フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

2005年6月(前半)

2005-06-15 23:59:59 | Weblog

6.1(水)

 散髪をして、「やぶ久」で昼食をとってから、妻の通っているスポーツクラブに行く。私もそのクラブの会員になるためである。最近、体重が禁断の領域に近づいている。そこに立ち入った人間は、砂浜に半分埋まった自由の女神の象を目にして絶望に打ちのめされるという。そうなる前になんとなしなくてはならない。食事でコントロールするという方法は、食いしん坊の上に甘いもの好きの私には不向きのようである。やはり体を動かさなくては、というわけで月初めの今日、入会の手続きをすることにしたのである。ロビーで妻がスイミングを終えて出てくるのを待つ。「お友達紹介」というシステムを利用して入会すると紹介者に5000円の金券、入会者にも会員種別に応じた額の金券がプレゼントされるのだが、そのためには入会手続きのとき両人がそろって出向かなくてはならないのである。「お友達紹介」というから夫婦であることがバレないようにしないとならないのかと思ったら、家族にも適用されるとのことだった。会員種別は利用できる施設、曜日、時間帯の組み合わせで7種類あり、私は一番安い「平日の12:00~17:00」のみ利用の会員となった。週に2回、大学に出ない(授業や会議のない)月曜と水曜の午後に通うことになるだろう。月会費は5,250円。一家の主人の健康維持のための必要経費ということで、私のお小遣い口座ではなく家計口座から引き落としてもらえることになった。入会の手続きを済ませてから、頂戴した金券で運動パンツを購入。「室内はけっこう冷房が効いてるから」という妻のアドバイスに従って半パンではなく膝下まであるタイプにする。シューズはクラブ内のショップには種類が少なかったので、外のスポーツ用品店で購入する。UCCの珈琲店(クラブでもらったサービス券が使える)で一服。初めての店だが、職人気質のマスターが面白い人だった。スーパーで夕食の買い物。アクエリアスの2リットルボトル(安売りデーで1本150円)を4本、自転車の前カゴに入れて帰る。いい運動になった。

 夜、瞬発的なちょっと強めの地震が4、5回もあった。NHKの地震速報によると震源地は東京湾。各地の震度が大きい順に画面に表示されたとき、大田区が震度3で一番上に表示されたので驚いた。

 

6.2(木)

 7限の社会人間系基礎演習4は今日から本格的なグループ発表が始まった。今日は1班と2班がテキストの第5章「ジェンダーとセクシュアリティ」の内容を土台として同性愛(1班)と売春(2班)についての発表を行った。感心したのは発表の後の質疑応答が活発だったこと。的を射た質問が多かったのは聞き手の側もテキストをよく読んでいるからである。自分が担当する章しか読まない(他の班の担当する章は読んでいない)ということが演習形式の授業ではしばしばあり、それだとどうしても発表者と聞き手との間で発表テーマについての情報量と関心度に大きな格差が生じ、発表者は一生懸命やっても、その後の質疑応答が不活発という事態が生じやすいのだが、今年度のクラスはそういうことがない。これについては私の方でもそれなりの工夫をしていて、1つの章のテーマは2週に渡って扱い、1週目は私の講義、2週目はグループ発表という組み合わせなのだが、全員が1週目の私の講義の前日までにクラスのBBSにその章を読んだ感想を書き込むように指示してある。私はその感想を読んでから翌日の講義内容を組み立てる(多くの学生が興味をもった箇所や説明が理解しにくかったと述べている箇所に焦点をあてる)。これをやってから、2週目のグループ発表に進めば、聞き手の方もそれなりの知識や関心をもってグループ発表が聞けるので、的を射た質問ができるというわけだ。発表する側もそういう聞き手を相手にするわけだからいいかげんな発表はできない。こうした緊張感がプレゼンテーションのスキルアップにつながる。すでに1回目にして高い水準の報告が聞けたが、回を追うごとにさらに水準が上がっていくことを期待している。

 帰宅してメールをチェックすると、事務所のSさんからメールが入っていた。件名が「彼女たちの時代」だったので、何だろうと思って開くと、私が以前このフィールドノートで捜していると書いたTVドラマ『彼女たちの時代』のノベライズ本がAmazonに中古で出品されていることを教えてくれるメールだった。えっ、ホント?と、メールに張り付けてあったURLをクリックすると、確かにその通りだった。私と同じように捜している人間が多いのであろう(Sさんもその一人だったとは知らなかった)、定価よりも高い価格に設定されていたが、もちろん即断でカートに入れて購入の手続きをする。Sさん、どうもありがとうございました!

