田原本町矢部に「トシコシ」と呼ぶ行事があると聞いたのは昨年の平成28年7月7日の祇園祭の燈明灯しの夜だった。
ツナカケの場におられたM婦人が教えてくださった「トシコシ」は2月3日。
夕刻になれば各家めいめいがお参りに来て節分の豆を供える。
その際には必ずローソクを立てて火を灯すと云っていた。
話しの様相から神社行事ではないようだ。
川上村、吉野町の行事を取材して矢部に着いた時間は午後6時15分前。
夕陽が落ちて暗闇になりかけていた時間帯だった。
先に杵都岐神社に向かおうとしたが、ツナカケの場には、すでにトシコシのお供えをしていた。
ツナカケは真上。藁で編んだ簾型の注連縄が架かっているその真下である。
火が消えたローソクが2本。
オヒネリに包んだ節分の豆がひと包み。
よく見れば隣の岩にのせていた。
しばらく、その場で状況を撮っていたら、集落中央に鎮座する神社の方から歩いてこられた男女二人。
もし、トシコシをされるなら写真を撮らせてもらってもいいでしょうか、と声をかけたら承諾してくださったW夫妻。
薄っすら残る夕暮れの空の下。
豆御供をしてローソクに火を灯す。
お二人が手を合わせていたトワイライトタイム。
残りの時間帯に駆け回る。

夫妻はツナカケの場の交差点向こう側の祠に安置している地蔵さんにも供えて手を合していた。
夫妻の話しによれば、先に神社に参ってきたというから、急いで神社に向かう。
着いた時間帯は午後6時10分前。あちらこちらにローソクの火が見える。
とにかく急ぐ灯りを求めて三社参り。

右から八王神社、榎木神社、愛宕神社であるが、ここに弁天さんがないぞ、と云ったのは孫さんと連れだって参拝に来られたM夫妻。
名刺をお渡しして許可取りした上で撮らせてもらうが、弁天社はどこにあるのだろうか。
三社のローソク立ては社殿下にある囲いの中。
灯りが浮き上がるような光で神々しく見える。
7月7日の祇園祭の燈明灯しもそうだったが、ローソクの灯りで美しさを感じる。
ずっと撮り続けていたい気もあるが、参拝者の情景も、である。
写真ではわかり難い豆御供の場。
それぞれ三房の注連縄下にある。

M家族が次にローソクを灯したのは杵都岐神社拝殿の真ん前にある踏み石に、である。
三社には囲いがあったからローソクの火は煌々と燃えていた。
拝殿前には風除けがないから、ふっと風が吹いたら消えてしまう。

なんとか火を点けて手を合わせる。
M家族が次にお参りする場は杵都岐神社右にある金比羅さんの石碑。
ここも風が吹き抜けだから思うように灯せない。

午後6時になれば辺りは真っ暗闇。
そこに浮かび上がるローソクの火によって幻想的な情景を醸し出す。
次は観音堂・薬師堂に、である。

両堂に祈りを捧げる観音講がある。
取材した平成22年、23年当時は9人であったが、今は若い人4人で継いでいる観音講が営む場が観音堂である。
お堂の前にオヒネリに包んだ豆御供。
ここも同じようにローソク灯し。
手造りのような燭台にローソクを立てて火を灯す。
ここでお別れしたM家族は南の辻にあるツナカケの場に地蔵さん参りは7カ所であった。

