてもらった門屋下に干していたどんこ椎茸。

なんぼほどあるのか、あまりの多さに圧倒されていた。

ただ、その迫力さをお届けするには至っていない。

うーん、難しい被写体に手をこまねき、茫然状態。



まだまだ腕が足らん。

次の行先は、同山添村の大塩。

なにかとお世話になっているY家を訪れる。

ここ大塩にきたら、必ずや見ておきたい風の祈祷札。



墨書に見る文字は「奉修 風雲除災区内安穏五穀成就祈攸」。

祭事取材は、ずいぶん前。

平成23年7月10日に行われた村の行事の夏神楽

行事名に”神楽”はあるが、舞はない。

村神主が祈祷に祝詞を奏上する。

神事、直会を終えた二人のドウゲが、竹に書かれた「奉修 風雲除災区内安穏五穀成就祈攸」を、村境の地、七カ所に一本ずつ立てていく風の祈祷札立て

併せて拝見していた。

その護符を見届けてから、伺う当主のYさん。

お家で迎えてくれた。



早速、おうすをたててくれた大塩の茶。

”茶”で思い出した行事に茶願すましがある。

5月に豊作を願う茶願の祈願。

収穫した茶の豊作を祝す茶願すまし

神事は、二つとも大塩の八柱神社で行われる。

美味しいおうす味わいながら、話した会話にえっ・・・

実は、安曇(※あずみ)に、移住を考えている、という。

また、長話しがさらに・・・・私も同じ病いの話題に、滞在時間が1時間半。

そうそう、話こんでいて、すっかり忘れていた図録の献本。

大塩の取材行事の上出井戸の七日盆の井戸替えを載せていた。

さて、時間も遅くなってきた。

訪れた時間は、午後5時。

4月だから、まだ明るいが・・・

本日のラスト巡拝は、同じく山添村。

目的地は切幡。

なにかとお世話になっているT家にお願いした農の道具。

今では、どこの農家さんであっても使わなくなったぶとくすべ。

お電話をいただきお家取材


T夫妻、ともどもが再現したぶとくすべの使用方法。

農の民俗に大切な記録に立ち会うことができた。

感謝、感謝のお礼に献本した図録。

伺ったこの日の夫妻は不在。

息子のMさんの奥さんが応対してくださった。

何度か入室した玄関。



見返りに見た、コレは・・・あじさいのまじない。

女性がシモの世話にならんようにと願うあじさいのまじない

花は枯れていたが、コレは?と尋ねたら、おばあさんがした、という逆さ吊りの紫陽花は、まさにであるが、私が取材した方たちが吊るした場所はトイレであるが、T家は玄関。

土用の丑の日に、ここへ飾ったそうだ。

紅白の水引で括っていたあじさいのまじない。

聞き及ぶ縁日は、6月中に6が付く日、つまり6月6日に6月16日と6月26日であるが・・

そうこう、話しているときに帰宅されたOさんに、著書本の『大和奈良の年中行事』も、献本した。

切幡に住む何人かに献本していたが、肝心要のT家にはさしあげてなかった。

今になっての遅い気遣いに、えーもんもらったんや、これ持って帰りと云われて手にしたソレは真っ白。



家内生産している三輪素麺のフシを大量にいただいたが、普段、市場などで見る端っこのそうめんのフシではなくストレートな麵。

塩気が多いから、普段食べているそうめんそのものだから、普通通りに時間かけてゆがいてや、と・・・

(R4. 4. 3 SB805SH 撮影)

S&B幻の裏メニュー町中華・トマトキムチシーズニングが劇的な旨さ

2024年11月28日 07時32分29秒 | あれこれインスタント
前年の11月にオープンした旬の駅。

ここのお店に売っている品物の豊富さ。

漬物も旨い。

なかでもとびきり旨かったのがトマトキムチ。

トマト1個を四つ割り。

そのまんまの形のトマトがキムチ味で食べられる
なんて、想像だにもしなかった。

カット割りしていても、ほぼ丸ごとのトマトに見える。

熟したキムチ味につかったトマトの味に溺れていく。

旬の駅近くにきたら、自然とハンドルが、その方向に向けて自由操舵。

キムチ味のトマトサラダを求める心がハンドルを操作する。

トマトキムチを製造販売している事業者は京都・城陽市寺田新地に拠点を置く漬物屋さん。

㈱凪祥 京漬物もり香蔵(もりかぐら)

奈良県内のスーパーには売っていない漬物。

じめて見たトマトキムチに、これは、と思って買ってきたその晩のおかず。

めっちゃ旨いやん。

漬物の概念をぶっ倒すのでは・・と思ったくらいの衝撃を感じたマトキムチ。

その味に惚れ込んで、何度も買いに出かけたが、年を越してからはとんと見なくなった。

それからという日々の食賽に寂しさが募るばかり。

同時に販売していた漬物・白菜キムチ漬けも、また旨し。

一袋が100円の特価売り。

しばらくして150円売りにされた京漬物もり香蔵。

数か月も待つことなく、同社HP
からは、キムチ商品が消えていた。

もっともはじめから搭載していなかったのかもしれない。

ない、ない・・・どうにもこうにも、ない・・

そう思っていたころに見つかったダイソーの百均商品。

S&B幻の裏メニュー町中華シーズニングにトマトキムチがあった。

救いの手が見つかった。

味に違いはあるだろう。

しかし、そんなことはかまっておれないこっち事情。

とにかくトマトのキムチ漬けを食べたいんだ。

S&B幻の裏メニュー町中華シーズニングに台湾肉そぼろがある。

これがまったむっちゃ旨い。

旨いからすぐなくなる。我が家の買い置きにすぐ消える台湾肉そぼろ


毎度、まいど出かけているうちに、在庫切れ。

そのうち製造中止にならないうちに買い占めたい。

買占め量は、2袋。

その買いに見つけたトマトキムチシーズニングも2袋買い。



えートマトが手に入るまでは、我慢の子。

それがようやく実って冷蔵庫に3個も並んだ。

いかにも美味しそうな色合いの中型トマト。

パックに熊本県産の「大浜の恵み」、とある。

うち、1個を私用にもらって調理する。

手間は調理、注文でもない。



六つ割りに刃を入れた真っ赤なトマト。

器に置いたそこにトマトキムチシーズニングをぱらぱら落とす。



まんべんなく混ざるように落とすが、それは無理。

大半が、割った隙間に溜まっていく。



すぐさま食べるのではなく、ラップをしてから冷蔵庫置き。

1時間寝かした町中華・東京八丁堀中華シブヤが監修したマトキムチのできあがり。



お昼にガーリック・バター醤油ソースで和えたパスタを食べた。

これも美味しかったが、もう1時間も経ったんだから、トマトキムチが食べたーい。

つまみ食いではないが、1/6個を口にした。



こりゃぁすごい。

想定以上に旨いトマトキムチ。

この味なら、京漬物もり香蔵製のトマトキムチがなくとも、十分に対抗できる旨味。

ぺろっと食べた1/6個に釣られてもう1/6個。

えーいっ、もう1/6個。

半分食べちゃったS&B幻の裏メニュー町中華・トマトキムチシーズニング和えのトマトキムチ。

また病みつきの食が一品増えたが、かーさんは食べない。

なんせトマトが嫌いだったとは・・・

(R4. 4. 2 SB805SH 撮影)

冷凍きしめんをオーマイの和パスタ好きのためのガリバタ醤油ソースで食す

2024年11月27日 07時54分10秒 | カンタンオリジナル
冷凍きしめんをオーマイの和パスタ好きのためのがっつりにんにく&バター味ガリバタ醤油で食べる。

お昼は冷凍きしめんにするけど、どうする?。

その答えは、買い置きしていたオーマイの和パスタ好きのためのガリバタ醤油がある。

以前も食べたことがあるガリバタ醬油味のパスタソース

つるつる、のど越しのいいきしめんで食べたら、むっちゃ旨かったと記憶している

いつかは、その時期がくるだろう、と思って買い置きしていたパスタソース。

茹で上がったきしめんを皿に盛る。



湯気がまだ立っているきしめんにどろっとした液体ソースを落とす。



混ぜて、混ぜて満遍なくきしめんに絡める。



ガーリックに刻み海苔が入っている小袋からも落とす。

中央に落としたフライドガーリック。



香りの少ないガーリックに足した、業務スーパーで買った残り物のガーリックふりかけも・・・。



周囲が物寂しく見えたので、いっぱい落とした揉み海苔。



しゅんだところで食べた一口目。

うんまいねぇ。

湿ったフライドガーリックに海苔が見合う。

たれたれ和えて食べる二口目。

ここから箸が停まらなくなった。

がっつり食べたにんにく&バター味。

完食した皿に残ったガーリック醬油がもったいなくて・・・。

お櫃になーんもないほんのちょびっとあれば、追い飯もしたかったなぁ。

(R4. 4. 2 SB805SH 撮影)

