半端じゃない鄙び方をした温泉宿として知られ、その佇まいが一部の温泉ファンから熱い支持を得ている、出水市の白木川内温泉で立ち寄り入浴してきました。出水市街から国道447号線を東進し、途中から県道48号線に入って、長閑な山村を奥へ奥へと入って行きます。途中に「温泉入口」と称する何の捻りも無いシンプルな名称のバス停が立っており、その前で分岐している車一台しか走れない狭い道へと入って行きます。
細い道ですが、大した距離はないので、狭隘路が苦手な方でも心配ご無用。この道はどん詰まりの手前で二手に分かれていました。当地には2つのお宿があり、この分岐の手前側に入ると「白木川内温泉山荘」、そのまま真っ直ぐ進んだ突き当たりにあるのが「旭屋旅館」なんだそうです。どちらでもよかったのですが、この時は手前側に入って「白木川内温泉山荘」の方へ車を駐めました。どれだけ太陽が高く昇ろうと、深く切れ込んだ谷間に位置するこの場所は陽が当たりにくいのか、宿の建物は聞きしにまさる古色蒼然とした外観で、つげ義春が窓から顔を覗かせていそうな佇まいです。人によっては肝試しレベルの不気味さかもしれず、日没後にこの建物を目にしたら、私も訪問を躊躇してしまうかもしれません。
谷頭の奥まった場所で、肩を寄せ合うように複数の棟が軒を連ねており、その様は東京の環七周辺に見られる木賃ベルト地帯、特に板橋区の大谷口上町を連想させます。もし山が崩れたらこの場所はひとたまりもないんじゃないかな…。玄関だけは綺麗にしている「白木川内温泉山荘」にて湯銭を支払い、早速入浴させていただくことにしました。
●1号泉
こちらの温泉には1号泉と2号泉の2つのお風呂があり、2つの旅館で2つの浴室を共用しているんだとか。まずはお隣「旭屋旅館」の直下にる1号泉のお風呂から。お風呂は男女別に分かれており、男湯は手前側です。
脱衣室は棚があるばかりで、かなり草臥れており、細かなゴミも散らかっているので、人によってはこの雰囲気だけで及び腰になってしまうかもしれません。しかも室内に1脚だけ置かれた事務椅子の背もたれには、この椅子は旭屋の所有であり山荘とは別であるという旨が手書きされていました。なぜわざわざそんなことを書くのかな…。
お湯が自噴する岩盤の上に湯屋を被せて部分的にコンクリで固めたような造りをしているお風呂。カランなどはなく、その被せ物である上家も至ってシンプルです。洗い場には桶や腰掛けが用意されているのですが、脱衣室の事務椅子と同じ字体で、それらの一つ一つに旭屋の所有物であることが手書きされていました。極め付けは壁に書かれたストレートな表現…。どのような文言が書かれているのかは、敢えて明らかにしませんが、同じ温泉を共用しあっている2つのお宿は相当難しい関係になっているらしく、当事者のどなたかがその実情をお客さんへ訴えたいようでした。鄙びすぎてボロボロな建物はただでさえ不気味な雰囲気なのに、そんな険悪なムードを漂わせる文言を目にすると、どんな明るい日中でも不安を抱かざるを得ません。上方漫才コンビ「コメディーNo.1」は、坂田利夫と前田五郎の2人が同じステージに立ちながら決して目を合わせようとしないことで有名でしたが、この白木川内温泉の2つのお宿は温泉界の「コメディーNo.1」と言えるかもしれませんね。
岩盤から自噴するお湯をコンクリで堰き止めて湯船にしている1号泉のお風呂は、6~7人同時に入れそうなキャパを擁しています。岩の表面は自然のままの姿なのか、あるいは鑿で穿ったのかよくわかりませんが、槽内の岩肌は荒削りでゴツゴツ&ギザギザしており、ちょっとでも足を滑らせようものなら、ザクッと切創を負ってしまいそうです。
お湯は岩肌の複数箇所から湧出しているようですが、特に気泡などの噴き上がりは確認できず、岩を触れたところで、湧出する勢いを感じることもできません。でも浴槽から溢れ出るお湯の量はとても多いので、全体的な湧出量は相当多いのでしょうね。
男湯には飲泉のお湯を掬うための小さな囲いがあり、そこに赤いコップが備え付けられていました。男湯ではこの囲いからお湯を掬えば良いのですが、女湯にはこの囲いが無いらしく、その代わり、男湯と女湯の仕切りに小窓が設けられているので、女湯で飲泉したければ、男湯にいる客にコップで男湯の囲いからお湯を掬ってもらい、小窓を通じてコップを手渡してもらうことになります。でも男湯に誰もいなかったらどうするんだろう…。