 

6.3(金)

 3限の大学院の演習で高齢化のことが話題になって、電車の乗客にも高齢者が多くなるからうっかりシートに座ってもいられないねという話をしていたときに、T君が自分は電車のシートには座らないことにしています、電車のシートは不潔だからと言った。誰が座ったのかわからないトイレの便座に座ることに抵抗のある人たちというのはいて、だからこそ「便座シート」という商品が生まれたのだろうが、電車のシートにまでその感覚が適用されるのかとちょっと驚いた。さらにT君が電車のシートに座らない理由はシートそれ自体の不潔さというだけではなく、隣に座った人と身体が接触するのが嫌なのだという。三浦雅士が『身体の零度』という本の中で、他者の身体を不潔と感じるメンタリティはきわめて近代的=都市的なものであると述べていたが、このメンタリティの背後には身体を自己の容器とみなし、不潔な(見知らぬ他者がひしめく)外界と神聖不可侵な自己の境界線が身体の表皮であるという自己=身体観がある。だからわれわれは原則として他者との身体的接触をできるだけ避けようとする。原則としてと言ったのは、愛情によって媒介される他者との関係においては、逆に身体的接触が求められるからである。したがって他者との身体的距離は他者との親密度を反映することになる。ところが満員電車では親密でない他者との身体的接触を強要される。だから混んだ電車には乗らないという人もいる。T君の場合は、そこまでではないが、車内では座らないという行動になって表れるわけである。さらなる近代化というべきか。これからの超高齢化社会において、若い人にそういう人が増えると、中高年にとっては車内で座れる確率が増えるわけで、その点はいいのだが、介護というのは他者の身体に触れることを抜きにしては成りたたない行為であるから、困ったなぁとも思う(仕事となると話は別なのだろうか)。

 夜、選択定年で退職される学生部の坂上恵二さんの歓送会に出席。学生担当教務主任をしていた頃の懐かしい面々と再会する。リーガロイヤルホテルの一階入口正面の喫茶店は大隈庭園に面していて、床から天井までガラス張りで眺めが素晴らしい。TVドラマ『恋におちたら』の第6話の冒頭で、高柳(堤真一)が東條貿易の社長(山本圭)と会談したのがこの喫茶店だ。間違いない・・・・と思ったが、念のためホテルの従業員の女性に尋ねたら、「はい、そうです」と笑顔で答えてくれた。

 

6.4(土)

 2限の社会学基礎講義は「身体と規範」というテーマで話をした。途中で、「ビューティーコロシアム」という容姿で悩む女性たちが美容整形やダイエットやメイクアップによって変身する過程を描いた番組のビデオを流そうとしたところ、ちゃんと録画ができていなかったことが判明する。急遽、授業の組み立てを変更する。バーレーン戦の直前に小野伸二が足を骨折して出場不能になったときのジーコ監督の心境である。AV機器を使って授業をしていると、こういうことがたまにある。

 土曜日の4限、5限はこのところずっと学生の面談の時間になっている。今日も3人の学生と面談をした。いっそのことこの時間帯をオフィスアワーにしてしまおうか。帰宅の途中、本屋で『ユリイカ』4月号を購入。特集の「ブログ作法」を読みたくて。

 

6.5(日)