今年も届けてくれた春の恵みは筍

2024年11月26日 07時52分03秒 | もらいもの・おくりもの
今年も届けてくれた春の恵みは筍。

U家が所有する筍畑。

息子たちが、ともに育ったU家のともだち。

二人兄弟は、うちの息子たちと同年齢。

その関係から、かーさんたちは、ママ友グループ。

非定期に集まってはどこかに出かけて女子会に・・・

その家庭の当主が、春になればバイクで運んでくれる初物の筍。

掘り出した筍を、いつも届けてくれる。

晩のおかずは、いっぱいあるから、味わいは明日の晩

発音がよく似ている「明日のパン」ではない。

大阪、特有の言い回しである「明日のパン」。

固有名詞でもない。

パンの種類はなんでも構わない”明日のパン”。

だから、”明日のパン”は、明日に食べるパンのこと。

関東に住まれる人たちに、”明日のパン”と伝えたら頭の中が???マークだらけになる不思議な言い回し。



そのことは、ともかく明日の晩にいただく掘りたて、新鮮な筍の食べる順がある。



我が家だけでなく、おそらくはどこの家でも、掘りたてもんの筍は新鮮なうちに食べる筍のお造り。



苦味もアクもない筍そのものの味を、山葵醤油でいただく。

(R4. 4. 1、 2 SB805SH 撮影)

