パパと呼ばないで

再婚した時、パパと呼ばないでくれと懇願した夫(←おとうさんと呼んで欲しい)を、娘(27)「おやじ」と呼ぶ。良かったのか?

街結君と太郎君28

2016年10月08日 | 野望
文化祭が終わると、ムードは一転。受験体制へと突き進んでいった。
でも、それは決して悲愴なものではなく、浮ついたものでもなく、校長が打ち上げ会場でシメの挨拶で言っていた言葉通りだった。
「受験は団体戦というのが、我が校のモットーです。
間違いなく明日から彼らは頑張ります。
お母様お父様方、いい子供さんに育てられましたね。」
この時だけだった。あんなに笑ってたおかあさん達が笑いながら泣いていたのは。
太郎が「ちぇっ。校長、おいしいとこ、持っていきやがった。」

喫茶スマートは、2時くらいまではママ達の勉強ランチ会で、その後は、学生達の勉強スペースになり、夜になると常連を含めたおやじ達が入り浸るようになっていた。
いつだったかオレのオヤジまでいた時には驚いた。
ママ猿から「一回でいいから行ってみて。街結のことがわかるから。」ってしつこくしつこく言われたそうだ。
オヤジは「街結君のお父さんですかって聞かれた後、必ず笑われるんだよな。お前、文化祭で何やったんだ?」

オレと太郎は、中大の推薦枠に申し込み、おそらく大丈夫だろうという段階にきていたが、浮かれることなく、受験勉強を続けようということを決めていた。
オレと同じくらいなギリギリな成績の女子が、推薦枠をオレに譲ってくれたという思いもあって、オレはできるだけスマートで勉強するようにしていた。
いや、オレがいたからって、もう以前の「街結君のいる喫茶店」っていうわけじゃない。
男女の比率も6:4くらいだし、文化祭マジックとやらで交際を始めたカップルでご来店というケースも少なくない。
もう、オレとみんなとの間には変な垣根も何もなくて、オレは初めてっていうか、幼稚園以来っていうか、ホントのオレでいられた。
オレは太郎みたいに頭が良くないから、勉強の質問はもっぱら太郎にお任せで、その太郎のかわりに、せっせとマスターの手伝いをしてコーヒーやらココアやら運んだ。
ココアってのは頭が良くなる飲み物らしいし、閑古鳥が鳴いていたころのスマートと違って今や朝から晩までフル回転なので、さすがにチョコパフェをのんびり作ってはいられないという状況なのだ。
今夜は、お母さんたちが文化祭の打ち上げを兼ねた収支決算だの今後の活動計画だのを話し合う会があるらしい。
6時になり学生達は帰っていき、太郎とオレも勉強を切り上げてマスターの手伝いに入る。
お母さんたちにからかわれたりちょっかいだされたり、それに応戦したりしながら料理や飲み物を運び、オレと太郎は話し合いの邪魔にならないように二階で食べる。
「秋だなあ~きのこに芋」って言った後、思わず「あっ」と声が出る。
太郎も「お前も気付いたか?」
このメニューは初めて千春さんが荒木さんをスマートに連れてきた時のメニューによく似ていた。

