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大した人生ではないけれど,それでも読み返せば思い出されるあのときのこと.消えないように,そして生きた証になるように

2019年夏 北海道車中泊の旅 22日最終日 新日本海フェリーすいせんの船内 旅で出会った人たちと思い出の地 

2019-09-17 04:50:57 | 2019年夏 北海道車中泊の旅
8月22日 フェリーすいせんの船内の朝。

朝7時に目が覚めた。
ペットは朝8時からと言われ、とら母はすっかりOFFモードでまだ寝ていた。
私はオシッコとかしてたらと気になって慌てて案内カウンターに向かった。

案内カウンターに居たのは割と若めの人だった。
犬の様子を見に行きたいのですがと言うと、「8時からになります」と丁寧だけど業務的な感じでそう言われた。

そんなこと初めて言われたので、オシッコとかしてるかもしれないのでダメですか? そう聞き直しても、
「他のお客様にもそうしてますのでもうしばらくお待ちください」と無情にも断られた。

そうですかと、一旦は諦めて部屋に帰ろうとしたけど、途中でそれは違うやろと言う思いがして、また案内カウンターに行った。

先程はダメだと言われましたが、相手は動物。生き物を乗せてる以上、そんな対応はちょっと違うんとちゃいますか。
今まではそんな事言われた事なくて、普通に鍵を開けてくれましたよ。

そう言うと、「他の船はそうでしたか・・・う〜ん。」と言って、天井を見上げながら何やら考え込む係の人。

「分かりました、ではドッグランもご利用されますか?」

いきなりドッグランまで話が広がった。

ペットルームに行ければ良かっただけなので、「いや良いんですか?」
そう言うと「ハイ、では鍵を開けますので。」そう言ってドッグランに通じるデッキの鍵を開けてくれた。

ドッグランの時間とペットルームを見に行く時間を勘違いしていたのか、他の係の人が現場判断で許可してくれていたのか分からないけど、とら母がそういわれたら
たぶん黙って帰ってきたと思う。
犬の朝は早い、できれば常識的な時間で見に行けるようになっててほしいです。お願いします新日本海フェリー様。




輪太郎はオシッコもしてなくて、ケージの柵越しにこちらをじっと見つめていた。

ドッグランがある甲板に出てみた。
ムッとした本州の暑さかと思ったけど、まだ涼しくて過ごしやすい。










相変わらず、ボール遊びをしてくれとアピールがすごい。










船は秋田沖を航行中。船には現在地を表示するモニターが設置してある。










娘は今日が誕生日。7歳になった。
確か昨年もフェリーで誕生日を迎えた。
目が覚めたとき、ハッピーバースデーを歌ってあげたら満面の笑みをして喜んでた。(バカ親で申し訳ないのですが、お父さんとしてはこの笑みがたまらなく好きです)









10時半から恒例のビンゴ大会。
船の乗組員によって、ゲームの進め方が違う。
行きのフェリー「すずらん」のビンゴ部長は面白くて上手かった。









娘はまた知らない子と一緒に一番前の席に着いた。









ちょうどこの時間、苫小牧行きのフェリーとすれ違う。










汽笛を鳴らし合ってすれ違う。
船旅もなかなか良いもんです。













一人でちゃんとできると言っていたけど、心配で見に行くとやっぱり聞き漏らしたりしている。
かまいすぎるダメな親なのかもしれないけど、放っておけない私。
とら母はというと意外と平気みたい。


娘のカードはなかなか数字がヒットしない。
私のリーチが幾つができた割にビンゴにならない。

ビンゴっていつもこんな感じ。









とら母はどうかと見てみたら、やっぱりダメそう。
一番人気の船内で使える1000円券、次いで人気の500円券、ソフトクリーム券がどんどんなくなっていく。
段々と空気が重くなってくる。