ふり返る令和4年3月の介護まとめ

2024年11月25日 07時49分04秒 | むびょうそくさい(おかん編)
この月もおふくろの介護の関係で大阪・住之江に行くこと度々。

記憶は記録。

ふり返る際に思い出したい事項は書き記しておく。

1日、真夜中のトイレに身動きとれなくなったおふくろ。

そのことに気づかず、長時間にわたって、トイレ室に籠らざるを得ない。

ところがどうにか、立とうとしたが、滑ったのか、それとも
・・・

かーさんの大きな声で判明したトイレ内に横たわっていたおふくろを救助した。

その後は、ベッドですやすや・・・

朝は5時半のおトイレ行きにも、自身の力では立てなくなり、座ったまま。

再び救助したが、この状態では再々発する可能性は高い。

二人で対応する自信ない。

昼間は、なんとかできたとしても、夜間発生には、限界を感じ、対応の判断は病院行き。

救急搬送をお願いした救急車コール


行先は、いわずとしれた最寄りの病院。

おふくろの身に何かが起これば、と考えていた田北病院に入院措置をとってもらった。



2日、おふくろが、以前の入院にお世話になっていたKリハビリ療法士にメールがあることを思いだしたかーさん。

メールを送ってから数時間後に返ってきたおふくろの容体。

入院した昨日よりかはお元気な様子です、と報せてくれた。

実は、今日も面会不可の病院対策。

面会不可の対応に、1階ロビーに駆けつけてくれたT看護士。

その応対は、病室に置いてほしい時計とか、着替えのセーターやパジャマをお願いした。

身体状態も報せてくれた、その容態に、現在は平熱状態。

ただ、吐き気を訴えられたので、吐き気止めを注射した。

食事が摂れないから、現在も点滴中の状況。

昨日は、入院措置にバタバタ。

入う院申込書以外の書類に押印代わりに記入した私のサイン。

そういえば、昨日の入院直後に検査されたコロナの再検査や骨折の可能性もある、と検査したMRIの検査結果は・・・

3日、見舞いに行っていたかーさんが、帰宅。

預かってきた展示物などの荷物を片付けてから尋ねようとしていたら、「おとうさんは、おかーさんのこと心配してへんのか」、と云われた。

先に聞くべきだったのが落ち度でもあるが・・・

着替え交換に、おふくろの様子を伝えてくれた男性看護士の話しによれば、朝は起きられなかった。

が、お昼はお雛さんの日やから、といって配膳されたバラ寿司は、ほとんど食べたようだ。

おふくろの点滴は継続中。

ベッドの横に簡易トイレを設置。

介助の手を借りて移乗し、排便したようだ。

排便処理に、おむつパッドを持ってきてください、と云われたが、スーパー松源の買い物に、上田診療所に薬をもらいに行ったので忘れてしもた。

コロナ検査は、発熱が続いているなら再検査するが、それ以外ならしない、とわかった。

また背骨のMRIについても、痛みを訴えないので検査は不要の判断をした。

4日、今日も入院中のおふくろ。

名は面会だが、逢えない、顔も見れないコロナ禍の面会は、病院職員(看護士・介護士も)を介して行われる、例えば着替えの洗い物と綺麗になった着替えの交換。



今日は、着替え交換対応におむつパッドやおしり拭きの持参。

私たちへの伝言も職員を介して行われた「元気にいているから・・・」。

食事は特に問題なくご飯も食べているし、口はちゃんと大きな声で話す状態。

熱がないから元気なんだろう。

右足が痛いと訴えているので、整形に診断をお願いしている。



オンライン面会を使用している病院。

端末は、1階ロビーに設置された。

その状況を知り、いつからですか、と尋ねたら、昨年の秋、コロナ禍が落ち着きしはじめてから設置したそうだ。

使用時間は、数十分単位。



予約のもと、交替してもらっているオンライン面会。

どうやら予約は満杯のようだ。

5日のこの日も看護士を介して面会の名の下に着替えなどの交換に、W看護士が着替え交換対応。

食欲はあるが、お昼に出たうどんは残した。

普段でも食べれるとき、お口に合った料理はぱくぱく食べる。

合わないときはそれほどでも、という具合だからある意味セルフコントロールをしているように思える、と伝えてくれた。

ベッドからポータブルトイレへの移乗は難なくしている。

多少、手を添えてということもあるが、今にもすくっと立ちそうな気配を示してくれる。

身体拭きし、着替えてからおもらしした。

水洗いしたが、お家で綺麗に洗ってあげてください、と袋に入れてある汚れ物を受け取る。

着替えは、足りますか、と尋ねたら、大丈夫な枚数を用意してもらっているので、安心してください、と・・

検査などで1階に下りることもあるので、今日持ってこられたマスクは助かります、と喜んでくださった。

入れ歯洗いの薬剤も必要ですから持ってきてもらって正解ですね・・・と、W看護士。

6日、初顔の看護士さん。

着替え交換対応に汚れものなし。

洗濯済の着衣持込の担当ではないから容態はわからないが、元気にしていると伝えてください・・云われて下りてきたようだ。

大阪におられるケアプランデイア1・ケアマネジャーのFさんに、電話で近況連絡をする。

入院直後に男性介護相談員に確認し、2週間の入院計画を立てた。

状況に応じてかかる更新の手続きをと思っており、それについては退院が明確になり、退院後の家族療養をみて区変するか、しないかの判断する考え。

また、入院時発熱による転倒と聞いているが、トイレ籠りに低血圧。

これらは申しておきますが、老衰の一過程と判断し、同じ姿勢をとれない。

つまり、脳の発信が遅くなるのは老衰に向かっている状況です、と伝えられた。

そうか・・・・

いずれ、内臓は動かなくなる。

最後は心臓も動かなくなる老衰状態になる可能性がある。

そういうことだから、体力・知力を消耗するデイサービスの回数を減らし、3回を2回、2回を1回に、脳の負担軽減をしなくてはならない。

老衰で気になった老人ホームを見学からできるところは、早めに決断され、登録を奨める。

現在3施設を、と思っており、それぞれの施設状況、受け入れなど。

その際、MARSに阻まれている。

施設によっては、“良”とする施設もあるが、ごく数か所。

半数が拒否している、と伝えたら・・・大阪では一切拒否なし。

大阪・西成から発症した結核症状は、戦後すぐの時代。

ある時代まで結核患者はあったが、現在はみなとは云わないが、ある程度の年齢者は結核菌を保有しているハズだとの認識を、受け入れている。

その件は、奈良とはえらい違いがあるとわかった次第。

それからしばらくしたら、田北病院のH介護相談員から電話があった。

今秋からのリハビリリの指示が主治医から出たので、お家での状態を伝えた。

パンツ型おむつの装着に、デイサービスの往復。

玄関アプローチの対応や廊下・手すりにリビング゙室までの導線に老人車を利用。

排便など排泄は、独りでできるようになる目標にしてくだされば、と伝えた。

その際、Kリハビリ療法士は過去数年間もおふくろを担当されていたので、ある程度のアドバイスはあるでしょと、伝えた。

7日、今日も、W看護士が、病棟から下りてきた着替えの交換対応。

着替えの持ち帰りは少々の量。

で、おふくろの現状を家族に伝えてくれる。

今日は車椅子に座って食事を摂った。

食欲がある。

朝の車いす移乗は、スムーズではなかったが、午後のタイミングでは難なくしたようだ。

右足の痛みは消えた。

リハビリ運動は、まだ入っていない、という。

その、実は・・・

介護認定の切り替えに、田北病院の介護相談員と大阪のケアマネジャー情報の連携が必要。

そう伝えたら、以前担当していたUさんではなく、今はHさんのようだ。

その旨、大阪におられるケアプランデイア1・ケアマネジャーのFさんに状況を伝えた。

入院直後に情報連携したHさん。

入院直後の治療期間は2週間の計画が出ていた。

状況に応じて、かかる更新の手続きは退院が決まり、退院後に家族療養になるが、その身体状況をみて区変をするか、様子見てから。

私が伝えるおふくろの状態。

老衰の一過程かなと考えられる。

同じ姿勢をとれないのは、脳の発信が遅くなっているから・・・

老衰は知らず知らずのうちに、本人も家族も気がつかず内臓が老衰に・・

病いでないのに、老衰の道を辿る。

やがて心臓も動かなくなり、亡くなる。

それが老衰。

家族さんにとっては、受け入れ難いことだが、これまで見てきたさまざまな要介護者からそう判断する。

退院されても元通りの動きにならないのはもとより、体力を消耗するデイサービスの回数は3回を2回、2回を1回に減らすこともしないといけない。

現状では手に負えない、というか、心労が絶えない家人が求めている老人ホーム。

現在3施設を登録した、他数施設も見学してきたがMRSA・感染に壁がある。

戦後にかかった大阪での結核病。

受け入れる施設もあれば、受理しない施設もある、と話したら、大阪では戦後に発生した結核感染者については特に受けないということはない。

大阪・西成区から拡がったとされる結核は、現在病理からとらえる大阪は拒否することはない。

奈良と違い、地域特性があると初めて知ったケアマネジャーのFさんに私だ。

それからしばらくした時間帯に田北病院介護相談員のHさんから電話があった。

主治医からリハビリ運動に移ってよい、と指示がでた。

これよりリハビリ療法士と相談のうえ、お家に帰っても独りでトイレができるように、デイサービスの送迎にもいけるよう、お家の環境に合わせて計画を立てるそうだ。

この日、次男が海外から戻ってきた。関空に到着した4月7日。



それから3日後に隔離措置。



10日に解放された、とこう通信してきた「公共交通機関利用不可の指示があるから関空まで、お迎えは必須」。

8日のこの日は、大阪・住之江に出かけておふくろの生前整理

もちろん、おふくろの許可を得てそうしている。

実弟三男と、そこで見つかった旧紙幣に旧い切手の他に、なんとおやじ・おふくろの結婚式写真が出てきた。

撮影場は、今もある住之江会館。

と、いうことは、式はあげたが、記念の結婚写真は撮っていなかったんだろう。

撮影日は、不明だけに・・

9日、天理よろづ検査を終えた直後に鳴った私の携帯電話。

発信者は、おふくろが入院中の田北病院。

何かが起こったのでは、とおそるおそる電話に出た。

そうしたら、受話器から聞こえてきたその声は、おふくろだった。

えっ、なんで?

そのクエスチョンに、と届けるおふくろの願いは、「海苔の佃煮を持ってきて」、と。

嘆願した声の許可は、主治医に確認した結果、「どうぞ、食べていいよ」。

と、いうことは元気な証拠だよな。

午後の3時55分からの面会に、病棟から降りてきた看護士さん。

なんと、身ごものK看護士さんが担当してくれた着替え交換対応。

もちろん、おふくろの要望を叶える買い物に海苔の佃煮。

持ち込みプラスに「かおり野」苺。

さらには、8日の生前整理に発見したおふくろの写真を託けた。

また、リハビリ運動目的に、今の東棟から、リハビリ療養棟の西棟に移る計画がある、と教えてくださったが、なんとKリハビリ療法士からメールを送ってきた。

その内容は、「昨日の8日から、リハビリ室で平行棒リハビリ運動を4往復もしている」と、・・・

余談な話だが、7日に見つけていた駐車場のお釣りボックス。

私は、無料であるから、すぐにわかった。

お釣りボックスは、領収書も併せて出力されるボックス。そこで見つけたお釣りは現金の30円。状況を伝え受付に受け取ってもらった。

10日。かーさんは、朝からネット探しに、仏壇の置き台に座椅子も・・・

で、置き場もかつてパソコン台、今はタブレット端末の充電場。

座椅子も折り畳み式にすれば邪魔にならんように片付けできるタイプでもあれば・・・

パイプ椅子は嫌いだ、と・・・

着替え交換にむかい看護師対応昨日持参した三重県産のかおり野イチゴはぺろりと食べたそうで・・

その味、たしかにいただきましたょ。

遅くなりましたが入院診療計画書の病名は「脱力、症状は下肢脱力・発熱、治療計画は発熱精査・リハビリ、推定入院期間は2週間、栄養管理のいつ陽性は有、その他バイタルサインや全身状態の観察を行い異常の早期発見に努める」

主治医のT医師に、おふくろの名前でサインする。

3月7日付けの、退院支援計画書は主に支援がHさん。

退院に困難な要因は、「入院前に比べADLが低下し、生活様式の再編が必要と予測。退院に関わる問題点は病状の不安。退院に向けた目標設定は介護保険など。開いたケアの準備。予想される退院先は在宅。退院後に利用予想される社会福祉サービスはデイケアサービス。福祉用具購入・貸与に。

病棟退院支援計画担当者は長のAさん。担当はHさん.

