以前、蒼太と端午の整体をお願いしている先生に
「犬のトレーニングが好きでしょ?」と言われたことがある。
私のトレーニングしてる動画を見て「そう思った」と仰ってた。
そのとき好きってどういうことなんだろうね〜って話になった。
「多分1日中そのことを考え続けることができるってことかな」と。
確かに!
トレーニングしてる公園で、いつも練習してると
「大変ね〜」とか「毎日よくやるね〜」とか声をかけられることも多い。
そんなときに一瞬だけど違和感を感じるのだ。
大変だとか苦しいとか思ってないのだ。
むしろ楽しくて仕方ない感じ。
もちろんトレーニングがうまくいかないと苦しいと思うこともある。
だけどトレーニングすること自体が苦しいのではない。
なかなか結果が出ずにツライなとか苦しいなと思い悩むことはほぼ毎日だ。
なのにやらないという選択肢は全く浮かばない。
何か別の切り口はないか?他の方法はないか?
常にネットの動画などで検索してるし、今までのやり方を振り返って問題点を探し出す。
これって好きだからなんだ。
日によっては調子の上がらない日もあるから全くトレーニングしない日もある。
でも考えることはやめない。
これって、今まで育まれた経験も関係していると思う。
23歳までずっとエレクトーンを習っていた。
一人でいくつもの楽器を奏でることができる電子楽器に夢中だった。
4歳で習い始めて23歳までほぼ毎日練習してた。
何をしてても頭の中に鍵盤と音があった。
それを辞めたのは、仕事が楽しくなってしまったからだと思う。
歯科衛生士として働いていて、これがまたすごく向かない仕事だった。
最初は人と話したり診療の補助をしたり、チームで仕事をするのがすごく苦手だった。
そんな私に「何か一つでも得意を身につけるといいよ」と言ってくれたドクターがいた。
手先が器用だったのでそのドクターが技術を教えてくれた。
それがきっかけで仕事がスムーズに行くようになった。
手先を使う仕事は私を選んで回してもらえるようになった。
そこからチームで仕事をする大切さや人と接する自信みたいなものがついてきた。
自信や信頼は確かな技術から得られる。
いつからか、どうしたら患者さんのためになる技術と信頼を届けられるだろうと考え続けていた。
夢中になるってこういうこと。
そして、犬とトレーニングして競技に出るのもチームづくりだ。
私の一つ一つの経験が今の私に繋がってる。
2週間ほど前から左の臀部に痛みがあり、病院に行ったら「坐骨神経痛」と。。。
なのでボール遊び、特に引っ張りっこ遊びは「ズキン」という痛みとともに腰が砕ける感じ。
端午とのトレーニングのご褒美はオヤツとボールを使っています。
ボールは引っ張りっこが中心でレトリーブ遊びはしません。
リリースは十分に引っ張りっこをした後にしますが、すぐに後ろに下がって呼び戻します。
この「遊び」は犬との関係性を作るのにとっても役立ちます。
しかし、坐骨神経痛の今はトレーニングはしたいけど引っ張りっこができない。
端午とのトレーニングは3〜4ヶ月スパンでプランに沿って組み立てています。
なるべくならそれを崩したくない。
良い感じで進んでいる部分に関してはたたみかけるように進めたい。
そこでご褒美に引っ張りっこをする代わりに持って自由に走ったりガジガジさせていました。
ここ数日痛みが引いてきたので「モッテコイ」と言ってみた。
持ってはくるものの、手を明らかに避けてすり抜けて行く。
引っ張りっこしてリリースすると急いで離れて草むらや車のそばへ行ってガジガジ。
本来ならリリースしたらそのまま私に向かってもっと引っ張ってと来るはずなのに。。。
トレーニングの結果はとてもよくできていい感じなのに、これじゃなんだか後味が悪い。
翌日はトレーニングはそこそこでお終いにして「遊び」を中心にトレーニング。
そう、関係性のある「遊び」は、犬と遊びながらコツコツと作るものなのだ。
遊びの中での関係性ができてないといずれ必ずトレーニングにも影響が出てくる。
ほとんどの場合犬が関係性の隙をついて「こんなんでいいでしょ」と手を抜く。
端午のようにボールを持って逃げるような気持ちになってしまうと様々な問題が出てきやすい。
「逃げれば手に入る」ことで欲しいと思う欲が満たされてしまう。
簡単に手に入れることができたものほど価値が薄く満足感が低いのは犬も人も一緒。