 日曜は一週間の体の疲れを取る日。昼寝→散歩→風呂。これに限ります。今日は家の近くを流れる呑川に沿って蒲田駅の東口の方へ歩いた。川沿いの道のいいところは空が広いことだ。蒲田の街には、いや、蒲田に限らず東京のたいていの街には、大きな公園というものがない。蒲田の街に点在する小さな公園はどれも児童公園で、大人がベンチに座って本を読んだり、煙草を吸ったり(私は吸わないが)できる場所ではない。そういうことがしたければ、喫茶店に入るしかないが、梅雨入り前の青空の気持のいい風の吹く日にわざわざ室内に入る気にはなれない。それで散歩の途中に復活書房で4割引で買った角田光代のエッセー集『しあわせのねだん』(晶文社)は、ニッセイ・アロマスクエア(地上18階の蒲田地区で最大のビジネスビル)前の公園のベンチで読むことにした。

 七時半に起きて牛乳を飲んで仕事場にいく。八時から仕事をはじめる。これが私の毎日である。仕事を終えるのは、きっかり午後五時。週に三日は体を鍛えにいくので午後三時半に終了。ちなみに土日は休み。残業、休日出勤、いっさいなし。

 現代のプロの物書きの生活時間である。少なくとも太宰治や高見順のような文士の生活時間ではない。もっとも角田も昔は文士のような生活時間であったらしい。それがいまのようになったのは、三十歳のときからだそうだ。

 生活を切り替えたのは、三十歳の決意とか大人の自覚とかではなくて、そのとき交際をはじめた男性が会社員だったからである。会社員とつきあうには会社員のような暮らしをしないとすれ違う。飲みにもいけない。土日も遊べない。かような理由で交際相手の勤務会社と同じ労働体系を導入したのである。(中略)その会社員とはわかれたのだが、労働体系だけは残った。以来ずっと、平日九時五時労働でやってきたのだが、最近になって、なんだか仕事が増え、気がつけば時間が足りず、でも残業はしたくないしスポーツジム通いもやめたくないから、一時間くりあげて、八時五時になった。人はなんにでも慣れるし、慣れるといろんなことがどうってことない、と最近思うようになった。

 「最近になって、なんだか仕事が増え」、というのはもちろん直木賞を受賞したからだろうが、感心したのは、増えた仕事をこなすために終業時刻を遅らせるのではなく、始業時間を早めたことだ。私には思い浮かばない発想だ。それまでしてアフター5の時間を死守しようとするのは、きっと、彼女が酒飲みだからに違いない。

 八時から五時の仕事時間の合間、十一時半から十二時半までが昼休みである。昼休みには、近隣の飲食店に昼食をとりにいく。私の仕事場周辺には巨大企業がいくつかあり、彼らをあてこんでどの飲み屋も食堂もランチ営業をしている。十二時に出ると店が混むので、少し早めの十一時半に昼休みになるという次第である。この三十分が、自由業の特権だと私は思っている。ああ、なんとしょぼくれた特権だろうか。

この感覚は大学教師という「半自由業」の私にもよくわかる。授業時間という不動の時間枠を別にすれば、大学教師には始業時刻、昼休み、終業時刻といった観念は希薄である。ちなみに「電車や食堂の混雑する時間帯を避けて通勤や食事ができる」というのは、私が大学教師になってよかったと思う理由の第5位に入っている。

 

6.6(月)

 午後、スポーツクラブへ行く。身長、体重、血圧、体脂肪率などを測定した後、インストラクターの人にトレーニングメニューを作成してもらう。当面、週2回(月・水)で1回2時間。内訳は、筋力トレーニング(筋肉を付けて太りにくい体にする)を1時間と有酸素運動(ランニング系の運動で脂肪を落とす)を1時間。ふだん運動らしい運動をまったくされていないので、運動だけでかなりの効果が期待できますから、食事はこれまで通りでかまいません(ただし水をたくさん飲んで下さい)とのこと。嬉しいじゃありませんか。生徒をやる気にさせるコツを心得ていらっしゃる。でも、間食は食事に入るのか、100グラム1300円の牛肉はNGではないかと思ったが、あえて確認するのはやめておいた。トレーニング機器の使い方を説明してもらいながら、筋力トレーニングを実際にやってみる。