行きのフェリーのビンゴ部長が上手かったのは、ビンゴが出てもそこから抽選で賞品が決まる所だった。
これは最後まで皆盛り上がった。やるなビンゴ部長。










ビンゴの後、またドッグランに行ってみた。
40kgの犬がいた。
これだけ大きいと大変そう。










またボール遊び。










人を見たら尻尾ふりふり。
悪くはないけど、その時は興奮して私たちの声が耳に届かない。興奮を抑える躾もナカナカです。









ドッグランから戻ると娘はまたキッズルームへ直行。
船に乗る前から「フェリーって言ったら遊ぶところがあって楽しい」と言っていた。
娘にとってキッズルームはフェリーの旅の楽しみの一つ。
子どもながらに旅を楽しんでくれている。









行きのフェリーで見つけたナマハゲのお面。
買おうかって一瞬思ったけど値段を見て冷静になってやめた奴。
旅の勢いで買ってしまった。1830円也









たまにコメントくれる「じじぃ」
彼もホッカイダーの一人。 25年来の旅仲間。
親の面倒を見て旅はお休みしていた。
男臭い良い奴なので、この札と言うかエンブレムと言うか、表示する奴あげようと前から思っていた。
ようやくミッションクリア。










娘がコレって持ってきた奴。
よくみないで、良いよ良いよって値段も見ずにカゴに入れたけど結構高かった。
マグネットのこの手の奴、地味に増えていってます。










「秋田犬のはなくそ」だそうです。う~んてな感じ。









娘は相変わらずキッズルーム。
他に子供たちがいるので、テンションあがりまくり。
娘を遊ばせておいて、とら母とまた輪太郎をドッグランに連れて行くことにした。










時刻は午後4時をまわった所。
近くに陸地が見える。










スマホで現在地を見てみたら能登半島輪島沖だった。









船員さんに尻尾フリフリ。







ドッグランから戻ってもまだキッズルームで汗かきまくって遊んでいる。










午後6時過ぎ。
風呂に入って最後の夕食はフェリーのレストランに行った。









娘の誕生日を祝った。


















食後、またドッグランに行った。









あと一時間半ほどでフェリーの旅も終わり。








夜8時半過ぎ。
定刻より少し遅れての入港。
帰り支度をした人で賑わうロビー。
最後に記念撮影。








敦賀港から自宅まで約170Km。
ドッグランがあるから敦賀航路を選んでいるけど、通常なら舞鶴航路が近くて120Km。
早く舞鶴航路にもドッグランができてほしい。お願いします新日本海フェリー様。










北陸道、名神高速で帰る。
名神に入るとトラックだらけ。










多賀SAに差し掛かった時、SAの入口にずらっとトラックが止まっていた。
SAを横目に見たら駐車場はトラックだらけでそのまま出口の本線入口までトラックが停まっていた。


輪太郎のおしっこにPAに立ち寄ったら、トラックが乗用車の駐車枠にまで停まっててひどい状態だった。

12時をまわって高速料金の割引を受けるための時間つぶしなのかもしれないけど、これはえげつない。
ネット通販のあおりなのかトラック物流も大変みたい。










午後11時。無事家に帰りついた。









今年の北海道は台風の影響からか曇りや雨が多くて、気温も20℃前後と夏らしくない気候だった。


振り返って思い出す印象深いのは
某バッテリーメーカーの陽気なK部長さんが部下の影響で自らまさかの旅人になっていたこと。
北海道の旅の話を聞いて「俺も来年行こかな~」なんて言って実際に行く人ってほとんどいないので、なかなかガッツのある人でした。

関西から陸路を自走して北海道まで野宿の旅を25年間続けている、本物の旅人の自転車乗りに出会えたこと。

地元にもある「はま寿司」が100円寿司なのにネタも大きく美味しかったこと。

キャンプで作った中富フードセンターのジンギスカンが美味しかったこと。

温泉なのに滑り台があったレトロな高砂温泉
子供が女湯から男湯にある滑り台に行き来する扉から女湯がちらっと見えたこと。滑り台で我が子を見守る男親を女湯からバッチリ見えること。
何とステキな温泉なんでしょう。


国道が移ってしまって取り残されたドライブインが頑張って続けている旭川のドライブイン「路傍」の時間が止まった感も哀愁があって素敵だったしジンギスカンもおいしかった。


少ないながらも社交的な娘のおかげで見知らぬ人と話ができ、
とら母とも美味しいお寿司が食べれて、娘もいろんな公園に行くことができいろんな温泉にも入れた。
寅次郎との思い出の地を訪れて一緒に写った写真も手に入れれた。


