連日蒸し暑い日が続いています。6月も早や終わりに近づき、令和5年も第
1コーナーを回ります。田植えが済んで水が張られた田んぼには、早苗が風
に揺れている‥そんな頃でしょうか。 このところ、民間軍事会社というのが
騒動を起こして一時世界が緊迫したようですがすぐに終息しました。しかし、
この民間軍事会社というのは、初めて知りましたが、会社の収益は戦争のない
時はどのようになっているのでしょうか?
そんなことを思ったりしながら、今回の不思議な日本語(38)をまとめて
みました。
最初の羊羹がこれほど多く記事内容があるとは思いませんでした。
では・・。
・羊羹(ようかん) 甘いあの羊羹です。一般には小豆を主体とした餡を
型(羊羹舟)に流し込み寒天で固めた和菓子である とありました。
なぜ、羊羹というのでしょうか? もともとは中国の料理の名前で、文字
通り「羊の羹(あつもの)」という料理であった。つまり、「羊の肉を煮た
スープ」の類だそうです。これを、鎌倉~室町時代に禅僧によって日本に伝
えられましたが、禅宗では肉食が禁じられているため、精進料理として羊肉の
代わりに小豆や小麦粉、葛粉などを用いたものが、日本における羊羹の原型
だとあります。
室町時代の記事に、タケノコ入りの「筝羊羹」と砂糖入りの「砂糖羊羹」
との名前があり、1504年頃の武家の作法書に酒宴での料理の一品として、
その後菓子へと変化してきたと考えられるとありました。
そしてその頃茶の湯が盛んになると羊羹は「菓子」として茶会で供される
ようになったそうですが、現在のように甘いものであったかは定かでないよ
うです。
江戸時代に入ると、「羊羹」と「砂糖羊羹」が定着し、いずれも小麦粉を
使って蒸した菓子で、羊羹は黒砂糖、砂糖羊羹は上等な白砂糖を使っていた
ようです。そして18世紀の後半(1790年頃)には、寒天を用いた「練羊羹」
が登場し、食感がよく日持ちもするところから江戸で人気を博し、数十年の
うちに地方へも広まり1800年代半ばには蒸し羊羹にかわって煉羊羹が主流に
なってきたようです。
その後、明治から昭和にかけては産業発展の流れの中で改良や商品の多様化
が進み、あわせて観光客向けの土産菓子などにも定着してきたのですね。
煉羊羹は糖度が高いため保存性が良く、適切な状態で保存すれば常温で1年
以上の長期保存が可能であることから、非常食、保存食としても販売されて
いるものもあるようですし、 また、少量でも高カロリーで、体内ですぐに
エネルギーに変換されることから、スポーツの補給食としても注目されている
ようです。
夜の梅
(ネット画像より)
(切り口に見える小豆の粒の様子を、夜の闇の中に咲く白い梅の花に例えて付けられた名称。
「夜の梅」という呼称は、とらや以外にも駿河屋と鶴屋八幡で使われています。)
また羊羹には、寒天の添加量が多くしっかりとした固さの煉羊羹のほかに、
寒天が少なく瑞々しく柔らかい水羊羹があります。 水羊羹の歴史も古く、
1760年頃からあるそうですが、当時は寒天を使ったものではなく、蒸し羊羹
を柔らかく作ったものだったようです。しかしこの10年ほど後には、寒天を
使った水羊羹が出回っているそうです。 で、江戸時代の水羊羹は、季節を
問わず作られていたようで、夏の菓子として定着したのは大正時代から昭和
初期にかけてからだそうです。
水羊羹
(ネット画像より)
水羊羹はもともと、木枠の型(羊羹舟)でつくられたのを切り売りしていた
とありますが、現在でも厚みのある箱や容器に水羊羹を流し込んだものもあり
ます。さらに現在は、流し箱タイプのほか、アルミ缶やプラスチックカップ
に入った製品や、高級和菓子店では棹物として、竹筒に入った製品なども販売
されています。
もう終わりますが、「丁稚羊羹」というのがあります。
丁稚羊羹(でっちようかん)というのは、主に近畿地方を中心とした、安価
な羊羹(主に水羊羹)の呼称で、小豆や砂糖を減らした、小豆の「出汁」(でじる)
のように軟らかい状態からつくる「水羊羹」状の工程の羊羹を言うようです。
「でじる」と練る工程から「でっちる」と重なった呼び方や、「練羊羹」の
手前の半人前の意味から「丁稚」というとの説や、丁稚が里帰りの土産にした
ことに由来するとの説があるとのことでした。
羊羹だけで少し疲れてしまいました。ちょっと一服とシャレてみます。
(ネット画像より)
・やきもち 甘いものが続くようですが、こちらは餅は餅でも「やきもち」
です。 やきもちとは、嫉妬、ねたみ の意味で、「やきもちを焼く」「や
きもち焼き」などと使われています。 言語由来辞典によれば、やきもちは、
嫉妬することを「妬く(やく)」と言うことから、「焼く」に掛けて、シャレ
で「餅」が添えられた語である とあります。 また、「妬く」と「気持ち」
から「妬く気持ち」となり、「焼きもち」になったともいわれるとあります。
嫉妬した時の膨れっ面と、焼いた餅の膨れる姿が似ていることからも「焼き
餅」になったとするのは後から付け加えられた説と考えられています。
類語・言いかえとして、嫉妬/ジェラシー/妬み/嫉み/岡焼き/ちんちん
/悋気(りんき)/法界悋気/やっかみ/羨み/羨望/物恨み/物妬み/焼き
/妬心/嫉視//妬ましい などたくさん挙げられていました。