レッグプレス(大腿四頭筋) 90㎏で10回

レッグカール(ハムストリングス) 27㎏で10回

チェストプレス(大胸筋) 35㎏で10回

ラットプルダウン(広背筋) 40㎏で10回

ロープーリー(広背筋) 34㎏で10回

クランチ(腹直筋) 20回

 正式にはこれを各3セットやるのだが、今日は試運転ということで、各1セット。しかし機器の使い方になれていないせいもあって、くたくたになる。最後のクランチ(腹筋運動)は10回でダウン。全然上体が上がらないのである。側で見ていた女性が呆れたような顔をしていた。全体として下半身よりも上半身の筋力が弱い。無理もない。階段の上り下りは毎日しているが、胸筋や背筋や腹筋を積極的に使うことなど日常生活の中で皆無といっていいのだから。

トレーンニングを終え、シャワーを浴び、着替えて帰る街の風が心地よかった。誠竜書林の200円均一コーナーで、小野博通『サーロインステーキ症候群 医学的に楽しくやせる本』(ちくまぶっくす)、沢野ひとし『放埒の人』(本の雑誌社)、小林司『出会いについて 精神科医のノートから』(NHKブックス)を購入。

 

6.7(火)

 調査実習のライフストーリー・インタビュー調査が今日から始まる。記念すべき最初のケースはAさん(主婦、51歳)。私の研究室を使って行う。インタビュアーはNさんとAさん。所要時間は2時間ほど。今月中に27ケースを行い、7月末の合宿でケース報告を行う(後期にさらに27ケースを行う予定)。いろいろな年齢・職業の人が自分の「人生の物語」をどのように語ってくれるのか。そこには現代人に特徴的な「語りのパターン」があるのか。その「語りのパターン」は彼らが生きてきた時代や社会構造とどのような対応関係にあるのか。そしていま「語りのパターン」に何らかの変化が現れ始めているといえるのか。・・・・といったようなことを考えてみたいのである。

 夕方から、文化構想学部関連の会議。出席者は7名。欠席者はなし。これで全員である。『七人の侍』という映画のタイトルを連想して悦にいっているわけにはいかない。本当は『真田十勇士』でないとならないのだ。人手が足りない。分身の術でも使うしかないのだろうか。

 教員組合の広報紙(速報)がメールボックスに入っていた。6月3日に開催された第2回春闘団交で理事会が第一次回答案を提示したのだ。「もう我慢できない! 3年連続のベースアップゼロの回答 大学年金財源として各期手当0.4月削減」と大きく書かれている。やれやれ、ほんと、意気消沈させてくれるよな。

 

6.8(水)

 午後、遅めの昼食をとって、一服してからスポーツクラブへ行く。先日作成したメニューに従って今日から本格的にトレーニング開始・・・・のはずであったが、メニューを書いたメモを家に忘れて来てしまい、筋トレの各種目の負荷がわからない。全体的に入門レベルより多少重めの設定にして各20回3セットをこなす(帰宅してから気づいたのだが、クランチ以外は各10回3セットだった。回数が多すぎた。どおりで苦しかったはずだ)。筋トレの後はランニングマシン。20分の設定で始めたのだが、10分で息が上がる。止まりたくなって、しかし、止まってはならないと、自分を叱咤激励して思わず口を出た言葉が「メロスは激怒した」だった。『走れメロス』の冒頭のセンテンスである。こういう限界状況でふと脳裏に蘇えるとは、すごいもんですね、少年期の読書体験というのは。帰り道、心地よい疲労感。妻はクラブの行き帰りは、買い物のこともあって、自転車を使っているが、私は歩く。のんびり歩いていると、筋肉がクールダウンしていって、しだいに疲労が回復してくるのがわかる。喉が渇いたので、自動販売機でミネラルウォーターを買って飲む。あんなに頑張ったことが一瞬にして無に帰してしまうような気がして、少量とはいえ糖分が入っているスポーツドリンクの類は飲む気になれない。熊沢書店に寄って、吉見俊哉・若林幹夫編『東京スタディーズ』(紀伊國屋書店)、奥武則『むかし〈都立高校〉があった』(平凡社)、喜味こいし・戸田学編『いとしこいし漫才の世界』(岩波書店)を購入。食後のデザート(ロールケーキ)も今夜はパスした。でも、夜更けの珈琲は砂糖抜きというわけにはいかない。100%の徹底主義は、私の流儀ではない。