M看護士の話によれば、車椅子移乗は問題なく、西棟のリハビリ運動は、数日前からはじめた。

排泄はポータブルトイレの移乗も難なく動作できるが、おむつパンツの上げ下げだけは看護士が支援している。

立っているときも、ふらつきはないが、安全のためそうしている。

交換終えて車中のかーさんは、退院に戻ってきたら、就寝に横で寝てトイレ行き補助をしない、とあかんという。



写真は、美味しくて甘い酸味が少ない品種の「かおり野」苺。

前日の面会におふくろが願った海苔の佃とともに、看護士さんに託けた「かおり野」苺。

今夜のデザートに美味しくいただいた。

11日の午後。

入居希望登録をしていたハッピーガーデン西ノ京のリーダーTさんから、お部屋の空きができたので、入居できる、と電話があった。

早速、田北病院のH介護相談員さんに直接電話した。

おふくろの状態を確認した。

車椅子移動はできるから入居を許諾。

一方、事務担当のK介護福祉士と契約交わす日程は3月13日の午前10時より。

契約者、2人の保証人を立て、印鑑を持参。

おふくろの容態を鑑み、1階に入居を、と決まった。

その旨、大阪におられるケアプランデイア1・ケアマネジャーのFさんに伝えた。

その件について、Fさんが話す。

退院、則入居となるので、その時点で契約は自動消滅し、ハッピーガーデン西ノ京とは直接は関係のないあゆみ介護支援事務所のKさんが担当することになった。

ケアマネジャー関係の情報連携をもって移管される。

なお認定審査会は、今日現在まだ実施されていないが、たぶんに終えて、有効期限までに新介護認定書が届く。

その確認を待ってから転出、転入届けをすれば、自動的に市町村の福祉課に移る。

大和郡山市に転入届けをしたその足で市の福祉課に介護認定証の件を確認しておけばいい、と教えてくれた。

12日は、大阪・住之江に出かけて、続きの生前整理をしてくる。

今日は、整理の序段。例えば、タンスなどにしまい込んだ貴金属、金券、現金などもあれば・・

要は、廃棄するモノと、これは残すべきモノとの分別整理。

午前11時ころからはじめた作業は、午後2時半に終わらせて、奈良に戻ってくる。

そのワケは、田北病院にでむいて、おふくろの着替え対応がある。

K看護士の話によれば、元気、元気。

看護士さんらに笑顔をふりまき、ハイタッチするくらいの元気度。

看護士さんたちは、病棟のアイドルなんょ、と云っているそうだ。

傷みがとれ、開放されてからそんな調子のおふくろ。

西棟の4階、リハビリ運動をする室が閉鎖の場合はベッドの縁に掴まって屈伸運動。

廊下は、手すり付き移動具につかまり行ったり、来たり・・・

昨日に携帯電話して、と渡しておいたが、反応がない。

戻られたら電話するよう伝えてください、とお願いしたら、すぐにかかってきた・・・

今までは、ベッドに横たわることばかりであったが、今は座って、窓の向こうに見える幸寿苑を見ている。

ガラス越しに3人が、手を振ってくれるからこっちも手を振って・・・

誰としていたんや、と聞いてもわからへんって・・・

元気そうなおふくろの状態。

入院した3月1日が、3回目のワクチン接種だった。

入院措置が先行だけに、接種は見送り、というワケにもいかず、接種は中断にしていたが・・

この状態で元気であれば、デイサービスを利用していた幸寿苑なら可能では、と思われた。

接種を、打つ、打てない、打たないについては、病院の判断。

そのような判断で、お願いした接種券は、K看護士に手渡した。

なお、ワクチンの入手は、期間を要するので、すぐとはいかないが、接種できそうに決まったら連絡、できれば入院中だったらえーのにな。

午後3時50分、看護士応対の面会を終えて、帰宅したかーさんのスマホにメールがあった。

なんと、音声留守電を入れていたその声は、おふくろから。

開いてみれば、「Hさーん、連絡くださいーー」が、入っていた。

また、デイサービスに戻ることなく施設入居になった関係上、幸寿苑についても、契約解除となるため担当のUさんに電話で伝えておいた。

13日の今日は、退院と同時に入居する小規模住宅型有料老人ホーム・ハッピーガーデン西ノ京との入居契約書を交わす。

説明は、会計・契約担当のK介護福祉士が、説明された内容について確認した。

14日は、月曜日。ここの地域のゴミ収集の日。

まだ、おふくろが入院中の田北病院から緊急連絡があった。

急いで電話した小規模住宅型有料老人ホーム・ハッピーガーデーデン西ノ京。

その緊急連絡の件は、なんと、おふくろが入院している棟の2階で、入院患者さんがコロナ感染した、という通報に、リーダーTさんに伝えた伝言は、しばらく退院できないと思います。

そりゃぁ、えらいこっちゃって・・・

そうであれば、一週間から10日間は身動き取れないですね、仕方ないですね、と・・・

昼頃にもどったかーさん。

大阪阿倍野にある住宅管理センターに都合の日を伝え、生前整理の回収事業の方付けエースに可能日を確認した。

日程調整の結果。決まった日は3月22日の火曜日。

麻の10時からはじめて、午後4時に終えたい生前整理。

管理センターも、午前10時に、同時チェックができるような日時に決まった。

田北病院の受付は、昨日にコロナ感染者が出たとか、聞いていない、という。

えっ、なんで・・・

今日の面会とは名ばかりの着衣交換は、K看護士。

洗濯着衣の交換に、甥っ子がホンダ社の単車で来たときの写真プリントを手渡し。

おふくろの孫に当たる甥っ子なんです、といってお願いした。

で、コロナ感染者は、隔離は、検査は・・などを、尋ねた結果は・・・

おふくろが居た病室は棟の東の端。

発症した入院者は、棟の西の端。

フロア全員の検査をした結果は、すべて陰性とわかり解除したそうだ。

ひとまずほっとしたコロナ感染状況。

退院後は、急遽決まった小規模住宅型有料老人ホームのハッピーガーデーデン西ノ京。

退院はどうなんでしょう、と聞けば主治医からは退院許可がでているとか・・・

ご本人さんが、リハビリしてほしいと願われて、只今西棟に出向き、運動しているようだ。

15日、午前10時の電話は、デイサービスをしてくださっている幸寿苑のU相談員から。

送迎は基本、大和郡山市内一円まで、過去には九条に送迎者がおられたので、足を伸ばして近隣、近くの施設までの送迎もしていたが、現在は九条に送迎もなく、申し訳ないですが・・・と、回答。