お湯は無色透明ですが、岩肌の色の影響なのか、青白い色を帯びているようにも見えます。細かな浮遊物がチラホラしていましたが、湯の花なのか不純物なのかは判然としません。ちょっとぬるくて長湯したくなる湯加減のお湯に入ると、まるでローションの中に浸っちゃったかのようなヌルヌル感に包まれ、お湯自体にもトロミがあり、大変滑らかなツルスベ感が夢心地のバスタイムをもたらしてくれました。またお湯を飲泉すると、マイルドですがはっきりとしたタマゴ感(味と匂い)が感じられました。お風呂の雰囲気は決して宜しくありませんが、さすが湧きたてのお湯は上質で素晴らしく、私は目を瞑りながら湯に浸かって、お湯の良さを感じることに専念しました。
●2号泉
つづいて2号泉へ。1号泉は「旭屋旅館」が管理しているお風呂でしたが、2号泉は「山荘」の管轄らしく、「山荘」の縁側の真向かいに男女別の入り口が並んでいました。
2号泉の脇にはこのようなお湯汲み場があり、岩肌から少量のお湯がチョロチョロと湧出していました。でも量は少なく温度も低いので、使い途が無いらしく、そのまま捨てられていました。
男女別の扉を開けたら、いきなり目の前に棚が現れました。しかも、そのすぐ下には浴場らしい空間が姿を覗かせています。この2号泉は1号泉よりも相当小さいようです。目の前の棚には新聞紙が敷かれていますが、どうやら靴置きではなく、衣類や荷物を置くためのもののようです。ということは、ここで着替えろということか…。
1号泉のお風呂は脱衣室と浴室とを仕切るパーテーションがありましたが、こちらはそのような仕切りがなく、両室が一体になっていました。左(上)画像がその全景であり、ご覧のようにかなり狭いお風呂です。幅が狭い上に滑りやすいコンクリのステップを下って入浴ゾーンの床に立ち、後ろを振り返ると、そのステップや入口がすぐ目の前に迫っていました。
1号泉のお風呂と同じくカランはなく、備え付けの桶などで掛け湯することになります。
こちらも岩盤から温泉が自噴しており、岩の手前をコンクリで固めてお湯を堰き止めて浴槽にしていました。そしてその上に仕切りを立てて男女に分けていました。でもそのキャパは1号泉よりも小さく、せいぜい2~3人入るのが精一杯。しかも1号泉より更にぬるく、お湯の透明度も些か劣っているように見えました。もっとも、浴室の窓は女湯側にしかなく、男湯側は日中でも薄暗いので、明瞭に目視できずクリアに見えなかっただけかもしれません。余談ですが、薄暗くてお湯があるという環境ゆえ、蚊の絶好の棲み家となっており、入浴中に数ヶ所刺されてしまいました。
入浴しながら湯中を凝視していると、お湯がユラユラ揺れている箇所があり、時折岩肌から気泡が上がっていることが確認できました。ちゃんと足元の岩盤から自然湧出しているんですね。見た目は無色透明で、1号泉と同じくマイルドながらもはっきりとしたタマゴ感(味と匂い)が伝わってきました。ヌルヌル感を伴う滑らかなツルスベ浴感も同様です。
谷を流れる沢からはカジカ蛙の鳴き声が聞こえ、周囲の環境はとってものどかです。足元の岩盤からぬるいお湯が湧出する温泉といえば、同じ出水市の湯川内温泉「かじか荘」が連想されますが、どなたにもおすすめできる「かじか荘」と異なって、こちらは人によって心理的な障壁を乗り越えなければならず、好き嫌いが分かれてしまう難しい施設かと思われます。でも足元湧出の温泉が好きな方や鄙びた風情を愛する御仁には堪らないお宿でしょうね。
1号泉
単純硫黄温泉 42.0℃ pH9.2 溶存物質357.5mg/kg 成分総計357.6mg/kg
Na+:95.3mg(97.42mval%),
Cl-:13.1mg(7.66mval%), HS-:5.6mg, S2O3--:0.9mg, HCO3-:141.0mg(47.83mval%), CO3--:49.2mg(33.95mval%),
H2SiO3:38.7mg,
(平成18年11月8日)
2号泉
単純硫黄温泉 44℃ pH不明
Na+:91.6mg(98.52mval%),
Cl-:11.0mg(6.98mval%), HS-:14.7mg, S2O3--:0.2mg, HCO3-:140.3mg(51.58mval%), CO3--:33.0mg(24.78mval%),
(昭和60年7月1日)
鹿児島県出水市上大川内5002
白木川内温泉山荘0996-68-2314
旭屋旅館0996-68-2812
6:00~21:00
150円
備品類なし
私の好み:★★