また来年も旅が続けれますように。


本日の走行距離:167.2Km

総走行距離数:1892Km


長々と私の家族の日記にお付き合いくださりありがとうございました。
身内ネタばかりで申し訳ない限りですが、これもまた私の生きた証でもあります。娘に残す思い出のためと思って書いた親バカな日記と思ってご容赦ください。

OKUTEC店長








2019年夏 北海道車中泊の旅 21日その2 食べれなかった音威子府の黒い駅そば チャリダー「チュンスズメ」さん 砂川ハイウェイオアシス 残念だった回転ずしクリッパー 

2019-09-11 04:47:40 | 2019年夏 北海道車中泊の旅

8月21日 その2、「道の駅おといねっぷ」でホッカイダーの写真展を見た続きになります。


音威子府といえば音威子府駅の黒い蕎麦が有名。

でも、残念ながら今日は定休日。
止む無く道の駅で食べることにしたけど、個人的にはやっぱり駅で食べる蕎麦が美味しいと思った。









何度も来ているけど、せっかくなので駅に寄って行くことにした。

宗谷本線、音威子府駅。










駅前に時代を感じる自転車があった。

私が小学生の頃に流行ったセミドロップハンドルの自転車。
ちなみに当時はドロップハンドル禁止なんて社会運動もあった。

ビニール袋に包まれた荷物は旅の荷物に見えたけど、量が少ない。
失礼だけど勝手に写真を撮らせてもらった。










駅にはこんな鉄道資料館もあります。









駅の中の蕎麦屋さん

常盤軒(ときわけん)という名を帰って調べて初めて知った。

お爺さんがひっそりと営業している小さなお店なのに、ネットで検索するとすぐに出てくるくらい有名なお蕎麦屋さん。
「日本一うまい駅そば」にも選ばれたともあった。

稚内にサガレンというライダーハウスが有った頃はここに来る機会も普通にあったけど、廃業した今、最北端の街に北上する理由がなくなり、この地にも次いつ来るかも
わからない。
そう思うと食べれなくてちょっと残念だった。

まあ、何かのきっかけで「食べに行こう」ってことになるかもしれない。 今の旅を続けていたらそんなこともある気がする。









時代を感じる跨線橋。









駅から出たところで、先ほどのセミドロップハンドルの自転車の持ち主らしき人がいた。
声を掛けてみたら、向こうからも「さっき道の駅でいた人ですね」と言われた。


「旅されておられているんですよね。」
寝袋にロールマット、荷物を見たらチャリダーに見えたけど今では見かけなくなったセミドロップハンドルの古い自転車が、そんなよそよそしい聞き方になってしまった。



「荷物が少ないようですが、どこかでキャンプしているのですか」と尋ねたら、「野宿なのでこれだけ」と返ってきた。
話を聞くと北海道には25年前からきているそうで、家は兵庫県で何と毎回本州を自走して来ていると言っていた。


古い自転車について聞いてみたら小学生の頃おじさんに買ってもらったものと言っていた。


北海道で見かけるチャリダーは大抵が40歳くらいのオッサン。
この年代の自転車乗りは小銭も持っていて50万円くらいの自転車も普通な昨今。ウエアとかもばっちり決まっているけど、私はそんな今どきのチャリダーよりも
こんな風に旅している人の方がかっこいいと思う。


