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ちょっとした野暮用のついでに、東武伊勢崎線に乗って加須駅へやってきました。いつも小田急沿線の自宅と都内の会社を往復する私にとって、東北道で通り過ぎる以外に、埼玉県北部へ足を運ぶご縁はあまりなく、もし用事があったとしても車で出かけますので、この加須駅で降りるのはこの時が初めてです。駅ビルがある北口は街の玄関口らしく、そこそこ開けているのですが・・・
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南口は元々駅裏で何もなかったらしく寒々としています。再開発で新たに設けられたと思しきバスロータリーで待っていると、他の路線バスと一緒にコミュニティーバス「かぞ絆号」シャトルバスの新古河駅行がやってきました。バスとは言え、車両は10人乗りのハイエース。乗客も私の他にはおばあちゃんが2人乗っているだけでした。東京の通勤圏内とはいえ、この辺りまで来ると、かなり長閑になるんですね。
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どこまでも平地が続く水郷の田園地帯を走ること約30分で、「大利根総合支所」バス停に到着しました。その名の通りバス停は支所の前に立っているのですが、2010年に大利根町が加須市へ合併されるまで、ここには大利根町役場があったんだそうです。この支所の敷地内にそびえ立つ火の見櫓の直下に、今回の目的地である「100の湯」の案内看板が立っていましたので、これに従い歩みを進めます。
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役場から歩いて10分弱で緑あふれる「大利根運動公園」に入り、さらに園内を歩いてゆくと、やがて黄色く大きな建物が目に入ってきました。これは「保健センター」のようですが…
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その向かいにある青い建物「加須市大利根総合福祉会館」の1階に設けられた温泉浴場が「100の湯」なのであります。100と書いて「とね」と読むんだとか。当地がまだ大利根町だった時代に開業した施設であり、それゆえ「とね」の名前にこだわりたい気持ちは理解できますが、それにしても些か無理矢理な感じがします。でもこの温泉浴場は料金を支払えば誰でも利用できるのですから、下手に文句は言えませんね。
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開業から少なくとも30年以上は経過していそうな、やや古い保健所や老人福祉施設を思わせる館内ロビー。淡水魚の水槽があったり、風呂上がりにソファーで休憩している人がいたりと、実にのんびりしています。この玄関前ロビーには係員がいないので…
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玄関から左へ伸びる廊下を歩き、「これより有料」のプレートを通過した先に設置された券売機で料金を支払って、受付窓口に券を差し出します。この受付では各種食品類が販売されており、また窓口の向かい側にある座敷の大広間では休憩することもでき、私の訪問時には爺さん婆さんが次々にステージへ上がって、マイク片手に大音量でカラオケを熱唱していました。先ほどのコミュニティーバスも然りですが、東京から60kmしか離れていない埼玉県内で、こんな長閑な農村風景を目にするとは思ってもみませんでした。
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お年寄りが
壁一面緑色に塗装された男湯の脱衣室には、左手前にコインロッカー、右側に洗面台が配置されており、ドライヤーも備え付けられています。またロッカーの他にカゴも用意されており、一部の常連さんは施錠が面倒なロッカーではなく、カゴに荷物を納めて床へ直置きしていました。
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なるほど「小浴場」と言うだけあって、浴室は決して広くなく、6畳ほどの室内いっぱいに浴槽が据えられ、僅かに残った隙間に洗い場が設けられているような造りです。出入口から見て右側の窓下にシャワー付きカランが3基並んでおり、シャワー同士の間隔はそこそこ広くとられているのですが、その後ろ側にある浴槽との幅が狭いため、シャワーの前に利用客が腰掛けると、室内の奥から出入口まで移動困難になってしまう感じです。実際に私が入室した数分後には、次々に入浴客がやってきて大混雑し、みなさん歩いて移動するのに難儀していました。福祉会館の建設当時は白湯のお風呂だったそうですが、その後温泉を掘り当ててこのお風呂に供給するようになったそうですから、お風呂を作った当時はまさか混雑するだなんて想定していなかったのでしょうね。
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洗い場とは別のスペースには休憩用の白い椅子がひとつ置かれ、その傍らにはなぜか肥溜めで使うような長い柄の柄杓が置かれていました。肥え柄杓なんて何に使うのかな?