ハッピーガーデーデン西ノ京さんは施設が近距離。

送迎者にとって、負担はないからと云われるが、遠くでなくとも季節、季節のいろばなに出会える走行中の窓景色が癒しでした。

もう戻ることのない幸寿苑デイサービス。

2年半にもわたってお世話になり、ありがとうございました。

スタッフのみなさま方にもよろしくお伝えくださいませと、お礼を述べて挨拶させてもらった。

正午前にかかってきた電話は、田北病院・Hさんが長期休暇のため、代行のK介護相談員からの連絡だった。

主治医から正式に退院指示が下りたので、ハッピーガーデーデン西ノ京に電話を入れた。

リーダーのTさんからも、部屋の準備が整っているから、いつでも構いませんので、具体的に退院日程を決めたく電話した、と伝えた。

家族さんの都合のいい日を教えてもらい、調整するので、伝えた日は、18日、19日、20日のいずれかでお願いした。



なお、退院にあたり、PCR検査もされるとのこと・・・

正午過ぎの電話は、長男嫁のMちゃんから。

退院に入居、および大阪・住之江にあるタンス、冷蔵庫、洗濯機などの撤去・撤収。

さらに、転出届などなにも支援できなくてごめんなさいって・・・優しい心をもお嫁さんの気遣いの電話だった。

午後3時40分の電話は、田北病院の代行のK介護相談員から。

入居予定のハッピーガーデーデン西ノ京と日程調整ができた、と・・・

3月19日の土曜日。

昼食も用意できているので、午前11時に田北病院の受付にお越しください。

それから支度を調えてもらったおふくろは、午前11時半ころに、荷物などとともに1階ロビーに下りて来る。

退院などの書類の確認に入院費などを支払い。

そのままハッピーガーデーデン西ノ京に向かう、と・・・いうことで。

午後4時の着衣交換・面会に、応対してくださるO看護士。

その際に伝えてくれたワクチン接種状況。

午前中に終わったコロナワクチン接種は、今のところ、特に問題なし。

接種済証は退院時にお渡しするそうだ。

午後5時、ハッピーガーデーデン西ノ京のリーダーさんに電話した。

入居当日はよろしく、お願いしますに、伝えてくれた。入居先のお昼は用意していますから、と・・・

入居当日は家族さんと食事もできる。

部屋若しくは談話室でも構わない。

持ってきてほしいのは昼間に着る衣服と就寝時のパジャマなど。

洗面具・水筒も持ってきてください。

車椅子は月500円レンタルで利用できる。

ベッドはある。

昨日現在の田北病院でのリハビリ運動では、U型手すり付き歩行器を使用している。

私どもからは、おふくろが利用していた老人用手押し車を持参する。

介護認定は3月31日まで。

認定更新中につき仮認定証を持参します。

また、Tリーダーからは、昨日に実施されたPCR検査。

田北病院の情報に、それは早すぎるから、退院前に再度の検査お願いした。

ちなみにワクチン接種は本日実施。

入居者のほとんどは老人性のためか腫れ、筋肉痛が数日間続いているが、入居日までには収まっていることでしょう・・・・

16日の着替え交換・面会。

O看護士に、お願いした預けモノ。

かーさん書いた手紙添えて従妹のきみちゃんが、生駒・高山に行われた「竹の寒さらし句会」に来た際に買ってきたお守り。

奈良・信貴山に行ってお参り句会。

お守りもあるし、生駒の高山せんべいのオカキも買ってきた。

それらはお菓子の詰め合わせとともに我が家に送ってきた。

それも預けた面会手段。

O看護士の話によれば、今朝はそんなに食べなかったが、排便したら食欲旺盛。

退院日は直接伝えてないが、入院から指折り数えてもうすぐだと認識しているようだ、と・・

17日、午後4時に出かけたDCMダイキ。

入居先に必要な簡易な部屋テーブルを探していた。

たまたま目にはいた、アイアンウッドテーブル。

組立は手ごわい。1時間も要したアイアンウッドテーブルは、ネームの通り、アイアンウッドだけに重たい。

不便なように思えるが、逆に軽ければ滑る危険性がある、と判断したアイアンウッドテーブル。

ついでに買ってきた家用の玄関椅子。

デサインに風合いが気に入った玄関椅子は、主に私が使用する靴履き用途。

腰痛の痛みに腰の不安定。

ふらっと揺らぎに倒れないように座る、いわゆる身体の支え補助。

また、一時的帰国している次男用のベッドソフア・シーツも買っていた。

18日、今日の着替え引き取りの応対してくれたN看護士。

明日の退院に着る服を預けた。

院内コンビニに売っているペリペリくっつく上履き。

おふくろに履いてもらう新しき上履き。

黒色を見本に、M看護士の足に合わせてもらって決定したサイズMを購入した。

19日、今日になって、ようやく田北病院を退院するおふくろ

付き添いに、K看護士が対応してくださった。

19日間も入院したいたおふくろを載せて、伺った先は、2年半もデイサービスをしてくれた幸寿苑に。

お世話になったお礼に手土産持参。

挨拶に出られたU相談員に、ケアワーカーのみなさん。

これより、行って参ります、と手を振った。

そして、新しく居住する小規模住宅型有料老人ホーム・ハッピーガーデン西ノ京。

リーダーのさんに、会計担当のKさんが迎えてくれた




20日、大阪・住之江の住居で毎日見ていたテレビを運んで、この部屋に設置した。

その際に、必要な長さ、つまりアンテナ延長ケーブルが要る、とわかった。

近くにあるジョーシン富雄南店で購入するDXアンテナ製2JW33SLSは3mケーブル。



価格は1620円。

さらに購入した安全防止に探した用具は、1738円で売っていた転倒防止ゲル・6枚入り。

ところが、運んできたAVD-TVTGCC40は、アンテナ接続が、たったの1本。

大阪でしっかり見ていたテレビは、地デジ放送。必要なのは地デジ放送だけでいい。

と、いうか、BS放送は、たぶんに見ない、と思う。

退院から、いきなり入居したハッピーガーデン西ノ京は、一度、見学に拝見していた施設。

前年の令和3年の10月20日、おふくろとともに拝見した施設見学

おふくろが見学できた施設は、後にも先にも、ハッピーガーデンしかない。

あの日に、ご縁をいただいたのであろう。

昨夜は疲れたのかぐっすり寝ていたおふくろ。

その前に着替えさせてもらったパジャマ。

廊下まで聞こえている咳き込み異常に違和感を持ったハッピー職員は喉を詰めてしまう、と思った痰の塊。

塊は誤嚥(ごえん)になる可能性があると指摘。

退院時からずっとお茶も飲んでいない水分不足が原因か・・・

夜中の零時に、トイレ行きましょう、と起こされて済ませたようだが・・・

数時間後の午前3時は、ぐっすり寝ておられたので起こさなかった。

が、朝の7時半の起床に、身体が重たく座らせるのに難儀したらしい。

パジャマの着替えした際も、動きは鈍っていたが、起きてからは動きがよくなるらしい。

どうやら、歯ブラシ立てが要るようだ。

ずっと車椅子に座ったままだから、尾てい骨が痛くなるので、ゲル状のお尻敷きも要るな。

時計は、持ってくるのを忘れていた。

朝、昼食とも完食したが、実は豚肉入り。

調理が巧いから気がつかなかったようだ。

だから、好き嫌いも牛肉よ、と伝えたらまんまと食べるだろうから子供と一緒。

生前整理にいっぱいあった着物類は、誰も欲しがらない。

現在、宮城県に住む実弟次男の嫁さん、Kさんも欲しがらない、とおふくろに伝えた。

貴金属の中で、残してほしいのは大丸でもらった黒い指輪

銀の指輪があった、といってもそれには反応しない


孫のTちゃんが子供のころの写真を本人に渡したい、という。

郵貯銀行の銀行印はたぶんにこれだという花柄ケース入りの印鑑。

着たきり雀の赤いセーターを洗ってもっていったら喜んでくれた。

東京に暮らしている長男から電話があった。

来月の4月15日若しくは16日に奈良入り。

カナダから戻っている次男とともに、おばあちゃんが入居しているハッピーガーデンに行きたいと伝えてくれた。

ただし、その日は、仕事の関係もあり、とんぼ返り。日帰りするから3時間の滞在。

万が一の場合も考えての日帰りには、理由はあるが、ここに書く必要性はない、と判断した。



写真は、おふくろも喜ぶ美味しいかまぼこ。

宮城県産のかまぼこ。製造・販売とも白謙かまぼこが提供する、めちゃ旨かまぼこ。

一枚、口にしたら、もう止まらない絶品味。

なんと、今回は新作、販売の白謙かまぼこの唐辛子入り真イカ。

楽天市場など、通販取り扱いで入手している。

22日の今日は、おふくろが長年暮らしていた生活用具すべてを撤去する生前整理。

午前10時から午後5時ころまでかかる撤去作業に立ち会い

23日は、小規模住宅型有料老人ホーム・ハッピーガーデン西ノ京の入居に必要な正式契約を交わす日。

契約日付けは、入居した19日に遡る。

その契約に、ケアプランセンターあゆみに所属するケアマネージャーのK介護福祉士に、おふくろも同席の下、契約書を交わす。



24日に届いたLINEメールは、ケアプランセンターあゆみ・Kケアマネージャーから。

Kさんが、大和郡山市役所の介護福祉課に問い合わせ、確認をとった。

3月19日付けの転出の際、大阪・住之江区役所介護福祉課は、別の移転課に申告し、あらためて奈良・大和郡山市に転入するので介護保険者証認定は、今日現在が要介護3のままの状況に転出し、転入する大和郡山市に継続する旨を伝える。

大和郡山市も、住民票を移したらすぐに介護福祉課に行き、異動したので介護保険は要介護3のまま令和4年9月31日まで継続します、と申告してください、と伝えてくれた。

住民票と介護保険の関係は別扱い。

課の横つながりが、自動的ではなく、申告によって成り立っているんだと思った。

なお、介護も要認定変更は、大阪市から届くが、その件は無視され、ハッピーガーデン西ノ京のリーダーさんの判断。

おふくろの心身が落ち着いた段階で区変する、了解を得ている、と伝えてくれた。

区変が重なっただけに、余計に難しくなったが、そこはベテランのみなさん。

ご指示に従う。



また、この日に届いた大ばあちゃんの仏壇の台。

注文していた楽天市場。

なんと、仏壇の台は仏壇製造業者だ、と思っていたが違った。



販売、配送とも家電とPCの大型専門店のジョーシンWEB。

物流が終結する大阪・南港から配送された。

台は、幅60×奥行40×高さ43.5cmのお仏壇チェスト。

桐製、和室収納、完成品で送ってきた仏壇下台。

チェスト型番は、MCH-6792 HAGIHARA(萩原)。

梱包解いて、早速設置した大ばあちゃんの仏壇の台。

えーもん、届いたからね、と拝んだ

(R4. 3. 1、 4、 5、 7、10、15、20、23、31 SB805SH 撮影)