謎だらけの旅人だったのですごく興味が湧いた。



自転車についていたアルミは充電用のバッテリー。
単純な構造かと思ったけどスイッチがいくつも付いている。

もう何年も換えてないからバッテリーもダメになっているけど、ダーっと漕いで充電すると言っていた。









聞きたいことが山のようにあったけど時間もあったので最後に一緒に写真を撮らせてもらった。


昨日雨に濡れたからちょっと臭いよと照れ笑いしながら一緒に写真を撮った。








名前は「チュンスズメ」さん。
ラジオによく投稿していたときのペンネームらしい。

ネットで紹介してもらったと言っていた。
帰って検索したら「夏の渡り鳥チュンスズメさん」という名前でコチラコチラコチラに載っていた。








この先はと聞いたら用事があって、フェリーで一旦家に帰ってまた戻って来て旅を続けると言っていた。
久しぶりの「旅人」と呼べる人に出会った。

分かれたあと、すぐ私たちも出発したけど、同じ方角なはずなのにもうチュンスズメさんの姿は見えなかった。
私たちの知らない道を行ってしまったのだろうか。


25年間続けている旅の在り方についてもっと話を聞きたかった。

チュンスズメさんから、「あなたも旅人やね。そんな雰囲気がした」と言われ、少しうれしかった。










朝イチで写真をゲットして速攻南下しようと思っていたけど、マッタリして気づけば昼を回っていた。

苫小牧まで約300Km。
国道40号 名寄国道を南下する。









道北を走っていると「天塩川」と言う川を何度も渡る。
いったい支流が何本あるのかと思うほど何度も何度も渡る。
調べたら長さが256Kmもあって、日本で4番目、北海道で2番目に長い川だった。










士別から道央道に乗り、距離を稼ぐ。
北海道の道はみな交通量も少なく平均速度も高く北海道で高速道路を使うのはもったいないとけど、距離を稼ぐにはやっぱり便利だ。









午後3時過ぎ。
砂川ハイウェイオアシス館に立ち寄り土産物を買うことにした。
ここは昨年遊んだ「北海道子どもの国」があるところ。










輪太郎も若いだけあってエネルギーが有り余っている感がする。











館内は小学生や中学生くらいの子供で混雑していた。
みないっぱいお土産を買い込んでいた。










富良野メロンがこの値段で売っていた。
送料込みだけど中富良野のスーパーがどれだけ安いかがわかる。









北海道土産も充実していて試食もいろいろできる。
このお菓子美味しいと言って家用にととら母が買っていた。


















午後4時前。
このまま高速で苫小牧まで行くと札幌を経由するため岩見沢ICで降りて道道234号で苫小牧を目指す。










追分を走っていると列車が置いてあるのが目に留まった。
「道の駅あびらD51ステーション」というところだった。
今年4月にオープンしたばかりの道の駅で館内に機関庫があってD51が展示しているらしい。
今度立ち寄ってみよう。









夕方6時過ぎ、苫小牧まで戻ってこれた。
一気に来たけど、眠くなったり疲れることなく意外と普通にたどり着けた。
コンビニでフェリーで食べる食材を買い込み、北海道最終日ということで回転すし屋さんに行くことにした。

とら母が近隣の回転すし屋を検索。
はま寿司やスシローなど地元にもありそうな店があったけどここは地元のお店ということで「北の匠回転寿しクリッパー」という店にした。










お客さんは少なめで少し寂しい感じがした。









100円寿司ではないので、ネタは大き目。








でもこのお店。最初に娘用にといくらを注文したけどなかなか出てこない。10分以上待った。

よく見るとカウンター内で寿司を握る人が二人だけでホール係は一人で切り盛り。お勘定となるとホールさんの手を取られ握り職人が出てきて対応。
すると握る人がいなくなる。
バックヤードには二人ほどいたみたい。
明らかに人手が足りていない。








あまりに出てくるのが遅いから、他の店に移ろうかとしたくらい。
味は悪くなかっただけに残念なお店だった。









この旅でよかったのが旭川の「はま寿司」だった。
地元のはま寿司よりも同じ値段なのにネタが大きく美味しかった。
あなどれない「はま寿司」
次は迷わずはま寿司に行こうと思った。






夜8時半過ぎ、苫小牧東フェリーターミナルに着いた。
今日乗るフェリーは「すいせん」。









とら母と娘は先に乗船。
車両の乗船は10時半からで余裕で着いたけど、先に乗船すると下船が最後になるので、後半の乗船にしてもらった。
少し時間があったので輪太郎と遊ぶ。
















内地(本州のこと)に帰るのか、行くのか、バイクの人たちがいた。
お盆前の乗船の時と違って、この時期のフェリーを待つライダーは旅の終わりだからか活気がなく少し寂し気。

