蓼科浪漫倶楽部

八ヶ岳の麓に広がる蓼科高原に、熱き思いあふれる浪漫知素人たちが集い、畑を耕し、自然と遊び、人生を謳歌する物語です。

十三夜  (bon)

2021-10-19 | 日々雑感、散策、旅行

    テレビ画面には、早や雪景色が映り、街頭では手袋にマフラー姿の人がいました。
    つい先日には扇風機を回したかと思えば、昨日などはストーブを出すほどでした。
    秋景色になっても、日中の気温が高く汗ばむ日が多かったのに、突然の冬支度。
    新型コロナはここに来て急速に減少したことはうれしいですが、リバウンドしないか
    不安が残ります。。

 

 月齢13歳のお月さまで、満月(十五夜)の二日前の月を言います。十三夜の月は、
毎月ありますが、特に中秋の名月の後の(旧暦9月の)十三夜の月を愛でる風習が
昔にあったのですね。 中秋の名月を観た人は、次の月の十三夜の月も愛でる・・
というのです。

 まぁ。風流なことですね。 もっとも、この季節の宵の月を眺めるというのは、
とても気持ちが落ち着き、心地よいことではあります。 あくせくしていたり、心
に余裕がないとなかなかこのような心境になれませんが、新型コロナも落ち着いて
きたことだし、少しは心が休まってきたかもしれません。
 この十三夜の月は、今年は昨日(10/18)だったのです。(明日20日は満月です。)

       十三夜
        (ネット画像より)
        

       

 蓼科農園の秋の大収穫祭で、ちょうど十三夜が重なった時が、2015年と18年にあ
りました。畑で芋煮なべなどが煮えている暖かな昼間には、八ヶ岳の阿弥陀岳の横
に十三夜の大きな「昼の月」が白く収まり、夜のファイアーストームではみんなで
楽しく歌など歌っている輪に煌々とした十三夜の月も仲間に入ってきたのでした。

             

 ここで少し風流から外れてしまいますが、この十三夜が年によってもう1回(つ
まり合計2回)あることがあるのです。2014年がその年で、これは1843年から何と
171年目のことだったのです。どういうことかといえば、この年には、旧暦閏9月
があったために、9月と閏9月の2回、9月の十三夜があったということなんです。

 まぁ、そういうことなんですが、なぜ閏9月があるのか? については、当ブログ
「閏9月と十三夜」(2014.10.7)に詳しい説明がありますが、簡単に言えば、旧暦
のお月さまを基準とした一か月約29.53日と、太陽を中心とした(新暦の)一か月
=365.24÷12=約30.44日に差があり旧暦のそれは、新暦より少ないために、朔
(旧暦のついたち)が、月により2回ある、あるいはない(0回)の月があることと
なってしまいます。そこで、2回ある場合の後の朔を閏月の朔日(ついたち)とし
ているのです。

             

 風流からどんどん外れてしまいますが、もしこの月が無かったらこの地球はどの
ようになるでしょうか・・?  ネットにありましたのでご紹介します。

 『もしもこの月が無かったら、地球の回転にブレーキの役割を果たす月が無くな
るために、地球の自転速度は今の約3倍の8時間程度に速くなってしまいます。その
結果、地上には絶えず風速100m位の風が吹き、そのため海の波高は30~50mにも
なるとか・・。さらに、月が無ければ、地球の自転軸がズレはじめて、北極、南極
が今の赤道付近に移動したりして、氷が溶けて海面上昇や熱帯樹林が北極付近に来
たりして樹木が減少して酸素濃度が低下する・・など大変なことが起こると想定さ
れています。

         月が地球の自転速度を抑えている
          (ネット画像より)

 また、月が無ければ、潮の干満が違ってきます。月の影響力による干満が無くなり、
太陽の引力による干満のみになり、太陽によるそれは月の影響力の1/2で、干満差
が小さくなり、干潟が減少、海流も弱くなり海洋生物の減少などによる人間の食生
活にも大きな影響があるなどといわれています。』

 と、大変なことになってしまいますが、しかし現実には月が存在して、上に述べ
たようなありがたい役割を果たしているのです。
 月を眺める時には改めてこのような役割があることを思いながらしみじみと思い
を馳せてみるのも良いかもしれません。


   昨夜(20時ころ)の十三夜のお月さん(ベランダにて手持ちパチリ)
  
                    
(画面 右に光る星は、木星です。)

 

 

 

十三夜(小笠原美都子)昭和16年

 

 

 

 

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