社友人がFBで紹介していた「月ヶ瀬と都祁を巡る奈良を観る」。
この日は大宇陀、下市、旧西吉野村、五條、御所を巡ってきた。
距離はおよそ160kmの道のり。
停まっては調査してきた山の神行事の聞取りである。
成果は乏しいが実感を得たことが大きい。
帰路では燻炭焼きも拝見できた。
快調に走ってきた車は自宅を通り越して奈良市に入る。
場所はイトーヨーカドー5階にある奈良市美術館だ。
ここへは写真クラブなどが披露する写真展で幾度か訪れる。
写真展はいつも無料。
そう思っていたら「月ヶ瀬と都祁を巡る奈良を観る」は有料だった。
今更戻るわけにもいかず百聞は一見の価値あり、ということで、惜しむことなく100円の入館料を支払って拝見する館内展示。
月ヶ瀬は高山ダムこと月ヶ瀬湖畔を紹介する観光紹介本に拓本だ。
高山ダムが完成する前の時代の梅林を紹介する本もあった。
月ヶ瀬周囲や湖畔をとらえたモノクロ写真もある。
当時の生活文化を知る貴重な写真である。
会場中央には氷豆腐の生産や京終まで運ぶ索道を地図で立体的に紹介する。
製作したのは「大和高原文化の会」の人たちだ。
作者名に何人かの知り合いがいる。
同会が所有する写真など諸々も展示していた。
天然凍豆腐感謝状が展示してあった。
凍り豆腐組合が発行した感謝状の宛先は、昭和32年、山添村が発足するまでの村名だった豊原村・大字切幡の川畑貞雄氏の名である。
切幡で行われている行事を取材したなかに川畑氏がおられた。
おそらく先々代か先代の名であろう。
索道で凍豆腐を運んでいた札も展示していた。
いわゆる荷札である。
所有者は奈良市茗荷町住民のOさん。
古いものはなんでも所有していると、私はそう思っている男性だ。
Oさんは写真も出展提供している。
「奈良安全索道」の八反田駅を撮った3枚の写真だ。
2枚は昭和4年で1枚は昭和17年だ。
そのころはほぼ衰退時期にきていた。
都祁村の農村情景を描いたスケッチ図が何枚もあった。
図柄に描かれた男女の顔。
戦後の顔のように思えるが、野良着などの衣装は戦前、もっと前を表現している。
いつごろ描かれたのか、何も書かれていない。
参考にした原画を拝見したいものだ。
ラストの写真数枚を展示しているのは桑原英文さんがとらえた月ヶ瀬・都祁の情景写真。
月ヶ瀬梅林、都祁の桜、吐山・下部神社の大銀杏、三陸墓、題目立で〆る。
一応は満足した展示に図録はない。
展示資料の一覧表もない。
美術館が提供する有料拝観展示にこれはないだろう、である。
しかもだ。柱に展示していた2枚の写真のキャプション。
平成26年(2013)とある。
なんとなくおかしいと思って会場展示作品を観ていた。
その写真に平成26年撮影とある。
26年はどない考えても、西暦でいえば2014年。
会場受付していた男性に問うた。
今年は平成27年。
西暦では2015年。
間違いないですねと念押しした。
そうですと答える受付者。
であるなら、平成26年は西暦何年ですか、と尋ねた。
結果は2014年。
展示キャプションがおかしいのである。
受付者が云った。
前日だと思うが、撮影した作者はなにも云わなかったという。
だいたいが、撮った写真は気にするカメラマンだが、撮影者はキャプションまでは気が回らなかったのであろう。
早急に確認されて訂正されたし、と伝えて退出した。
(H27.11. 7 SB932SH撮影)
この日は大宇陀、下市、旧西吉野村、五條、御所を巡ってきた。
距離はおよそ160kmの道のり。
停まっては調査してきた山の神行事の聞取りである。
成果は乏しいが実感を得たことが大きい。
帰路では燻炭焼きも拝見できた。
快調に走ってきた車は自宅を通り越して奈良市に入る。
場所はイトーヨーカドー5階にある奈良市美術館だ。
ここへは写真クラブなどが披露する写真展で幾度か訪れる。
写真展はいつも無料。
そう思っていたら「月ヶ瀬と都祁を巡る奈良を観る」は有料だった。
今更戻るわけにもいかず百聞は一見の価値あり、ということで、惜しむことなく100円の入館料を支払って拝見する館内展示。
月ヶ瀬は高山ダムこと月ヶ瀬湖畔を紹介する観光紹介本に拓本だ。
高山ダムが完成する前の時代の梅林を紹介する本もあった。
月ヶ瀬周囲や湖畔をとらえたモノクロ写真もある。
当時の生活文化を知る貴重な写真である。
会場中央には氷豆腐の生産や京終まで運ぶ索道を地図で立体的に紹介する。
製作したのは「大和高原文化の会」の人たちだ。
作者名に何人かの知り合いがいる。
同会が所有する写真など諸々も展示していた。
天然凍豆腐感謝状が展示してあった。
凍り豆腐組合が発行した感謝状の宛先は、昭和32年、山添村が発足するまでの村名だった豊原村・大字切幡の川畑貞雄氏の名である。
切幡で行われている行事を取材したなかに川畑氏がおられた。
おそらく先々代か先代の名であろう。
索道で凍豆腐を運んでいた札も展示していた。
いわゆる荷札である。
所有者は奈良市茗荷町住民のOさん。
古いものはなんでも所有していると、私はそう思っている男性だ。
Oさんは写真も出展提供している。
「奈良安全索道」の八反田駅を撮った3枚の写真だ。
2枚は昭和4年で1枚は昭和17年だ。
そのころはほぼ衰退時期にきていた。
都祁村の農村情景を描いたスケッチ図が何枚もあった。
図柄に描かれた男女の顔。
戦後の顔のように思えるが、野良着などの衣装は戦前、もっと前を表現している。
いつごろ描かれたのか、何も書かれていない。
参考にした原画を拝見したいものだ。
ラストの写真数枚を展示しているのは桑原英文さんがとらえた月ヶ瀬・都祁の情景写真。
月ヶ瀬梅林、都祁の桜、吐山・下部神社の大銀杏、三陸墓、題目立で〆る。
一応は満足した展示に図録はない。
展示資料の一覧表もない。
美術館が提供する有料拝観展示にこれはないだろう、である。
しかもだ。柱に展示していた2枚の写真のキャプション。
平成26年(2013)とある。
なんとなくおかしいと思って会場展示作品を観ていた。
その写真に平成26年撮影とある。
26年はどない考えても、西暦でいえば2014年。
会場受付していた男性に問うた。
今年は平成27年。
西暦では2015年。
間違いないですねと念押しした。
そうですと答える受付者。
であるなら、平成26年は西暦何年ですか、と尋ねた。
結果は2014年。
展示キャプションがおかしいのである。
受付者が云った。
前日だと思うが、撮影した作者はなにも云わなかったという。
だいたいが、撮った写真は気にするカメラマンだが、撮影者はキャプションまでは気が回らなかったのであろう。
早急に確認されて訂正されたし、と伝えて退出した。
(H27.11. 7 SB932SH撮影)