6月や9月の北海道がいいという人もいるけど私はやっぱり活気のある8月の旅が好きだ。
7月の後半から出発して8月のこの頃に旅を終える。途中青森渡ってねぶた祭を見るなんてのが最高にいいと思う。
昔はそんなライダーが結構いた。
縦横無尽に走るライダーで埋め尽くされていた北海道がなつかしい。










11時半、乗船のためタラップを登る。北海道ともこれでお別れ。
2019年の北海道の旅も終わろうとしている。








ペットルームに輪太郎を連れて行くと先客がいた。
ムッチャ大きい。
体重を聞くと40Kgと言っていた。










何で??ってな顔してケージに入れられる輪太郎。









20歳代後半からライダーであふれかえる北海道を旅し始めて、何度となく旅の始まり喜びと終わりを寂しさを味わった。
お盆を走るライダーはたいていが社会人。大学生くらいになると8月いっぱいまでいられて、その旅の期間の長さが一つのステータスみたいなところもあった。

お盆を過ぎるとそんな大学生の他に一つ別の旅人の人がいた。
無職の人たちだった。

仕事を辞めてきた人、定職につかず昆布取りや畑仕事のアルバイトしながらキャンプ場やライダーハウスで暮らす人。中には夏は北海道、寒くなったら沖縄に

渡って渡り鳥みたいにアルバイトしながら暮らす人たちも普通に見かけた。
人生の旅人のような生き方だけど、言葉ほど華やかでもなくバイクや自転車で旅している人達が見せる明るさはなかった。


旅の終わりになると当然ながらもっと居たいと思い、期間に縛りの無いそんな人達がうらやましいと思ったりした。
でもそれは違った。
帰るところがあるから旅は楽しめるのであって、帰っても仕事が無いというのはきついものだった。

 

旅人が行きかう夏が終わりに近づいたとき、家に帰っても仕事が無いことが頭をよぎり始める。最高の旅人も不安をにじませていた。

私もこのまま旅を続けるのかもしれないし、定年になってもそれが続くのかも知れない。
定年になると会社・仕事といった縛りから解放される。

初めて訪れる町はワクワクした気持ちで楽しいけど、行きつくしたとき何をもって旅をするのか。期間に制約が無くなったときどんな気持ちで旅をするのだろうか。
そんなことをたまに考える。
だからチュンスズメさんと話したかった。


お盆を過ぎた北海道はさみしい。道の駅にはそれでも車中泊の車がいる。でもほとんどがお年を召された方。自分たちもそうなるのかもしれないけど、何だか寂しいなあと感じてしまう。



本当のの旅の終わりは明日。
もう少しお付き合いください。





本日の走行距離:317.2Km



2019年夏 北海道車中泊の旅 21日その1 道の駅おといねっぷ ホッカイダー写真展と宗谷岬で写した寅次郎の写真

2019-09-08 01:16:42 | 2019年夏 北海道車中泊の旅
8月21日 「道の駅おといねっぷ」の朝。

今日が道内最後の日。

とら母(嫁)は5時半起床。
私は9時前に起きた。

娘はまだ寝ている。傍らで輪太郎も寝ていた。










天気は曇り 気温は20℃。
今年の北海道は毎日こんな気温でタンクトップで来て、長袖は薄手のシャツが一枚だけ。今年の北海道は寒い夏だった。
外気温が15℃くらいあれば車内は意外と暖かく、私はずっと寝袋ではなく薄手の毛布で過ごした。











「道の駅おといねっぷ」

今日が北海道最終日なのに、この旅一番の北に来ているのは、ここで催されているツーリングマップルの写真家クマさんの写真展で、昔撮影してもらった
今は亡き寅次郎との写真をもらうため。

昨日、一昨日と道の駅としては珍しい休館日。何でやねんってな感じで今日の訪館となった。











「北海道絶景ロードセレクション Hokkaider On The North Road 」







階段を上るとたくさんの旅人達の写真が壁に貼られていた。











この中に私たちの写真があるらしい。
とら母と手分けして探す。
















あまり時間的に余裕が無いので、探しきるか心配になった。











とら母が写真を発見。
こういう地道なのが得意な人。










他にあるかもしれないと探すとら母。

私も探す。

あった「河合奈保子ちゃん」・・・・って、なんでやねん!  (仕込み上手いわ)