浴槽のお湯は洗い場へ向かって勢いよく溢れ出ており、温泉成分の付着によって室内の床は、元々の素材の色がわからなくなるほど赤銅色に濃く染まって、まるで鍍金を施したかのように金属的な光沢を放っていました。
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浴槽はおおよそ2m四方で4~5人サイズ。隅っこの湯口から温泉がドバドバ大量に注がれており、その周りでは泡立ちが発生していました。室内にはヨードのような少々の刺激を伴う刺激臭が充満しており、湯口や湯面ではアンモニア的な匂いやモール泉に似た匂いも嗅ぎ取れます(塩素消毒の臭いも混在しているのか)。上述のように床を赤銅色に染めるお湯は、湯船では薄っすらと緑色を帯びつつも琥珀色に弱く濁っており、茶系の湯の花もチラホラと舞っています。口に含んでみますと、甘じょっぱくてホロ苦味もあり、ほんのりと金気(非鉄系?)味も確認できました。湯使いは加温と塩素消毒を行った上での放流式であり、加水や循環は行われておらず、お湯の鮮度は良好です。分析表によれば、温泉の主成分は食塩であり、溶存物質8217.6mg/kgとのことですから、その数値を信じるならば甘じょっぱいどころか、もっとしょっぱくても良いはずですが、もしかしたらデータ分析時より薄くなっていたのかもしれません。でも食塩泉らしい(弱いグリップ感を伴う)ツルスベ浴感がはっきりと肌に伝わり、湯中では薄っすらと気泡の付着も見られ、湯上がりにはパワフルに火照って、いつまでも汗が引きませんでした。かなり力強いお湯です。この界隈には、埼玉県北部屈指の名湯である東鷲宮駅近くの「百観音温泉」がありますが、当温泉もそれに似たタイプのお湯であり、もっと巨視的に捉えれば、東京湾から埼玉県東部を通過して栃木県へと伸びる鬼怒川地溝帯に点在する、化石海水型温泉の典型例といって良いでしょう。
ちなみに源泉名は「童謡のふる里おおとね温泉」という長い名前なのですが、少なくとも温泉浴場内に童謡の要素は全く見当たりません。帰宅後に調べたところ、「♪ささのはサ~ラサラ」の「たなばたさま」など数多くの童謡を生み出した作曲家・下総皖一(1898年~1962年)が大利根町エリアの出身であったことに因んで、旧大利根町では「童謡のふる里おおとね」というフレーズを町おこしに使っていたことがあり、源泉名もそのキャンペーンの一環で命名されたようです。当地では他に図書館や道の駅などが同じく「童謡のふる里」を名乗っています。
内湯のみの小さなお風呂ですから、私のような好事家以外の皆様にとっては、わざわざ出かけて行くほどでないかと思いますが、東京から余裕で日帰りできる距離にもかかわらず、たっぷりと旅情が味わえる長閑な農村風情の中で、掛け流しの食塩泉に浸ることができる、渋い佇まいの実力派温泉浴場でした。
ナトリウム-塩化物温泉 41.3℃ pH7.3 溶存物質8217.6mg/kg 成分総計8229.6mg/kg
Na+:2783.0mg(89.57mval%), NH4+:8.6mg, Mg++:28.9mg, Ca++:209.2mg(7.72mval%), Fe++&Fe+++:0.4mg,
Cl-:4841.0mg(98.11mval%), Br-:19.1mg, I-:5.7mg, HCO3-:139.8mg,
H2SiO3:82.4mg, HBO2:67.7mg, CO2:11.8mg,
(平成26年12月10日)
加水・循環なし
加温あり(入浴適温にするため)
消毒あり(衛生管理のため。塩素系消毒剤を注入)
加須市コミュニティーバス「かぞ絆号」の騎西総合支所~加須駅~柳生駅~新古河駅を結ぶ路線(シャトルバス)で「大利根総合支所」下車、徒歩
埼玉県加須市琴寄903 地図
0480-72-5069
加須市公式サイト内の案内ページ
10:00~20:00 火曜定休(祝日の場合は翌日。年末年始は無休)
市外500円
ロッカー(100円リターン式)・シャンプー類・ドライヤーあり
私の好み:★★+0.5