 

6.9(木)

 昼から夜まで、半日、一文と二文の学内奨学金の面接および選考の仕事(5限の卒論演習と7限の基礎演習は休講)。奨学金の件数は希望者よりも少ないから、当然、全員の希望を叶えてあげられるわけではない。長時間の疲れる仕事の割に、終わった後、スッキリした気分に浸れない仕事である。

 

6.10(金)

 教員ロビーで草野先生が私の顔を見るなり、「あと5週間ですね」と言った。一瞬なんのことだがわからなかったが(誰かがお産でもするのか?)、すぐに残りの授業期間のことを言っているのだと了解した。「指折り数えているんですか?」と尋ねたら、「はい、残り15週から数えています」とのこと。残り15週って、それ、4月の初回の授業のときからってことじゃないですか。私の場合は、7月に入るまでは「夏休み」のことは考えないようにしている。それはランニングをしながら「水」のことを考えると、走るのがつらくなるので、考えないようにするのと同じ心理である。それに7月30日~8月1日に調査実習の合宿があるので、それが終わらないと本当の夏休みにはならないという事情もある。

合宿といえば、今日、学生生活課からセミナーハウスの利用申し込みの抽選結果が届いた。第一希望の鴨川セミナーハウスは外れたものの、第二希望の軽井沢セミナーハウスが当たった。うん、これでよしとしなくてはなるまい。5限の授業のときに抽選結果を学生に伝えると、「オォ・・・・」という反応が返ってきた。「軽井沢」のネームバリューはいまだ健在なのかもしれない。ただし、気になるのは浅間山である。気象庁の6月10日16:00の発表によれば、「浅間山の火山活動は活発な状態が続いており、引き続き注意が必要です。火山活動度レベル3が継続しています」とのことである。

噴煙の状況は、本日09時の観測では、白色の噴煙が火口縁上200メートルまで上がり北に流れていました。昨日の火山性地震は54回で、火山性微動は4回でした。本日00時から15時までの火山性地震は34回で、火山性微動は4回でした。傾斜計による地殻変動観測では、顕著な変化はみられません。浅間山上空では、本日18時は南の風、明日09時は南西の風が予想されています。風下にあたる地域では降灰等の可能性があります。

 「昨日の火山性地震は54回」って・・・・、ちょっと多くないですか。1時間に2回強という計算になるが、これ、全部、体に感じる地震なのだろうか。それとも「火山性微動は4回」とあるのが体に感じる地震のことなのか。万一、いや、万々が一、合宿中に大噴火が起きると、われわれはポンペイの市民のようになるのであろうか。そして後世、発掘されて、「彼らは逃げまどうことなく最期までゼミを続けていました」と語り継がれるのだろうか。

 

6.11(土)

 3限の社会学研究9は「戦争と人生の転機の物語」について論じたのだが、途中で東京大空襲についてのビデオを流そうとして、プロジェクターの不調で諦めざるを得なかった。どうもこのところAV教室での授業が筋書き通りに運ばなくて困る。その場で筋書きを修正して授業を続けるわけだが、ゲストのt.A.T.uにドタキャンされたときのミュージックステーションの司会者(タモリ)のような心境で、アドリブの多い授業はエネルギーの消耗が大きい。授業後、今日はひさしぶりに何の予定も入っていないので、帰宅しようと思ったら、学部再編関連の会合が急遽設定され、結局、いつものように夕方までいることになる。