「あったよ~」ととら母の声が聞こえた。

ジグソーパズルとかクロスワードパズルとかが好きなとら母。

こういう仕事やらせたらピカイチです。











クマさんが撮影した写真。
やっぱりプロは上手。
北海道を上手く切り取っていると感心。











旅人たちの写真で描かれた北海道。











またとら母が見つけました。











これの他に、もう一枚のも有りました。










ここんとこ、来れてないバイク仲間の写真。





毎年のように北海道に来るライダー(元ライダー)もいれば、そうでない人もいる。
色んな事情があったり、単に情熱が失せただけの人もいる。

何事もそうだけど、ずっと続けることが一番難しい。
彼もこのままずっと来ないかもしれないし、ひょんなことからまた来るかもしれない。

単なる観光地ではない北海道。
上手く表現できないけど包み込んでくれる受け皿のようなのが北海道、そんなふうに思える。








何してるの?っと聞くと










「これのマネ」だと言った。
モアイ像
子供の頃の発想ってそんな感じだったなあと思い出した。










無事、目的の写真をゲット。
偶然にも昨日立ち寄った「星守る犬」のロケ地に立ち寄った年に宗谷岬で撮影してもらった写真だった。










写真がステキだったので帰りがけに写真集を買って帰ったけど、やっぱ上手い。






音威子府と言えば蕎麦処。
道の駅で蕎麦を食べて、一気に苫小牧まで下ります。

つづく



2019年夏 北海道車中泊の旅 20日その2 宗谷本線日新駅の秘境駅同好会会員募集中 天塩川温泉

2019-09-07 03:51:33 | 2019年夏 北海道車中泊の旅
8月20日 夕方5時半
名寄のサンピラーパークを後にし音威子府の道の駅を目指す。

出しなにキャンプ場を覗いてみたら駐車場に異様に目を引く車があった。

旅先のステッカーを貼っている車はたまに見かけるけど、車体全部というのは始めて。







道道252号 美深名寄線、サンピラーパーク近くの駅。
これもまた質素な駅。








近くに小屋があって、これが待合所みたい。









中に入ってみた。
コストが掛かるからだろうか床はコンクリートではなく砂利だった。







宗谷本線の日進駅
都市に住んでると複線が当たり前だけど、北海道では本線と言えど単線。
ウキペディアによると
「2013 - 2017年(平成25 - 29年)の乗車人員(特定の平日の調査日)平均は0.4人」とあった。
JR北海道は札幌近郊でも赤字とニュースでやったので、厳しさがひしひしと伝わってくる。











「秘境駅同好会会員募集中」

秘境駅同好会?
ググったら何か出てくるかと思ったけど、何も引っかからなかった。

こんなときに思い出すのが昔、北海道で出会った廃列車を見て回る巡礼をしていた最強の鉄ちゃん軍団の人たち(コチラコチラを参照)。
今どうしてるんだろうか。また会ってみたい。 (軍団の方のサイトです)


同好会に興味のある方、連絡してみてください。









タイヤのテストコースの看板。
こんな所にそんな施設があったんだ。







Google Earthで見たらこんな感じ









国道40号に入り美深の街を抜ける。

美深の街中で見かけた男前な軽トラ。
大阪で大雪が降った時に乗ったらドヤ顔出来そう。








美深を走っていてふと思ったことがあった。

美深には市街地から10Kmほど離れたところにキャンプ場があって温泉が目の前でテントサイトも良くて、バイク乗りの頃から何度も利用した。

買い出しは町まで行かなければならなかったけど、アッという間に感じていたので苦ではなかった。

それが今回なぜかいつまで走ってもキャンプ場ある道の駅に着かなくて、随分遠くに感じた。

えぇ?こんなに遠かったっけ? 