啓翁桜を求めた大淀・道の駅吉野路大淀iセンターで美味し食材に出逢う

2024年11月24日 07時43分11秒 | 大淀町へ
写真家Kさんが友に求めるすくっと立つ花付きの枝木がどこか売ってないか、と・・

たぶんここにはあるだあろう、と立ち寄った大淀にある道の駅吉野路大淀iセンター

店内入るそこにあった啓翁桜(※けいおうざくら)をお買い求め。



私が求める美味しい食材は、吉野山林豆腐店が提供するめちゃ旨の2個入り揚げ出し豆腐。



この商品には、これまた出汁が旨い京南禅あげだし豆腐のタレ。

吉野山の林豆腐が、わざわざ京都から仕入れて同封する豊美食品の京南禅あげだし豆腐のタレ



極端にいえば、市販の揚げ出し豆腐に使用しても旨くなる豊美食品の京南禅あげだし豆腐のタレ。

大量に消費されるお店なら、ネットにも売っているこちらの商品を推奨するよな。



林とうふ豆腐の揚げ出し豆腐を買ったら、なんとおから1袋が無料で付いてくる。

私はおからが大好物。

尤も、買ってきたままの状態では、遠慮する。

家に持ち帰った揚げ出し豆腐におから。

揚げ出し豆腐だけなら、むちゃ歓んでくれるが、おからが一緒になると、歓びも半滅。

だって、私がつくるんでしょ、といいつつ、翌日に調理してくれた。



我が家で療養中のおふくろも美味しい、と喜んで口にしてくれた林とうふ豆腐の揚げ出し豆腐に手料理のおから料理。



これが旨いんだなぁ。

最近、発見したおからにプラス。

からしマヨネーズをかけて食べたら、さらに美味しくなった、と伝えておこう。

さて、道の駅吉野路大淀iセンターに初登場の野菜を並べていた。



えっ、これってなんの葉っぱですか、に答えてくれたオカノリ。

えっ、もう一度・・・オカノリです。

初耳のオカノリ。

丘に生えた海苔っていうのも可笑しなネームやね。

そういえば、オカにノリがあるなら、既に食したことがあるオカヒジキ

これも丘で、つまりは陸地で栽培された海に育ったヒジキでなく、陸の畑でそだった植物のヒジキ。

そんなワケで、「陸の海藻」、とか「畑のヒジキ」や、と伝える人も多く、海のヒジキと見かけがよく似ていることからオカヒジキの名がついた。

さらに、オカワカメちゅうのんもある。

栽培も流通も多くないオカワカメ

たしか天ぷらにしてもろて食べた記憶がある・・・・ような気がする。

パリパリ食感が目立ったオカワカメの天ぷら。

お浸しのオカワケメも
美味しい。

オカヒジキもそうだが、お浸し調理にマヨネーズかけて食べたらめっちゃ旨かった。

で、陸の畑で育てるワカメって、どんな植物なん?と思えるネーミングが頭に残る。

さて、オカヒジキにオカワカメ



そして3番手のオカノリ

揃った三匹の侍、いや三羽がらすでもなくオカノリって、美味しいのかなぁ。



こちら道の駅吉野路大淀iセンターの売り場に運んだ生産者が、オカノリ(陸海苔)の特長やレシピ、かつ食の体験も添えてくれた。

ありがたい生産者(※道の駅吉野路大淀iセンターに出荷している大淀出荷組合/ハーベストうらら)のメッセージも公開しておこう。



オカノリ(陸海苔)の調理は、後日。

取り急ぎ、袋詰め状態のオカノリを公開しておく。

(R4. 3.31 SB805SH 撮影)

大岩に来たら、つい立ち寄りたくなる今木が在所の今木社会法人ひまわりわかば直売所

2024年11月23日 07時49分35秒 | 大淀町へ
帰宅の途に就くそのときも雨降りだったが、グリーン色も見られたすももの情景に思わずカメラ撮りしていた平日喫茶きまぐれや。

私が撮っていたら、二人とも写真家。

しっかり、雨に濡れながら撮影に黄色花が映えるサンシュユ(山茱萸)も撮影どきの状況。

ここきまぐれやの地で解散した。

Kさんが友に求めるすくっと立つ花付きの枝木がどこか売ってないか、と・・尋ねられた。

たぶんここにはあるだろう、と出かけた。

目的地は、大淀にある道の駅吉野路大淀iセンターであるが、先に入店したい今木が在所の大岩社会法人ひまわりわかば直売所に・・

わかば直売所に購入を求める食材は地産地消の野菜や果物に総菜もある。

それら以外にも、買ってみたい手つくり商品がぞろぞろ売り場にあるが、気に入れば「買い」となるのも問題がある。

稀には、生産不良もあったが、そこは今木・社会福祉法人ひまわり事業所は、障碍者支援施設でもある。

さまざまな学びも取り入れた支援施設。

わかば直売所内においても収穫した野菜などの手入れもしている。

それは家庭にモノが増えてしまう点。

場所をとるモノが多くなるほどに家人の不満が膨らむ。

その壁は、なかなか越えられるものではないから、諦めがほぼ100%。

私の大好きな葉玉ねぎも綺麗にしてはった。

家族も好きな葉玉ねぎなら、買い物は許してくれるが、次々、連続している、と判断したときは、拒否される場合もある。



ちなみに一束括りの葉玉ねぎの値段は140円。家庭に優しいお値段やね。

店舗前に置いていた売り物。

えっ、これってなんだ。



初めて見るカタチに、さっぱりわからぬ用途に、これなぁーーんだ。

右に置いている材は、割り木。

暖炉やお風呂の釜(※今どき拝見する機会がほとんどないが・・)焚きの材。

かつて、私が子どものころ。

ずいぶん昔の暮らし。

生誕地に暮らした1階建て木造住宅に楕円形木製(※木桶風呂)の浴槽だった。

風呂釜の焚き口に、割り木を入れてくべていた。

子どもたちの役目であるが、割り木材はどこから入手していたのか。

今から60年から65年前の暮らし。

地区にお風呂屋さんがあった。

そこでもらってきたこともあるし、建築中の工事現場で拾った廃材などはナタで割っていた。

バラック小屋のような我が家ににょきっと突き出した風呂釜の煙だし煙突


たしか、煙突の素材は曲げやすいブリキ板金属だったような気がする。

生きていくためにそうしてきた当時の暮らしを思い出す


そのことより、気になる左に置いているコレはなんだ。

名称は「ロケットストーブ」。

手つくりのロケットストーブは、8000円。

安いと、いえば安い買い物。

ネットに見つかった、ほぼ同型のロケットストーブ

持ち運びもできる移動型のロケットストーブは、アウトドア用途に開発されたようだ。

屋外で楽しむ暖房道具。

とんどで暖をとるよりも、火の取り扱いが易しい屋外ストーブ。



また、焼けた灰の処理もしやすい。

使用したキャンプ場にも迷惑はかけない道具。

ましてや、河原で遊んだ薪焚き。

川を汚さない道具といえよう。

話しによれば、火力が強いし、暖房速度が早いようだ。

もう一つの特長は、上部が五徳仕様になっているから、調理もできる構造。

アマゾンが販売しているネット通販情報によれば、さまざまなロケットストーブがありそうだ。

なんと、折り畳み式のロケットストーブもあるし、価格帯もさまざま

(R4. 3.31 SB805SH 撮影)

