二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

夫・車谷長吉とともに  ~詩人・高橋順子の愛情告白(2024.6.13 記)

2024年06月14日 | エッセイ(国内)
   (新刊で手に入るのは、現在「夫・車谷長吉」のほかは文春文庫では「赤目四十八滝心中未遂」、新潮文庫では「鹽壺の匙」だけのようだ)



一昨日からこの文春文庫「夫・車谷長吉」を読みはじめた。
買おうか買うまいか、迷っていたのだ。本書の文庫が2020年2月刊行なので、まあ、目にとめてから約4年の歳月がたつ。

高橋順子さんは、詩集も、1冊か2冊どこかにあったはず。ただし、じっくり腰を据えて読んだ記憶はない。
「夫・車谷長吉」を、とうとう読みはじめ、その影響で「寝返りを打つ」という妙チキリンな詩が生まれてきた。
高橋さんの詩からは影響をうけなかったのに、この車谷長吉について書かれたエッセイからは、影響をうけた。とてもストイックな、でもやさしさに満ち溢れた、どこかエレガントなエッセイとなっている。

ⅠからⅥまで、6つの章に分かたれているが、分ける必要はなかったのではあるまいか。
「異変」「永訣」と読んだあと、わたし自身の詩が本編の隘路を通ってやってきた。

そして昨夜、数章まえにもどって、「『鹽壺の匙』のころ」を読んだ。高橋順子というこの女性詩人が、じつになんていうか、禁欲的な生き方をしてきた人だと、じんわりと“肌じめり”のようなものがつたわってきた。

車谷長吉は、本人もいっているが、じつにけったいな、他人と素直に交われない特異な性格の小説家である。中卒の西村賢太とは違い、慶大出のインテリ( -ω-)
しかし・・・。
しかし、西村賢太には読者としてどうにか入り込むことができたけど、車谷長吉には馴染めないのだ。私小説の作家とはいえ、彼はわたしには妙によそよそしい。
何年かまえに「文士の魂・文士の生魑魅(いきすだま)」を、2回読ませてもらったことがあった。ほかの作品、小説家としての作品は10ページほど読むと、「おれとは関係がないなあ」と、本を投げ出してしまう。

車谷長吉は、新書館というところから生前に「全集」(全3巻)を出している。そのことも、本編ではじめて知った。
「夫・車谷長吉」は自伝ふうの物語であり、長い愛情告白の書である。


   (1989年5月の絵手紙)


   (このあいだたまたま入手した文春文庫「忌中」の著者サイン本)

《長吉は二階の書斎で原稿を書き上げると、それを両手にもって階段を降りてきた。
「順子さん、原稿読んでください」とうれしそうな声をだして私の書斎をのぞく。
私は何をしていても手をやすめて、立ち上がる。食卓に新聞紙を敷き、
その上にワープロのインキの匂いのする原稿を載せて、読ませてもらう。
(中略)
それは私たちのいちばん大切な時間になった。原稿が汚れないように
新聞紙を敷くことも、二十年来変わらなかった。相手が読んでいる間中、
かしこまって側にいるのだった。緊張して、うれしく、怖いような
生の時間だった。いまは至福の時間だったといえる。 (本文より)》BOOKデータベースより

高橋順子 49歳
車谷長吉 48歳
こういう年齢だったから、うまくいったのだ。さもなければうまくいくはずがない。小説家と詩人が、結婚し、一つ屋根の下に住むとは(´Д`)

二人とも、崖っぷちにいたのだ。ふつうは物書きがお互いの作品(片方は詩であり、片方は小説)が好きになってしまうとは、“ありえない”珍事である。
「夫・車谷長吉」は、いわば奇蹟の書なのだ。多少大げさにいえば、高橋順子さんは、この本を書くために生まれてきたのかもしれない。

1ページごとに、ずしんずしんとことばが落ちてくる。ところどころ意味がとれない箇所がある。しばらくかんがえこみ、それからさきへすすむ。
現代という時代の中で、これほど生々しく、自分勝手をやりながら、一人の異性を愛することができるものだろうか!? 自分が勝手をやっているから、相手も勝手をやっていることを赦せるのだろう。

車谷長吉(本名は嘉彦)は2015年5月17日に、70歳で永眠した。それが半ナマのするめ(イカ)をのどに詰まらせて・・・のことだなんて。
「人生の四苦八苦」というエッセイ集があるが、まさにそのようにして逝ったのだ。
でもね高橋さん、あんたのだんなは、心の底からあんたを愛したんだね。だからこれほど感動できるのだ。


   (これらのほかにもけっこう著書は手許にあるけど、愛読者というにはほど遠い)

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