前回に引き続き加久藤盆地のモール泉をめぐります。以前拙ブログでは吉都線の築堤と国道が交差するところに位置する「前田温泉」を取り上げたことがありますが、今回訪れるのはその線路の反対側にある「原口温泉」です。この辺りは本当に犬も歩けば温泉に当たると言っても過言ではないほど温泉浴場密集地帯であり、その密度は日本屈指ではないかと思われますが、多くが古くから共倒れすることなく営業を続けていますから、地元の方々の生活と温泉浴場が切っても切り離せない関係にあることが窺えます。この「原口温泉」も昔から愛され続けている温泉のひとつであり、創業はなんと大正時代なんだとか。国道の旧道と思しき路地に鄙びながらもどこかキャッチーな雰囲気を醸し出している3棟が並んでおり、中央に位置するのが番台と大衆浴場を擁する本棟で、「昔も今も良く効く!!」と書かれている棟には家族風呂の個室が並んでいます。
一方、ベンチが並ぶ田舎の駄菓子屋のような玄関の真上には、ちょっと離れた国道の現道からでも良く目立つよう、「原♨口」と書かれており、国道を往来する人々に大きな印象を与えています。出入口のそばに掲示されている説明文には、この温泉の沿革と効能が記されているのですが、効能に関してはとりわけ「傷と皮膚病一切には特に効果抜群!」なんだそうでして、文末には具体的に「殊にアトピー性皮膚炎・アセモ・草まけ・ハゼマケ(※)・水虫等に良いとされています」と適応症が列挙されていました。皮膚疾患に自信を持っているようです。
(※)ウルシやハゼの木に触ってかぶれちゃうこと。
私が玄関へ足を踏み入れると、屋内に「ピンポン」というチャイム音が鳴り響きました。リンゴやカップラーメンなど各種食料品が両側に並ぶ薄暗い番台で料金を支払い、奥にある浴室へと向かいます。番台には古くなって黄ばんだ渋い料金書きが掲示されているのですが、そこに書かれた「A級湯」という3文字が誇らしげです。でも和牛じゃあるまいし、温泉界でそんな等級は聞いたことがないので、何を以てAやBをランク付けしているのか、いまいちわかりません。
広い板の間の脱衣室では、信楽焼のタヌキがお出迎え。ロッカーなどはありませんが、棚には青いプラ籠が整然と並んでおり、古い建物ですが綺麗に維持されていました。
浴室と扉を開けた瞬間モール泉の香りに包まれ、その芳香につい鼻をくんくんと鳴らしてしまいました。この匂いだけで私が大好きなタイプのお湯に間違いないとの確証が得られ、一刻も早くお湯に浸かたい衝動に駆られます。浴室自体は鄙びた渋い佇まいで、昔日の公衆浴場らしい趣きに満たされています。
壁には部分的に細かく剥離している古い「入浴者心得」が掲示されているのですが、その文言を読みますと現行の公衆浴場法とは若干内容を異にする箇所もあり、そのギャップからこの浴場が経てきた時代の変遷を何となく読み取ることができました。
窓下の壁にお湯と水のカランが3組並んでおり、お湯のカランからは温泉が吐出されます。洗い場に備え付けられた備品類がちょっとユニーク。壁にかかっている赤ちゃん用と思しき大きな樹脂製の桶は、相当古いのか変質して表面がガッサガサ。どの温泉浴場にも言えることですが、お客さんは年寄りばかりで赤ちゃんが使う機会は滅多にないのかもしれませんね。また手桶はなぜか1号、 2号といったような番号がマジックで手書きされていました。味わい深いその手書きの字からは、田舎らしいほのぼのとした雰囲気が伝わってきます。
コーヒー湯と呼ばれているほど濃い琥珀色のお湯を湛える浴槽は、槽内で大小に二分割されており、絶え間なく供給され続ける湯口のお湯は、まず小さな槽へ注がれてから大きな槽へ流れ、そして洗い場の床へと溢れ出ていました。お湯の匂いや色合いからして間違いなくモール泉であり、その色の帯び方が強いために底はあまり目視できません。
湯使いは100%完全放流式。お湯の投入量が多いためか、槽から溢れるお湯も途切れることがありません。浴室の床タイルをすすぎ続けるお湯は、最終的に床の目皿へと吸い込まれてゆくのですが、この目皿は昔ながらの鋳物であり、よく見ると「中」の字が意匠化されていました。
左(上)画像は湯口のお湯が直接注がれる小さな浴槽で、大体3~4人サイズ。一方、右(下)画像はそこからお湯を受ける大きな浴槽で、キャパは5~6人でしょうか。お湯の流れから考えると、小さな浴槽の方が熱くなってしかるべきであり、実際に私が入室した当初はその通りだったのですが、湯船へ浸かるに際して両浴槽をしっかりかき混ぜたところ、大小両浴槽の温度差はほとんどなくなってしまいました。つまり両浴槽のお湯に大差ないようです。湯船に浸かりますと、まるで石鹸水の中にいるかのようなツルツルスベスベ感が全身を滑らかにし、非常に気持ち良く、その滑らかさに楽しさを覚えてしまって何度も自分の肌をさすってしまいました。皮膚疾患に効能があるそうですが、美人の湯としてのパワーも存分に発揮できるお湯だと思います。
上述しましたように、カランのお湯は温泉であり、勢いよく吐出されるそのお湯を手桶で受けたところ、こんな小さな桶ですら上画像のようにしっかりと琥珀色を呈していました。そしてカランのお湯も浴槽内のお湯も、湯中では茶色の細かい浮遊物がたくさん確認できます。モール泉の特徴をもたらす腐植質なのかもしれませんね。カランのお湯を口に含むと清涼感を伴う苦味が感じられます。重曹メインの泉質なのでしょう。また匂いに関しても、単なるモール臭のみならず、ツーンとくる若干の刺激臭(油性の版画インクみたいな臭い)も伴っていましたので、おそらく臭素等ハロゲン系の成分も含まれているのでしょう。
湯上がりに気づいたのですが、番台ではペットボトルに詰め込まれた鉱泉水が販売されていました。皮膚のお悩みに効果があるとのことですから、バスタイム以外でもこのお湯で肌を潤して疾患を癒すことを目的にしているのでしょう。
鄙びた風情はもちろんのこと、芳醇で強いモール臭、琥珀色のビジュアル、そして強いツルスベの滑らか浴感…。全てにおいてブリリアントな温泉でした。
温泉分析表確認できず
JR吉都線・吉松駅より徒歩15分(約1.2km)、もしくは吉松駅より徒歩25分(約2km)
鹿児島県姶良郡湧水町鶴丸1172 地図
0995-75-2045
7:00~20:00(家族風呂は別料金) 無休
250円
備品類なし
私の好み:★★★