そうこうしているうちに参拝者はお一人。
F家から西に住むご婦人も承諾してもらってシャッターを押す。

これまで灯されたローソクの火がいつのまにか増えていた。
風吹きも弱まったので火が消えずに参拝者を待ってくれていたかのようだ。

しばらくはどなたも来られない時間帯にローソクの灯りに照らされていた杵都岐神社全景を撮っておく。
少し離れた位置から撮るローソクの灯りは三カ所。
右手に見える石碑が金比羅さんである。
しばらく佇んでいたが、参拝者が途絶えたころを見計らって帰路についた。
ところで弁天さんはどこにあるのか。ぐぐって検索したネット情報によれば、弁天さんの古墳が見つかった。
(H29. 2. 3 EOS40D撮影)
ツナカケの場におられたM婦人が教えてくださった「トシコシ」は2月3日。
夕刻になれば各家めいめいがお参りに来て節分の豆を供える。
その際には必ずローソクを立てて火を灯すと云っていた。
話しの様相から神社行事ではないようだ。
川上村、吉野町の行事を取材して矢部に着いた時間は午後6時15分前。
夕陽が落ちて暗闇になりかけていた時間帯だった。
先に杵都岐神社に向かおうとしたが、ツナカケの場には、すでにトシコシのお供えをしていた。
ツナカケは真上。藁で編んだ簾型の注連縄が架かっているその真下である。
火が消えたローソクが2本。
オヒネリに包んだ節分の豆がひと包み。
よく見れば隣の岩にのせていた。
しばらく、その場で状況を撮っていたら、集落中央に鎮座する神社の方から歩いてこられた男女二人。
もし、トシコシをされるなら写真を撮らせてもらってもいいでしょうか、と声をかけたら承諾してくださったW夫妻。
薄っすら残る夕暮れの空の下。
豆御供をしてローソクに火を灯す。
お二人が手を合わせていたトワイライトタイム。
残りの時間帯に駆け回る。

夫妻はツナカケの場の交差点向こう側の祠に安置している地蔵さんにも供えて手を合していた。
夫妻の話しによれば、先に神社に参ってきたというから、急いで神社に向かう。
着いた時間帯は午後6時10分前。あちらこちらにローソクの火が見える。
とにかく急ぐ灯りを求めて三社参り。

右から八王神社、榎木神社、愛宕神社であるが、ここに弁天さんがないぞ、と云ったのは孫さんと連れだって参拝に来られたM夫妻。
名刺をお渡しして許可取りした上で撮らせてもらうが、弁天社はどこにあるのだろうか。
三社のローソク立ては社殿下にある囲いの中。
灯りが浮き上がるような光で神々しく見える。
7月7日の祇園祭の燈明灯しもそうだったが、ローソクの灯りで美しさを感じる。
ずっと撮り続けていたい気もあるが、参拝者の情景も、である。
写真ではわかり難い豆御供の場。
それぞれ三房の注連縄下にある。

M家族が次にローソクを灯したのは杵都岐神社拝殿の真ん前にある踏み石に、である。
三社には囲いがあったからローソクの火は煌々と燃えていた。
拝殿前には風除けがないから、ふっと風が吹いたら消えてしまう。

なんとか火を点けて手を合わせる。
M家族が次にお参りする場は杵都岐神社右にある金比羅さんの石碑。
ここも風が吹き抜けだから思うように灯せない。

午後6時になれば辺りは真っ暗闇。
そこに浮かび上がるローソクの火によって幻想的な情景を醸し出す。
次は観音堂・薬師堂に、である。

両堂に祈りを捧げる観音講がある。
取材した平成22年、23年当時は9人であったが、今は若い人4人で継いでいる観音講が営む場が観音堂である。
お堂の前にオヒネリに包んだ豆御供。
ここも同じようにローソク灯し。
手造りのような燭台にローソクを立てて火を灯す。
ここでお別れしたM家族は南の辻にあるツナカケの場に地蔵さん参りは7カ所であった。

そうこうしているうちに参拝者はお一人。
F家から西に住むご婦人も承諾してもらってシャッターを押す。

これまで灯されたローソクの火がいつのまにか増えていた。
風吹きも弱まったので火が消えずに参拝者を待ってくれていたかのようだ。

しばらくはどなたも来られない時間帯にローソクの灯りに照らされていた杵都岐神社全景を撮っておく。
少し離れた位置から撮るローソクの灯りは三カ所。
右手に見える石碑が金比羅さんである。
しばらく佇んでいたが、参拝者が途絶えたころを見計らって帰路についた。
ところで弁天さんはどこにあるのか。ぐぐって検索したネット情報によれば、弁天さんの古墳が見つかった。
(H29. 2. 3 EOS40D撮影)