「オレの考え過ぎかもしれないんだけどさあ」と前置きして、きのこをつつきながら太郎が言うには・・・
夏休みの間、太郎は漫才の練習の時以外はほとんどスマートで過ごした。
クーラーがんがん効いてて涼しいし、食いっぱぐれることないし、勉強もできる、バイト代も出るといういいことづくめだからな。
おかあさん達のランチ会の手伝いもして、その時に、文化祭の打ち上げパーティの話になったのだ。
「『何かっていうとイマドキの子どもたちって生意気に打ち上げをするのよね~
体育祭の時には渋谷のピザ食べ放題のお店ですって!』とか『うちの子のクラスはしゃぶしゃぶだったわよ。
お父さんが会社の打ち上げよりも贅沢しやがるって渋い顔してたもの。』とかって話から
せっかくここで勉強会しているんだから、その成果を発表したいわねってことになって、じゃあ文化祭の打ち上げを体育館でやろう。
料理はそれぞれ分担してうちで作ってスマートに持ち寄ってそこで盛りつけて学校にピストン輸送しようってことになったんだ。
章子ママが中心になって・・・」とここまで言ってから「あ、章子ママって『食の章子さん』のおかあさんのことね。」
なんだかその呼び方って幼稚園時代思い出すなあ。
「その章子ママがスマートに打合せやら何やらで日参するようになって、そこでいろいろオレも知ったんだけどさ、章子さんちも母子家庭だったんだ。
子どもたちの志望校の話になった時に章子ママが『うちの章子も中大に行きたいんじゃないかなあって思うんだけど、うち母子家庭だからさ、私立はちょっと厳しいのよね~経済的に。』って言ってた。
章子ママがいうに、章子さんって頑張りやさんでさあ、小さい頃からおうちのこともお手伝いしてくれて、今じゃ章子ママより家事の割合は多いんだって。
それで、勉強もちゃんとしてて。
昔っから手のかからない、ホントいい子なんだって。
そのおりこうさんな子が、「大学どうするの?」って章子ママが聞いた時、一度だけ悲しそうな、でもちょっと冷ややかな声で「うちは私立の選択肢はないでしょ?いいよ、テキトーに入れそうな国公立探してそこにするから。」って。
章子ママは章子ママで、ちょっとカチンときたらしいんだよな。
それもわかるよ。うちのかあちゃんだったら「はぁ~~~っ!?大学行けるの当たり前って思うなよっ」って怒鳴るとこだよ。
章子ママは、母子家庭ってことを逃げ場にしたくないって頑張ってきたって。
「習い事だって、章子がやりたいって言うことはなるべくやらせてきたし、学校のPTAの役員だって人並みにやってきたつもりだし、たまに母娘で旅行にも行ったり遊びにも行ったり、私の出来る限りのことはやってきたつもり。
でも、私大の四年間の学費っていうのは、厳しい気がするのよねえ。」って言ってたんだよ夏休みに入った頃。
で、大学の話は棚上げにしたまま、少し母娘の仲もぐずぐずしてた。
でも二人とも食べること料理することが好きだからマスターの料理教室の日の夜は、その料理を話題にしたりして少しずつまた前の仲良し母娘に戻りつつあって、
で、文化祭の打ち上げパーティで、あの母娘の大活躍によっての大成功だっただろ。
あの晩、帰りの電車の中で「食の章子さん」言ったんだって。
『おかあさん、あたしお茶女に挑戦してみるよ。生活科学部ってとこで食について勉強してみたい。
おかあさんがあたしのために「頭が良くなる料理」を勉強してくれて、それを作ってくれて、一緒に食べて、作り方を教えてくれて、今度はあたしが作ってみて、おかあさんが美味しいって食べてくれて。
ホントにあたしたち親子って食べることが好きだよね。
だからもっといろいろ食べることについて勉強したいって思ったの。
太郎君達のおかげで今クラスがすごくまとまってて楽しいの。
太郎君達と同じ中大志望の子が多くて、みんな勉強も頑張り始めててうらやましかった。
この先もずっとこういう楽しい学園生活なんだなあこの人達はって。
でもうちは無理なんだなあってちょっと寂しかったの。
でも、この団結力っていうか、つながりは大学行っても社会人になってもずっと続いていくほど強力なものだってことがこの文化祭でわかった。
大学に入ってからやりたいことを決めるのもいいけど、あたしはもうやりたいことが見つかったからそれを勉強できる大学に行く。
大丈夫。絶対に受かってみせるから。』
すげーよなあ章子さん。」
太郎から聞く章子さんの話に、オレは深く感動していた。
ん?でも、それと今日のディナーと何か関係あるのか?
太郎が最初に言った「考え過ぎかもしれないけど」って前置きは何なんだ?
コメント
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