蝉と過ごす夏(4)
「ついに目撃してしまいました。火曜サスペンス劇場を・・・・」
ちょっと興奮気味に話し始めたのは、このところ畑づくりに精を出している一人の男。
被害者は<セミ>嬢。
犯人は、<スズメバチ>男。
以下、目撃者の証言をそのまま載せる。
「はい、わたしが野外で高校野球の実況中継を聞いていましたところ、数メートル離れた路上で急にバタバタと騒がしい音が聴こえまして、何やら悲鳴のようなものが混じっているではありませんか」
時刻は真夏の太陽がやっと傾きはじめた午後三時半ごろとのこと。
「・・・・ただ事ではない様子に、おもわず腰を浮かせて路上に目をやると、一匹のセミがひっくり返ったまま翅をバタつかせ、ぐるぐると回っていたのです」
何があったと?
「そうですね。まあ亀といっしょでひっくり返ったらなかなか起き上がれないのだと思いました。それに何百何千というセミが鳴き続けているわけですから、その中の一つが力尽きて地上に落ちて最期のあがきをしているのだろうと、慌てることもなく近づいていきました」
ところが・・・・。
「ええ、いつまでも煩いので起こしてやろうと手を伸ばしかけて、おもわずギョッとしましたよ」
何があったのですか。
「セミの腹に取り付いた瘤のような塊と、まがまがしい黒と黄色の縞模様が見えたのです」
好からぬ者がセミを襲っていると・・・・。
「はい、仰向けのセミの腹を犯すようにスズメバチが下腹部を押し付けて執拗に毒針を打ち込んでいたのです」
それで、どうしました?
「はい、わたしはカメラを取りに走りました。・・・・数日前にシオヤアブの獰猛さについて書き、スズメバチとどっちが強いのだろうかと疑問を持っていたので、目の前の光景に頭が混乱する思いでした」
結論は?
「わかりません。どっちが強いというより、似たような生態なんだろうなって・・・・。見た目おなじような形だし、セミの首に手を掛けたままくらいついている姿は、虻も蜂も大差ないのだろうと想像できますから」
暴れるセミを助けずに、最後まで見届けたというわけですね。
「途中で引き離そうとしたって無理ですよ。毒液で麻痺させながら、口の辺りの吸管でセミの体液を吸い取っていたのだと思います」
とりあえず証拠写真だけは撮ったということですか。で、そのあとは?
「三十分ほど過ぎてから見に行くとスズメバチはいなくなっていて、セミの死体だけが転がっていました」
こころが痛みませんか。
「はあ、多少は・・・・。セミはもうバタつきもしないし悲鳴もあげませんでしたから、こんなものなんだろうなって。でも、襲われていたときは大きく見えたのに死体となってしまうと哀れなほど小さくなってしまって、そのことが妙に頭に残っています」
北軽井沢署の係官に証言と写真を残して、目撃者の男は森の道を帰っていった。
「ご老人、日中は暑いから出歩かない方がいいですよ・・・・」
背中に向かって声をかけながら、係官は調書に記された事件を自分なりに反芻した。
盛夏セミ殺人(?)事件、、、怖いですね。何かの命を奪わなければ生きていけない、生きとし生ける物の宿命ですね。
でも、犯人のスズメバチ男もいずれ冬には命を終える運命にあるのでしょうし、、無常ですねー。
生きるということはそのままサスペンスドラマなんだなァー。怖いねー、やっぱり。
さて今夜は生の死体(お刺身)で一杯やるかな。
イヒヒヒ、、、。
恐怖の知恵熱おやじ
ホーッ、筆者の正体が現れてきたような、創作力に満ちた恐ろしい話ですねえ。
昆虫の世界も所詮は人間世界と同じ。食うか食われるかに収斂されるのでは?
そして、最後に警察官の尋問を受けてチョンとするあたり、いわば掌編小説の醍醐味も味わわせてくれました。