この感覚の変化はバイクのスピードの違いだけではないと思った。






今日の温泉は天塩川温泉。
もうすぐ温泉というところで踏切が見えた。
すぐ横に駅がある。
先ほどの日進駅から10駅先の「天塩川温泉駅」だった。

こちらは少し駅らしい体をなしていた。

ここの利用者数もウキペディアによると
「2013 - 2017年(平成25 - 29年)の乗車人員(特定の平日の調査日)平均は0.6人」とあった。










今日の温泉「天塩川温泉」









大人400円、子供200円と格安な温泉。
泉質は炭酸水素塩泉でヌルヌル感は弱め。
規模はそんなに大きくないけど露天風呂もあって静かで良い湯でした。










音威子府の道の駅付近にはコンビニがないので、手前のセイコーマートで晩御飯の買い出し。
営業時間が晩10時までと早くて食べるものが残っているか心配だったけど何とか食材をゲットできた。









夜8時半、無事音威子府の道の駅に到着。

やっと晩御飯にありつく。
娘はなぜかウインナーとかハンバーグとかを欲しがらない。今日も地味におそば。








私もなるべく脂分を取らないように心掛けている。
醤油は旅の常備品。
冷奴が美味しいんです。








いつものもぐもぐタイム。今日はモンブランのケーキ。
輪太郎はお疲れさん。








食事が終わればベッドキットを組み立てないといけないけど外は雨。

結構激しく降っている。

寝床を準備するには狭いノアの車体では外に出ないとベッドが組み立てれない。
寝る用意をしたいけど雨がその気持ちを萎えさせる。

このまま寝てしまおうかと悪魔の囁きが聞こえてくる。




無情にも時間だけが過ぎて行く。
バイク乗りだった頃はもっと酷い雨でも走っていたのに、その何倍も便利で快適な車の旅なのに、この根性のなさは何なんだろうか。
緩くなってしまった自分が情けない。
いつかはバイク旅に戻りたいと思っているけど、車の快適さを知るとなかなか戻れない。








ウダウダしていたけど意を決して屋根のある場所を探して移動。

と言っても、こんなところにそんな気の利いたところがあるわけでもなく、隣の建物の玄関先に横付けさせてもらい、ベッドキットを組み立てた。

キャンピングカーとかは欲しくないけど、ハイエースみたいな荷室を持つ車がやっぱり車中泊には適していると思う。
ノアはハイブリッドでトヨタのそのインテリジェントな制御が好きで乗っている。
ハイエースもハイブリッドが出たらいいなあと思うけど、そうなったら高くて買えないかな。



夜中12時前になると雨もほとんど止んだ。







本日の走行距離:212.1Km












2019年夏 北海道車中泊の旅 20日その1 丸瀬布いこいの森オートキャンプ場の雨に濡れたフワフワドーム サンピラー交流館 懐かしの寅次郎と行った「星守る犬」ロケ地

