青森県の或る地区へやってまいりました。県内ならどこにでもあるような集落の景色です(場所を特定されないよう、集落の景色を写した画像は加工させていただきました。あしからず)。この集落が含まれるエリアは、温泉の数こそたくさんあるものの、主な観光ルートから外れているためか、あまり観光客が集まりにくく、いままで営業していた旅館が次々に閉館したり、あるいは温泉を売りにして別荘地として売り出された地域が、全体まるごと放擲され廃墟になったり、あるいは分譲時に比べて戸数が激減したりと、観光面でも定住面でも斜陽の一途をたどっており、それに伴って貴重な温泉資源も次々に消えていっております。
この地域では観光用途などのほか、地域住民のための共同浴場にも温泉が用いられており、拙ブログでもいままでこの地域にある地元民用の温泉浴場を数カ所取り上げてまいりましたが、先日この地域に含まれる某集落の共同浴場に入ってまいりましたので、温泉と密着した集落の生活と、その浴場の現役の姿を記録することを目的として、今回記事で取り上げてさせていただくことにしました。ちなみに、上のモザイク処理された集落の画像に、その浴場の建物は写っていません。
その共同浴場には看板など掲出されていませんが、場数を踏んでいる温泉ファンなら、近づくだけで何となく「あ、これだ!」と気づくはずです。ちょうど近くの民家の軒先に住民の方がいらっしゃったので、声をかけて入浴をお願いしますと、どうぞゆっくり入っていってくださいと快諾してくださいました。風除室に入ると、その細長い空間の手前側に「男湯」、奥に「女湯」と記された引き戸があり、反対側の壁には料金箱が括り付けられていました。特に料金設定は無かったのですが、地域のおおよその相場から勘案して、住民の方に確認の上で、数百円を納めさせていただきました。料金箱が設置されており、且つ関係者以外の利用を禁じるような注意書きも無いことから推測するに、この共同浴場における外来入浴に関しては、あえてアピールしないものの、来るもの拒まずのスタンスなのだろうと思われます。
建物はかなり古いらしく、全体的に年季が入っているのですが、そんな脱衣室の内部には、棚のほか時計やカレンダーなど生活に密着したものが備え付けられており、またゴミひとつ落ちておらずきちんと清掃されていました。地域の方々の愛情によってこまめにお手入れされていることがわかります。古いミラーに記されている「農協貯金と共済で先ず一安心」という文字が、昭和の農村らしい長閑な雰囲気を醸し出していました。
この非常に渋い佇まいの浴室を目にした瞬間、思わず感嘆の息が漏れてしまいました。客商売をしている浴場と異なり、ここでは外面を気にする必要が無いので、装飾性が一切無いのですね。でもこのプリミティヴで質素なお風呂だからこそ、お湯の本質とじっくり対峙できるのです。室内には浴槽がひとつあるばかり。かつてカランが設けられていた形跡が残っていますが、現在は清掃に用いる水道の蛇口しかありません。ここではシンプル・イズ・ベストという言葉がしっくりきます。
男女両浴室を隔てる塀の一番奥に湯壺があり、源泉から引かれたお湯が一旦そこへ落とされ、さらに男女両浴槽へとお湯を供給していました。この湯壷における温度は55.5℃と比較的高温。そのままですと入浴には熱すぎますね。
浴槽は1.5m四方で、3〜4人サイズ。一見するとモルタルだらけの無機質な浴場に思われますが、浴場の要である浴槽の内部にはベージュ色の人研ぎ石が採用されており、浴槽に体を沈めると、その滑らかな肌触りがうっとりとする心地よさをもたらしてくれます。上述の湯壷から落とされてくる湯口のお湯は確かに熱いのですが、バルブによって流量が調整されており、浴槽では42.3℃という入りやすい湯加減になっていました。この湯加減調整も地元の方々のおかげですね。なお水道の蛇口もあるため、もし熱い場合は加水もできます。
お湯は無色透明で匂いや味などはほとんどないため、日々の入浴にとっては使い勝手が良いタイプのお湯と言えるでしょう。強いて言うならば、熱いお湯が落とされる湯壷においてのみ、ほんのりとしたタマゴ臭が嗅ぎ取れた程度でしょうか。味や匂いこそないものの、入浴中の肌にはツルツルスベスベの大変滑らかな浴感が得られ、まるで化粧水の中に浸かっているような不思議な感覚に包まれました。病み付きになりそうです。あまりに良いお湯だったため、お風呂から出ることがためらわれ、後ろ髪を引かれる思いで自分を納得させて、ようやくお風呂から出ることができました。
湯上がり後に再び住民の方とお話しさせていただいたのですが、曰く、かつて山菜採りの人たちが泥だらけのままお風呂に入って散々汚されたので、一時的に外来者の利用を禁止していたんだとか。いまではそのようなレギュレーションも解除されたらしく、それゆえ私も入浴することができたわけです。私は午後3時過ぎに訪れ、4時頃にはお風呂から出たのですが、おしゃべりをしているうちに、その日の汗を流すべく地元のお年寄りが少しずつやってきて、ザバーっとお湯が溢れる音が木霊しながら辺りへ響いたのでした。
日本各地の過疎地と同様に、この集落もご多聞に漏れず人口減と高齢化によって限界集落化しているものと思われます。そうした状況の中で、この貴重な温泉資源がいつまで守られるのか不安を覚えずにはいられません。願わくば未来永劫残ってほしいものですが、維持管理のコストや労力を考えると、そんな悠長なことは言っていられないのかもしれませんね。また今度当地を訪れた時に再び入浴できることを祈りながら、当記事を締め括ることにします。
温泉分析書掲示なし
青森県某所(地図による場所の特定は控えさせていただきます)
(記事にしておきながら恐縮ですが、場所に関する質問などは対応いたしかねます)
利用可能時間不明
入浴料設定なし(寸志)
備品類なし
私の好み:★★★