低い満足感が続くと、努力しようとする力も失せて行く。
私はトレーニングをする時、犬がそれをしたいと強く思うことが必要だし、そうあるべきと思ってる。
そのために「遊び」は見逃せない大切なものの一つです。
私は訓練の競技会に向けたトレーニングを犬としています。
一般的に犬のトレーニングというとしつけやトリックなどの簡単なコミュニケーションを指すと思います。
競技とは、評価というものが必ず付いて回る。
評価には点数化するための基準や規則が必ずあります。
しつけやトリックならオヤツを持っててやっても大丈夫ですが、競技となるとオヤツを持ってリンクに入ることはできません。
ノーズワークはオヤツを与えることはできますが、リンク内でオヤツを落としたりすると減点になります。
オヤツを与えてる時間を削ってサーチできればさらにタイムを稼ぎ得点を得ることができます。
犬がオヤツがなくても集中してくれて意欲的に作業してくれなければ競技は成り立ちません。
競技をするには犬との関係性を強固にする基礎が必要になります。
オヤツ(ご褒美)の与え方から褒め方、遊び方など直接競技とは関係なさそうなところから丁寧に作っていきます。
基本、トレーニングはポジティブで行います。
犬がオヤツ(ご褒美)をもらえると思うと手に持ったオヤツを食べに来ます。
普通は犬ができたらそのまま与えてしまうと思います。
犬が奪いに来るとあげてしまうのでは、適切な関係性を構築できません。
そういう時にはあげない。
犬が手を齧ってくる場合には、鼻先きを手で弾いたりします。
この行為は矯正になります。
人間はオヤツマシーンではありません。
ご褒美は人から与えられるものであって奪い取るものではないと教えることも必要だからです。
ほんのちょっとしたことで犬の意識を変えていく。
強いてはしつけや関係性も変わってくる。
他にも犬が引っ張るという状態をハンドラーがひっぱり返すのではなく止めるというのも、細かくいえば矯正です。
厳密にはポジティブではない。
犬が間違えた時に「ざんね〜ん」と明るく言って見たところでこれもネガティブです。
ポジティブトレーニングをしているようでたくさんのネガティブな行動を人はしているものです。
ネガティブなことを極力しないことはとても大事です。
でもそこにこだわり過ぎてしまうと犬に伝わらなくなってしまう。
犬が気分でやったりやらなかったり、好きなことだけに執着したり。
蛇口を開いたり閉めたりするのは人間でないとできません。
そこを伝えていくことで犬との関係性が構築されていきます。
ちょっとしたコツで私は競技に通用する犬たちを作っていきます。
ポジティブであるために必要なネガティブはある。
蒼太は15歳8ヶ月です。
若い時から一緒に競技会に出たり、そのための練習を日々してきました。
うちの犬たちは愛玩犬ではありません。
ワーキングラインのボーダーコリーです。
歳をとって隠居生活に満足するような犬ではありません。
蒼太は心臓が悪くなってきてて、病院の先生には「立ってるだけでも大変な状態」
と言われています。
安静にしていれば確かに身体的には楽なんだと思います。
でも、DNAがそれを許さない。
なので本犬が好きでやりたいこと、できることはやらせてる。
オビディエンス競技の「コーンを回る」のは単純だけど、
指示で目で見て狙って回ってくるなどの要素が詰まっている。
それにより蒼太も私と一緒に楽しむことができる。
他の科目はできなくても蒼太はこれだけは今だにできる。
普段歩くのもヨロヨロしてるけど一生懸命回ってきます。
楽しいことをできる範囲で楽しむこと。
次の動画は隠したオモチャを探してくること。
探すのに時間がかかってるので動画はちょっと単調ですが、
諦めず、ずっと集中して鼻を使って探してる様子がわかると思います。
途中、助け舟を出そうかとハラハラしましたが、
自力で探し出すことができて、信じて待ってあげてよかったと思いました。
蒼太にとっても自信が持てる作業だったと思うと嬉しくなりました。
シニアでも生き甲斐を持てるって
人も犬も人生を謳歌できるよね。
シニア犬になると他の犬とも遊ばなくなるし、
色々興味を持つこともなくなる。
だから若い時に一緒にできる何かを増やしておくことが
その犬の犬生を生涯豊かにすると思うのです。