遮光器土偶を「縄文のアラハバキ神ですね!」と熱く語る来客に、いちいち説明するのが面倒なので、工房に置いて「こんな本あるよ」と見せるために買った本が予想外に面白かった。
戦後に青森の旧家の屋根から発見され、古代東北に王朝があったと書かれた謎の古文書、東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)の偽造事件を20年近く取材した東奥日報の記者の記録だが、アラハバキ神は遮光器土偶だとする説は、東日流外三郡誌が出典先なのだ。
発見者の和田喜八郎は、20代の時に役行者の墓を発見したと称し、自ら偽造した古文書と古物などを売る商法に味をしめ、東日流外三郡誌偽造により、地域振興の話題つくりに意欲を燃やす東北各地の地方自治体に巧みに取り入り、一時は官民あげての観光客誘致活動に成功した。
ところが論文盗用問題に端を発する訴訟や、有識者から偽造疑惑の指摘が相次いで持ち上がり、真贋論争に発展していく。
なんと安安倍総理の両親の倍晋太郎夫妻までが、和田が創建した神社に安倍家のご先祖の遺骨が埋葬されているという和田の言葉を信じ、寄進までして、広告塔になっていた。
後に遺骨は鯨の骨と判明するのだが、いかがわしい人物の広告塔になるのは、安倍家の家風だったのだ(笑)
90年代くらいまでは、本屋にも東日流外三郡誌関連の本が並んでいたが、買う気もおこらないトンデモ説だったし、公表された東日流外三郡誌(写本)にせよ、障子紙に筆ペンで書かれ、尿に浸けることで古色を出しただけのお粗末な内容であったのに、行政やマスコミはなんの検証もなく和田の言説を鵜呑みにして情報を垂れ流し、拡散していった。
和田家の天井裏から「千点を超える古文書が発見され、祖父と父親が写本を書いた」という和田の言説にしろ、和田の家は戦後に建てられた家屋で、大量の古文書を隠すほどの広い天井裏はなく、発見当時には天井が張られていなかったし、祖父と父親は文盲であり、和田が古文書を偽造する姿を目撃していた親族の証言もあり、取材で偽造の実態が明らかにされていく。
現在は、東日流外三郡誌は偽書であることが定説になっているが、テレビや月刊「ムー」などのオカルト誌で盛んに紹介されていたため、オウム真理教が教義に取り込み、サブカルファンたちに浸透していった。
偽造事件が大掛かりになったのは、和田が詐欺の対象となる人物、団体の「あわよくば金が儲かる、有名になれる」という心の弱みを見抜く天才的な詐欺師であった他に、中世まで中央政権に反抗した記憶を持つ東北人の鬱屈が土壌としてあり、和田の古文書類がその自尊心をくすぐったのだと考察している。
90年代に入ると三内丸山遺跡が発掘され、トンデモ説がリアルな縄文お国自慢に取って代わられ、東日流外三郡誌ブームが収束していった。
この本には、戦前の「竹内文書」偽造事件と、それに由来する戸来村のキリストの墓が自治体によって捏造された経緯や、東北発信の旧石器捏造事件までを網羅して、推理小説より断然にスリリングで面白い。
和田も詐欺の金儲けではなく、小説あるいは堂々とトンデモ説として東日流外三郡誌を発表すれば、社会問題にまでならなかったのだ。
トンデモ説による観光客誘致策は一時的なブームは来るかも知れないが、詳しく検証するとなんにも出てこないのだから、最終的には自治体の民度が問われることになる。
この騒動、スケールこそ小さいものの、昨今の糸魚川の「ヌナカワ姫の古代のラブロマンス」をテーマにした、観光客誘致活動と同じ匂いを感じてしまうのは、私だけだろうか?