また、「おか焼き」(岡焼)というのがありますが、こちらは「傍焼き餅」
の略で、はたでやき餅を焼くという意味から、自分とは直接関係がないのに、
他人の(男女の)仲がいいのをねたむこと指した言葉ですね。
「岡」というのは、傍、はたを意味しているようですね。川の傍らにある
山をオカヤマ(岡山)というように、傍らに下げて持ち運びする箱を「岡持」
といいますね。傍目八目などもそうですね。
岡持
(ネット画像より)
群馬県などで、小麦粉で生地を作り、丸めて焼き上げる「やきもち」があり、
郷土料理の一つとして親しまれていますが、これを「おやき」や「じり焼き」
とも呼ぶそうです。
・馬齢 馬齢を重ねるとは、たいしたこともせず、ただ無駄に年をとる
ことを意味したり、年をとることを謙遜していう場合に使われます。自分の
年齢を謙遜していう語であり、他人が年を取ることに対して使うのは失礼に
あたります。誤用例として挙げられていました。「さすが社長、馬齢を重ねて
きただけのことはありますね」(笑)
なぜ「馬」なのでしょうか? 「犬馬の労」などの諺にもありますが、犬
や馬は、人に使われるものであり、身分の低い者をたとえていったり、自分
をへりくだるときに使われるのです。
(ネット画像より)
また、馬齢とは馬の年齢のことでありますから、馬のお話から・・。
北半球では、馬の年齢は、生まれた時が0歳で、以後1月1日が来ると同じ年
に生まれた馬は一斉に1歳加齢する 数え方なんですね。馬は、春に繁殖期を
迎え約11か月の妊娠を経て出産するのでほとんどの馬は春先に誕生するのだ
そうです。
しかし、日本では2000年までは、生まれた時が1歳で以降、1月1日で一斉に
1歳繰り上がる方式でしたから、1984年のダービー馬シンボリルドルフなどは
4才馬でした。2001年以降は標準の年齢で呼ぶようになりました。
・たぎる 難しい言葉ですが、漢字で「滾る」と書き、goo辞書による意味
は、1 水がさかまいて激しく流れる。「川瀬が―・る」 · 2 煮えたつ。「湯
が―・る」 · 3 激する気持ちが盛んにわきおこる。わきあがる。「青春の血潮
が―・る」「―・る闘志」. とありました。 鍋のお湯が「煮えたぎる」
などと普通にも使いますね。
「滾る」は古くからある言葉ですが、明確な語源ははっきりしていないと
あります。しかし似たような言葉に「激つ(たぎつ)」という古語があり、
水がわきたつ様や心が激することを表していて、現代の「滾る」とほぼ同じ
ような意味であることから、ここから変化してきた可能性が高いとあります。
また、「激つ」は更にさかのぼると「たきつ」と読まれて、これは「滝」
の語源となっています。水が高所から落ち、激しく流れる様はまさに「滾る
(激つ)」ようであり、「滝」を表す言葉としてぴったりだったのでしょう。
対義語で考えると「激しい流れ」の意味に対しては「治まる」となり、「煮え
たつ」の意味に対しては「冷める」があたるようです。で、「激しい気持ちが
わきあがる」という意味での対義語には、「萎える」という言葉が相応しい
かもしれません。
・とんでもない ようやく最後まで来ました。 とんでもないとは、
思いがけない、意外である、冗談では(じゃ)ない、けしからん、滅相もない
なとの意味ですが、どうしてこの言葉が出てきたのでしょうか?
言語由来辞典によれば、とんでもないは、「途でもない(とでもない)」
が変化した語で、「途」は「道」「道程」の意味から、「手段」や「物事の
道理」も意味するようになったとあります。同じ用法の和製漢語には「途轍」
「途方」があります。
その「途」に否定の「無い」をつけ、「道理から外れてひどい」「思って
もみない」などの意味で「途でもない」となり、「とんでもない」となった
のですね。
「思いがけない」の意味で「飛んだ」という語があるため、とんでもない
の語源を「飛んでもない」とする説もありますが、とんでもないが「飛んだ」
の否定であれば、「思いがけなくない」「当たり前」といった意味になります
から誤りですね。
「無い」で否定した「とんでも無い」が語源ですが、「とんでも」が単独
で使われた例はないため、「とんでもない」で一語とされる言葉なんですね。
そのため、「とんでもございません」や「とんでもありません」の表現は
本来は間違いとされてきました。しかし、平成19年(2007)2月文化審議会
答申の『敬語の指針』で、相手からの褒め言葉に対して、謙遜しながら軽く
打ち消す表現として、「とんでもございません(とんでもありません)」を
使っても問題ないとされたことで、現代では間違いではない表現とされてい
ます。
(ネット画像より)
ただし、「とんでもない」には強く否定する「もってのほかだ」の意味も
あり、「とんでもないことでございます」を使う場合は注意が必要だと『指針』
では述べられているそうです。
とんでもハップン〘形動〙という言葉が、1950年頃の流行語としてはやっ
ていました。 ハップンは英語のhappen で、思いがけなく生じる意を「とん
でもない」に結びつけた造語て、相手のことばを強く否定する意をこめていっ
ているのですね。
大変お疲れさまでした。
夜空のトランペット/夕焼けのトランペット Nini.Rosso