会合が終わり、いまから帰宅すると家に電話をすると、「今夜はカレーでいい? ふぅ」と妻が言った。一応、質問文の形式をとっていて、私の意見を求めているようだが、実質的には「今夜はカレーだから」という宣言文であり、私が口を挟む余地はないのである(実は、昨日の私の夕食は「メーヤウ」のタイ風レッドカリーだったのであるが・・・・)。加えて「ふぅ」である。「ふぅ」というのは「私、疲れているの」という意味の感嘆詞、小さなため息である。昨日と一昨日、妻は実家に帰っていて、義母一人ではできない家の中の片付けものをして、いましがた帰ってきたところなのである。それをアピールする「ふぅ」である。お疲れ様でした、と言うほかはない。ついでに言うと、我が家の飼猫(はる)もしばしば「ふぅ」とため息をつく。ベランダに出ているのを抱きかかえて室内に入れるときなどに、「ふぅ」というのである。こちらは諦めの「ふぅ」である。人間の言葉に翻訳すると「やれやれ」である。

生協文学部店で、デイヴィッド・キャナダイン編『いま歴史とは何か』(ミネルヴァ書房)、渡辺潤・伊藤明己編『〈実践〉ポピュラー文化を学ぶ人のために』(世界思想社)、栗原彬『「存在の現れ」の政治』(以文社)を購入。『いま歴史とは何か』はE.H.カーの名著『歴史とは何か』の出版40周年記念論文集である。あの本を私は何度繰り返し読んだであろう。読みたい本、読まなくてはならない本は多いから、同じ本を繰り返し読むということは多くないのだが、『歴史とは何か』は数少ない例外の一つである。『〈実践〉ポピュラー文化を学ぶ人のために』は調査実習のグループ研究の参考書になるかもしれないと思って。『「存在の現れ」の政治』は水俣病についての論考が読みたくて。

 

6.12(日)

 夕方から高田馬場で二文の基礎演習のクラスコンパ。日曜日にクラコンというのは珍しい。会場は「素材屋」という居酒屋。集まったのは20名ほど。テーブルが2箇所に別れたのだが、1つの方は幹事のY君がテニスサークルのノリでさかんに盛り上げている。私が座ったもう1つの方は、まったりとおしゃべり志向。最初はわれわれの方がマイノリティであったが、騒ぐのに疲れたのか、だんだん向こうからこちらに移動してくる人が増えて、途中からはこちらがマジョリティになった。新入生を担当する教員としては「5月病」が心配なので、その辺りのことを尋ねてみたところ、やはりほとんどの学生はそうした精神状態を多少とも経験しているようだ。しかし、いまのところ、基礎演習の授業にはみんなちゃんと出席しているので、そんなに心配しなくてよさそうである。それにしても高田馬場という街は日曜日でも人が多いんだね。

 

6.13(月)

 月曜日だが、大学へ。心理学の大藪先生の研究室におじゃまして、雑談。大藪先生のご専門は発達心理学。プレイルームの母子の相互作用をビデオに録って、母子関係の発達過程について分析するという研究をされている。私の卒論のテーマは「子供と社会に関する発達社会学的考察」というもので、だから乳幼児期の母子関係についてはいまでも大いに関心がある。最近も全国家族調査のデータをもとに「家族の寝方に関する考察」という論文を書いたばかりだ(熊谷苑子・大久保孝治編『コーホート比較による戦後日本の家族変動の研究』日本家族社会学会全国家族調査委員会)。「基礎演習ではどんな本を読んでいるのですか」と尋ねたら、岡本夏木『子どもとことば』(岩波新書)や浜田寿美男の著作をあげられた。浜田の著作は私も何冊か読んでことがある。書名は忘れたが、最初の部分で、有島武郎の小説『小さき者へ』の一節(妻が出産をする日のこと)が引用されていたのが印象的だった。「浜田寿美男は発達心理学の分野では本流とはいえないのですが、私は好きですね」と大藪先生は言われた。確かに、数量的研究が優勢な発達心理学の分野で、『小さき者へ』に言及するような文学趣味は傍流とならざるをえないだろう。しかし、私も浜田のそういうことろが好きである。大藪先生とは文化構想学部の現代人間論系でペアを組んで「人間発達」というプログラムを立ち上げる予定でいる。母子関係の発達過程を映像に録るかたわら、母親にライフストーリー・インタビューを行って出産や子育てをめぐる物語を語ってもらうというのはどうだろう。母子関係の発達は母親の「人生の物語」の変容ときっと連動しているに違いない。われわれのペア(心理学+社会学)に限らず、文化構想学部では専門を異にする教員がコラボレーションを行って、旧来の学問の枠にとらわれない研究と教育を展開していくことになっている。それが具体的にどんなものになるのか、いまから楽しみだ。