大淀町大岩・2022年喫茶きまぐれやのすももが気になる

2024年11月22日 07時41分36秒 | 大淀町へ
写真家Kさんの写真展を終える日。

知知人のカメラマン。Sさんも、撤収の時間帯に寄りたい、という。

到着した大淀町・大岩に所在している平日喫茶モーニングだけのきまぐれや。

3月3日から展示していた長野県の松本市、上田市、茅野市に今も行われている民俗伝承。

地区、それぞれの在り方だが、この民俗伝承を「コト八日」と呼ぶ


奈良からは相当な距離にある長野県だけに、行きたい気持ちはあっても二の足を踏んでしまう。

だからこそ、ここ平日喫茶のきまぐれやで写真展をしてくれたのがすごく嬉しい。

明日からは、また水彩画の展示

毎月のように入れ替わる、いわば芸術祭が例月祭のように開催される平日喫茶のきまぐれや展示。



撤収時間帯に降るそぼろ雨。

しっとり濡れた白い花は、やがて真っ赤な実をつけるすももの樹。

今が丁度の見ごろ時季。

濡れた雨のおかげもあって映えるすもも




次回に訪れたい日は、6月中旬から下旬にかけて・・・再訪したいすもも狩り。

実は、初めて体験したすもも狩りは、前年の令和3年6月29日。

オーナーさんとHさんのすもも狩りを拝見


尤も、写真撮りと同時なものだから、ほとんど間違いなく、私が手にとったすももは落下のすもも。

枝が揺れるだけで、自然に落下するすももは熟し。

瑞々しいこれがめちゃ大好きな甘さ。

今年の4月15日には、藤の花が咲いたよ、と伝えてくれた喫茶・きまぐれやに、ほぼ隔日、日参される知人のHさん。

展示を撤収したこの日ではまだまだの藤。

蕾がふくらみかけた状態を教えてもらっていたので、是非とも伺いたい、と思っていた。

5日後の21日には、ほぼ満開のお報せが届いたが、家庭内事情もあり、今年は断念せざるを得ない。

すももが実成りのときは、なんとか都合をつけたい、と思っているが・・・



平日喫茶きまぐれや写真展「コト八日」の撤収作業中。

そろそろ車に積み込もうとした時間帯にやってきた写真家のSさんが合流した。

カーナビはセットしたものの道に迷い、遅くなったようだ。

食事は、と聞けば、まだ。

じゃぁ、喫茶きまぐれや特製の日替わり「スペシャルモーニング」。



私の注文は、お飲み物はローズマリーレモン。

パン食はバターコーントースト。

中華サラダも、小鉢の玉ねぎスープ。

これで1食が500円のスペシャル。

味もスペシャルやし、毎度美味しいスープがいちばんの好物なんだよなぁ。

食後の話題、会話に常連さんのHさんも、ご一緒に・・

笑いがいっぱい広がり、大賑わい。



喫茶室内においてあった綿の花と手つくりの足半(※あしなか)

たしか二人とも結の里に売っていた足半・履いて、試して、心地いいから買っていたよな。



室内から中庭を見れば、梅の花が落下。

その風情もえーかな、とシャッター押し。

いつもにぎわう平日喫茶きまぐれやを後にして出発しよう、としたら小雨風情。

雨にしとれるきまぐれやの前庭にお花が咲いている。



雨降りに濡れる花の撮影に、急ぎのシャッターに撮ったクリーム色のクリスマスローズ。

春が、否が応でもやってきたとわかるクリスマスローズの開花。

それにしても、クリスマスの時季ならあかるが、なんでクリスマスローズの名がついたのかな?

ネット調べにあった「豆知識」によれば、「クリスマスの時期にバラのような花を咲かせることから名付けられた」と、ある。

うーん、不思議だ。

さらに、「豆知識」が伝える和名では「初雪起し」「待雪草」

だから「雪が降る時期に花が咲くことから、名付けられたのでしょう」と、締めくくるっておかしくないですか。

同じくネットの「家庭画報」によれば「学名をヘレボルスといい、原種系のヘレボルス・ニゲルを指した名前で、ちょうどクリスマスのころに咲くバラのような花、というのが名前の由来」と、ある。

原種系のヘレボルス・ニゲルは、12月半ばから2月あたりまでが花の咲く時季。

だから、ヘレボルス・ニゲルから得たクリスマスのころに咲く花だからクリスマスローズになった、と・・

家庭画報」は、次に記載していた「(実は、)2月下旬から咲き出し、早春から春の庭を美しく彩る花がある。その花は、ヘレボルス・オリエンタリスという系統であり、原種系のヘレボルス・ニゲルとは、異種。
現在、日本ではヘレボルス・オリエンタリスも含んで、春近くに咲く花をひっくるめて「クリスマスローズ」と、称した。

つまり、原因は、12月半ばから2月あたりまでが花が咲く原種系のヘレボルス・ニゲルも「クリスマスローズ」。

2月下旬から咲き出し、早春から春の庭を美しく彩るヘレボルス・オリエンタリスも併せて、どちらも「クリスマスローズ」と呼んだ
ことによって、誤解が生まれた弊害の結果であろう。

ま、とにかく今の時季に咲いている「クリスマスローズ」の種は「ヘレボルス・オリエンタリス」であると、覚えるしかないのであろう。



この花は、もう覚えてしまった美味しくて甘い実をつけるすももの白い花。

これまでは、枝いっぱいに咲いていたすももの樹。

オーナーの話によれば、最近は弱ってきているようだ、という。

この映像は、幹付近。

後に、わかった※すもも枯れ現象。

樹医さんの診断でわかった原因はクビアカツヤカミキリ

バラ科の樹木に寄生するクビアカツヤカミキリ。

桜も、梅も、桃も、すもももみな同じバラ科の樹木。

クビアカツヤカミキリの犠牲になりやすい樹木科。

異常発生の所在がはっきりわかる根本付近にみるカミキリが落とした糞と木くず。

その「フラス」事象があれば、今すぐ対策を
、ということだった。

県の情報によれば、被害地が年々広がっている状況がよくわかるので参照していただければ幸いです。

春近しの花に黄色い花が咲いている。



ほとんど人たちが存じている、それこそ庭の「さんしゅゆ(※山茱萸)」



花の名前がわからんかったコレなんだ。

(R4. 3.31 SB805SH 撮影)

生誕地大阪・大和川住宅に咲く桜を見納めに手続きする鍵の返却、転入届けて幕を閉じる

2024年11月21日 07時43分10秒 | むびょうそくさい(おかん編)
私が生まれ、育った大阪・住之江。

エレベーターなしの5階建て市営住宅の今に咲く7、8分咲きの桜が見ごろになった。

1階建て平屋・背中合わせの二世帯が住まいする木造住宅から、コンクリート構造の中層住宅団地化に転換した昭和49年(1974)。

建築を終えて鍵の交付とともに入居。
住民たちは、昭和52年から順次、転居。

ピカピカの住居に移っていた。

かーさんと新居暮らしは、東住吉区の矢田に数年間。

住之江の大和川住宅が、木造1階建てから、5階建てのコンクリート団地に移るまでは、おふくろの親戚筋が経営していた文化住宅の2階に仮住まい。

居住地も籍も住之江。

木造1階建てに同居の形をとり、建替え委員と役を務めた。

そして、建築を終え、移転入居した昭和52年。

本来の新居としておふくろと大ばあさんとは、別棟の2階に移住した。

その後の、昭和56年8月、私と、かーさんは、大阪・住之江から転出。

新築購入とともに移住、転入した奈良・大和郡山市。

その後も、おふくろは、私の祖母である大ばあさんと一緒に、エレベータのない4階の部屋で暮らした。

そこは見晴らしがいい階層。

それから49年後のこの日。

介護状態の変容により転出。

転入地は我が家。

分離別所帯の位置づけに手続きした大和郡山市。

ホーム施設の地は、北隣の奈良市内。身柄だけをホームに移した。

前週に、家具、用具など、ほとんどを撤去した

生前整理に見つかった、ほんの一部(切手類暮らしの道具)は重要な史料として遺した。

空っぽになった室内を見渡してもなにもない。

ガラーンとした元居住地。

窓を閉め、鉄製の玄関も締めた鍵は、大阪市市営住宅管理センターに返却する。

この年も綺麗に咲いてくれた団地の桜も見納めに、記憶に遺しておきたい一枚を撮っていた。

遡ること。

戦後まもないころに建築した木造住宅は大阪市営住宅。

戦中に罹災した人たちが住まいした市営住宅。

罹災者は、大阪市内に落とされた大空襲に焼け出された人たち。

そのころの、具体的な話は聞かなかったが、結婚する前の父親も母親(※私からみれば祖母)ら親戚筋も罹災。

それが、私の本籍地だった。

今ではまったく面影がない旧大阪市東区瓦町。

たまに通ることがあったとしても、あの辺りかな、という具合。

そして罹災者向けの木造住宅に、私が生まれた。実弟次男も三男も同じ地の生まれ育った旧大阪市住吉区北島から、完全に離れる。

96歳のおふくろは、奈良市にある住宅型有料老人ホーム(※ハッピーガーデーデン西ノ京)に入居が決まり、もう大阪には戻ることはない、と決断し、身柄はホームに委ねる。

49年間暮らした鉄筋コンクリート構造住宅の大阪市営住宅は完全撤去も終えて、今日は最後の手続きがある。



何をどうするのか、かーさんが予め整理してくれたメモに沿って、立ち合い、連絡などもあるし、大阪では区役所での転居手続き、転居先の奈良・大和郡山市役所ヘは転入届けも。