2019-09-04 03:18:19 | 2019年夏 北海道車中泊の旅
8月20日 丸瀬布いこいの森オートキャンプ場の朝

明け方に雨が降った。

幸い朝には止んでくれていた。

とら母は雨が降っていたので少し遅めの7時起床。私は8時に起きた。








朝ご飯は昨日食べきれなかったジンギスカン。
朝からコンロを使って食事って、普段は手間だからしないけど、たまにはいいなあと思った。









うどん入りで朝からガッツリ。








早食い30秒。











ここにはフワフワドームがあって9時から遊べる。
娘は楽しみでたまらない。









ゴーカートもあるけど人影が無い。









お客さんもいなければ係員もいない。

受付に確認にいくと年配のおじさんが一人だけいた。

ゴーカートはやってないのですかと尋ねると、昨日までは毎日やっていたけど次は週末の土日までやってないいと。

SLも昨日までで次は週末。

せめて人力で漕ぐトロッコはSLが走っていないときの方がやっているだろうと思ったけど、それもSLが走る日だけ。

SLが走っているのにどうやってトロッコで走るのと聞くと、合間やSLの後ろを走るとか。


完全にシーズンオフになった。・・・・トホホ。










フワフワドームは遊べるけど昨夜の雨で滑って遊べない。

無いない尽くしではあまりにかわいそうなので、遊ぶところだけ雑巾で拭いてあげた。









フワフワドーム楽し。









濡れてるとツルツル滑る。

滑った先は拭いてないところ。
こけてびしょ濡れ。私もつられてびしょ濡れ。
















こんな時、やっぱり良いショットを撮りたいと思います。









滑って泣いた。
パンツまで濡れた。









でも、楽し。









この頃、公園に行っても子供同士で遊ぶのが楽しい娘。
唯一ふわふわ系だけが一緒に遊んで喜んでくれる。

遊ぶのは子供のみと書いてあった。ごめんなさい。








昼前まで遊んでキャンプ場を後にした。
次はSLが走っているときに来たいです。


明日が北海道最終日。
音威子府の道の駅でツーリングマップルの写真をゲットするために、これから北上。

出来れば明日の朝イチで写真をゲットして、早めに帰路について苫小牧まで南下したいところ。

今日中に音威子府まで行ければ明日が楽になるということで、音威子府の道の駅を目指して行けるところまで北上しつつ、他に遊ぶところが無いか探しながら
進むことにした。







丸瀬布のICから旭川紋別自動車道(無料区間)を走り、北上する。










道央自動車道に乗り、士別剣淵ICで降りて国道40号を走る。

士別市のメインストリート。

ここまで来ると青看板に稚内の文字が出てくることが多くなった。









名寄に遊ぶところがあるというので寄ることにした。

サンピラー交流館。

以前バイクで来たことがあると言われたけどピンとこない。
昔から物覚えが悪かったけど、最近は昨日何食べたかも思い出せないほど脳みそが溶けてきている。









入口を入るとさほど大きくはないけど遊具がある。











最近、地方の方がこういった設備が充実しているように思う。









奥には体育館のようなスペースがあって卓球やバドミントンなどが楽しめる。
冬にはカーリング場に変身するらしい。








早速、知らない男の子と遊んでいる。








そう思ったら、今度は女の子と仲良くなっていた。
お菓子を提供してみんなでモグモグタイム。

娘が他の子と遊んでいる間に私はブログ書き。Surface Goにしてブログが書きやすくなった。やっぱりパソコンが使いやすい。








とら母(嫁)も交えてバドミントン。

受付の人に聞いたら床のタイル(薄いブルーの床材)を剥がすと氷を作る下地があるそうで、見た感じ氷の厚さはほんの1センチくらいしかないように思えた。









合間に輪太郎と遊ぶ。
ボール遊びしてくれとせがんでくる。








人間大好きなので、人の気配がするとすぐに気が行ってしまう。










前にキャンプしに来たと言っていたので、どんなところだったのかと見に行くことにした。


話を聞いているうちに何となく思い出してきた。

西田敏行主演の「星守る犬」という映画のロケ地だった。

映画の内容は
仕事も家族も失った不器用で心優しい中年男性(おとうさん)が愛犬ハッピーと共に旅をし、この地で乗ってきたワゴン車の中でひっそりと息絶えた。その後もハッピーはおとうさんに寄り添うように
生き続けたがやがてハッピーも息絶えた。
遺体が見つかったときお父さんは死後半年が経っていたがハッピーは死後数日しか経っておらず、処理を請け負った市役所の青年が人間と犬との関係に興味を持ち
男性の所持品を頼りに、東京から北海道までの道程を辿る旅に出るというもの。



















昔の写真を紐解いてみた。

2011年の夏だった。

映画のポスター。
実際にワゴン車もこんな風にひまわり畑の中に置いてあった。









当時は市役所職員の青年の家もあった。
今はもう取り壊されて無くなっていた。













市役所の青年の家にもクロという名の犬がいた。
青年は最初こそクロを可愛がったが、まとわりついてくるクロが疎ましく思え・・・・詳しくはコチラを。

犬連れはみんなこんな風な写真を撮っていた。











リードなしでなんて怒られそうだけど、寅次郎はリードはほとんどしていなかった。








いつも私たちの横に寄り添ってくれた寅次郎。

懐かしい。









私ととら母、そして寅次郎。バイクは通勤に使っているヴェクスター125。


2011年8月17日
私たち夫婦の最後のバイク旅だった。











また今度キャンプに来よう。











娘は遊び疲れてすぐに眠ってしまった。
音威子府まであと50Kmほど。





つづく