 大藪先生の研究室を辞して、ミルクホールでベーグルサンドを1つと缶コーヒーの昼食をとってから、自分の研究室で読売新聞のS記者の取材を受ける。テーマは親の介護の「双系化」(自分の親と配偶者の親、両方の介護をする女性たちが増えてきていること)について。『現代家族の構造と変容』(東京大学出版会)という本の中の私の論文を読んで、関心をもたれたらしい。1時間ほどあれこれ喋る。ついさっきまで乳幼児期の母子関係の話をしていたと思ったら、今度は中高年期の親子関係の話をしている、という状況が何だか可笑しかったが、実際、「人間発達」というのは個人の生涯に及ぶ過程なのである。

 S記者が帰った後、明日の午前中に研究室を使って行われる調査実習のインタビュー調査のために部屋の片付けをして、帰宅。スポーツクラブで汗を流す。トレーニング後の筋肉痛は前回ほどではない。少しずつ体が慣れてきているのがわかる。

 

6.14(火)

 午後、大学。昼食は「てんや」の夏天丼(海老、鰻、太刀魚、新生姜、蓮根、隠元)。新生姜の天ぷらというのは意外に美味しい。夕方まで現代人間論系の運営準備委員会。夜、研究室で雑用。夕食は「五郎八」の鴨せいろ。焼いた葱が香ばしい。7限の授業を終えて帰られる英文学の安藤先生と「シャノアール」で雑談。夏目漱石から鉄腕アトムまで。12時帰宅。

 

6.15(水)

 雨の中、午後の3時ごろスポーツクラブへ行く。ジムはビルの5階にあるのだが、エレベーターは使わず、階段を歩く。トレーニングはこの時点から始まっているのである。コーラやジュースの類を自動販売機で買わなくなった。食事は腹一杯まで食べなくなった。間食もしなくなった。これ、すべて無理にそうしているわけではなく、潜在意識のレベルでそうした抑制が働くのである。しかし、世の中は誘惑で満ちている。ビルの1階はスーパーマーケットになっているのだが、トレーンニングを終えて帰るとき、どうしても果物コーナーに目が行ってしまう。喉が渇いていることもあり、カット売りのスイカがやけに美味しそうに見える。自宅のキッチンも誘惑の多い場所だ。妻は同じスポーツクラブで水泳と筋トレをしているにもかかわらず、菓子の類が好きで、定期的にどこからかまとめ買いをしてくる。ついさきほども麦茶を飲みにキッチンに来たら、キッチンの隅に置かれた大きなカゴの中に、「マーブルチョコレート」や「ピーナツあげ」、「たこやき亭」といったスナック類がわんさかある。冷蔵庫を開けるとコーヒー牛乳が目に入る。すべて無視しようとも思ったが、ストレスをため込むのはかえってよくないと、熟考の末、マーブルチョコレートの小袋を1つ取り上げる。マーブルチョコレートは小学生の頃によく食べた。♪マーブル、マーブル、マーブル、マーブル、マーブルチョコレート~のCMソングに乗って、上原ゆかりという子役がTV画面によく登場していた。両の瞼をしっかりと閉じればいまでも彼女の顔をはっきりと思い出すことができる。いまでもそうなのだろうか、当時、マーブルチョコレートの容器は筒状をしており、ポンと蓋を取ると「鉄腕アトム」のキャラクターのシールが一枚入っていた。・・・・そんなことをマーブルチョコレートを一粒ずつ口に運びながら思い出した。『失われた時を求めて』のマドレーヌのようだ。