その途中に出かける大阪・阿倍野の住宅管理センターに鍵を返却する。

盛りだくさんの、本日プログラムをこなす。

一日仕事に、お昼は決めていた。

住之江に来る用事の度に食事を摂っていた大阪ふくちぁんラーメン加賀屋店を考えていたが、時間が合わない。

仕方なく切り替えたラーメン処は、生駒山の麓にある幹線道路沿いに立地しているまこと屋大東南新田店入店。

私はチーズ入りトマト酸辣湯麺。

かーさんは、チャーシュー鶏じゃん


その件は、ともかくかーさんがメモした関係先は、一つは大阪市の水道局。

 退去は3月30日。

 閉栓は不要。

 立ち合いは午前9時30分の予定

その2に、大阪ガス。

実は、2年前の9月8日に、一時中止を連絡し、現在も停まっている状態。

 供給停止しているので、立ち合いはない

 ガス漏れトラブルの場合に鳴動するガスのピコピコは・・レンタルにつき、そのままに・・

その3の電気は、関西電力。

 3月29日に電力供給停止

 部屋の鍵を返却する際に、すべてのブレーカー落とす

その4に電話。

 3月30日に外すアダプター(コード共に)を着払い郵パックで送る

なお、3月22日に完全なる撤去に原状回復をした際、ベランダにある屋外のシャワー給湯器のガス管が、経年劣化のために栓が回転できず。

水回りの栓も回らず閉栓不可(引っ越し事業社も対応できなかった難題)については、大阪・阿倍野の住宅管理センターに連絡しておいた。

午前8時30分に住之江・大和川団地に到着。



部屋中に入り、然るべき箇所の点検をする。



忘れ物がないことも確認し、ブレーカーを落とす。



玄関ドアを締め、呼び出しブザーがあった場所も確認。

ポスティングなど、勝手に入れられんように「転居」を記して鍵かける。



1階の郵便ポストにも、「転居」を記したガムテープを貼る。

扉は開かないように、その付近にもガムテープ貼った午前8時46分。

次の、目的施設は大イベントも収容できるすみのえ舞昆区民ホールもある住之江区役所。



信号待ちの度に思い出す懐かしい母校の大阪市立南陵中学校。

消滅してから、もう何年にもなるなぁ。中学3年生のときの学級数は17組。

おっとろしいほどの学友たちがいたが、史料によれば平成5年(1993)に閉校とあった。



なぜに「すみのえ舞昆区民ホール」なのか。

「舞昆」と、いえばテレビコマーシャルに今も出演されている“大村崑”さん。

”大村崑”さんと、いえば、92歳になられても、今もなお、タレント・俳優仕事に活躍している大物人物。

知る人ぞ知る“大村崑”さんは、昭和30年代のモノクロテレビ時代から活躍していた喜劇役者さん



「元気ハツラツ オロナミンC」の宣伝は、どなたも記憶にある。

毎日放送だったか・・「やりくりアパート」に、一世風靡した「番頭さんと丁稚どん」もあれば「鞍馬天狗」などがある。

その“大村崑”さんが出演している大阪・住之江が本社の㈱舞崑のこうはら。

新聞紙上の宣伝も多く見る。

そのようなことで、住之江に本社がある㈱舞崑がパートナーシップ契約した関係により名称を「すみのえ舞昆区民ホール」と、した。

午前8時55分、到着した住之江区役所での手続きはおふくろの転出届け。



花壇いっぱいに咲く春の季節の喜び。

穏やかな気温になった区役所。

つい最近になってからだが、駐車場を有料化された

大阪市内の各区役所も同様なのかな。

転出届けに住民異動届けの記入が要る。



これからの住所は、我が家。

別所帯であるが、配達される郵便物が誤送さないよう我が家にした。

老人ホームに入所した場合、ある施設は、その施設の住所に住民異動しなければならない施設もあれば、おふくろが入所した施設は、その限りではなかった。

これらについては、大阪でお世話になったケアマネージャーや新しくケアマネージャーになってくださったKさんも区役所の介護福祉課に連絡、確認。

介護保険者証認定に係ることだけにこうした対応はケアマネージャーにお願いするしかない。

並びに転入先の市役所の担当に伝え、そのことに問題はないのか、相談にのってもらい、そうすることにした。

また、後期高齢者医療保険についても異動しなければならない。



その申請は別途封筒に入れているので、転入先の市役所に届けることになる。

住之江区役所の手続きを終え、次の目的地は大阪・阿倍野。

午前10時40分に到着した阿倍野の住宅管理センター。

なんと、すんなり来れたワケでもない。

と、いうのも、管理センターがあるビルそのものがわからない。わからないから、駐車場もどこになるのか、さっぱりわからぬ。

まるで迷路に入ったかのように思えたラビリンス(※迷宮・迷路)な都会。

大都会の大阪市内の施設に行くのは、とても難しい。

周辺道路を何度も走って繰り返すラビリンス。

可能性として考えられるビルは、アレかも。

地下に入る駐車場。

ゲート付近に見つけた名称が目に入った。

正解である。

ビジネスオフィスビルのビルはあべのメディックスビル

北側か南側か、さて、どっち。



やっと見つかった大阪市住宅供給公社・阿倍野住宅管理センター。



エレベーターにのって上階の5階へ。

待ち時間に数組の家族さんが相談に来ているようだ。



担当の方に、居住地だった部屋の鍵を返却した。

やっと返した49年間も使用していた鍵である。

時間は、午前11時ジャスト。

お昼を摂った午後の手続きは、わが町、奈良の大和郡山市。

もう少し、ガンバロー。

東大阪から北東。

大東市の南新田にあるまこと屋でラーメンを食べ終えた時間は午後1時を過ぎていた。

ここからは、奈良に向けてであるが、生駒山をこえなければ、到着しない。

急ぐ理由もないから地道。

峠越えの阪奈道路を利用して奈良・大和郡山市の市役所に到着した時間は、午後1時50分。

山越えに時間がかかる行程に迎えた花園。



そう、ここ大和郡山市役所もまた、春の季節を彩るパンジー・ビオラの群生といいたいところだが、市のシルバー人材センターの人たちが植えたパンジー・ビオラ。



ここ大和郡山市の市役所は、新庁舎への建替え工事中。

今年の5月2日にオープン予定に向けて、あともう少し


手前が旧庁舎で、右が新庁舎になる。

私どもが、おふくろの転入届けをするのが、旧庁舎の最後になりそうだ。

なお、新庁舎に業務を移してから、旧庁舎は解体され、その後の令和5年の7月18日に、新庁舎併設の交流館(みりお~の)がオープンする予定だ。



転入届けを受理してくれた大和郡山市は、転入者向けの市民だよりの一環として『大和郡山市 暮らしのみちしるべ』が贈られる。

“みちしるべ”は、今日のような手続き・届け出の他、健康に関する手引きや福祉、子育て、保険と年金、税金、教育と文化、暮らし、市制の窓口、人権と相談、暮らしの情報などが満載。

なお、『大和郡山市 暮らしのみちしるべ』は、官民協同事業による㈱サイネックスとの共同発行に電子書籍版もある。



さらに、受け取った『大和郡山市 総合防災マップ』や放送受信契約の案内に、なんと大和郡山市上下水道部からは「非常用 飲料水」を溜める一時的保存道具まで提供された。



使い方は、蛇口から水を入れて、チューブを畳めば、水を漏れないように背負って運ぶことができる「非常用 飲料水(※長期間保存不可)」。

さすがだね。

大和郡山の水道水の半分が地下水。

水に自信あのある大和郡山市。

我が家も転入した際に、伝えられた美味しい水


手続きのすべてを終えて、やっと帰宅できる。

市役所からの帰り道のほとんどが、郡山城跡を見ながら・・・

途中に見える北側の参道に柳澤神社の鳥居がある。

そこをくぐれば城内史跡が間近に見える。

後方の南側は、県立郡山高等学校

城内に高校があるんだけど、福島県にも県立郡山湖東学校があるから、お間違えのないように・・

城内を通り抜ける東西通り。

距離はすぐそこ。

正面三叉路が西の公園。



現在、公園化整備に工事中。

学びの時間後は、スポーツクラブの高校生は、絶えず走っている周回ランニング。

現在状況の桜を撮っていたが、いずれすべての工事を終えたら、今の景観と、どういう具合に替わっているだろうか。

近々、この付近にサイクル駐輪場もできるようだ、と聞いている


(R4. 3.23、30 SB805SH 撮影)