相模原市緑区元橋本町には鉄道誘致に尽力した「相澤家屋敷」と瑞光寺側に当地の名主「牛久保家の長屋門」が建っている。この長屋門は近世末(安土桃山から江戸時代)の建築で桁行9.5間(約17.1m)、梁行2.5間(約4.5m)の堂々たる構えで現存する相模原市内の「長屋門」としては最大規模であるとのこと。両脇にある2本の太い柱の上に大きな天井を張っている。軒のセガイは柱に腕木をほぞ差とする古い形式をとっている。部材も全体に太く、冠木の丈は1.4尺(42㎝)、その上に乗る梁は約1尺(30㎝)、全体に重厚感がありこれぞまさしく「長屋門」と頷ける。門と両サイドに黒褐色の板塀は市登録有形文化財(平成15年登録)となっている。この一帯は橋本大火の場所でこの道両側の家並みを見ているとかって栄えていた橋本が「宿場町」の名残が窺え、タイムスリップしたかのようである。(2102)
町田市相原(町田街道沿い)に鎮座する「清水寺」の対面に100本以上はありそうな「梅園」があり「相原梅園」と勝手に名付け。以前は個人農家の梅園として食用の梅干作るためと聞いていたが、今日は梅林の端に町田土地計画管轄の杭が建てられていた。品種はおそらく「白加賀」だと思われるが、毎年5月が梅実の収穫時期、見渡すとすべて梅木が収穫しやすいよう樹高が2mくらいに剪定され揃えられている。梅林全体の梅木がそれぞれの種の花をつけ満開に近づいていているようで見頃を迎えていた。近寄ってみると仄かに甘酸っぱい梅の香が漂い充満していた。(2102)
相模原市緑区下九沢に四季の花=「梅」や「バラ」そして「アジサイ」で彩られる「相模原北公園」はある。今、100種100本の梅が見頃を迎えている「梅園」の周りに造られた花壇でマーガレットか菊によく似た可憐な花「ノースポール」が咲き誇っている。「ノースポール」は北アフリカやヨーロッパ地中海地方を原産とするキク科フランスギク属の一年草、草花である。白の花弁で中心が黄色のコントラストが美しい。葉は四方に茂らせる特徴があり、菊の葉のようにのこぎり状ギザギザしている可愛らしい花である。「誠実」や「清潔」、「高潔」など花言葉を持っている。(2102)
小田原市曽我谷津に宗我氏の祖先を祀った曽我の里の総鎮守「宗我神社」は鎮座している。宗我播磨守保慶が長元元年(1028)創建。曽我郷六ヶ村(上曽我、曽我大沢、曽我谷津、曽我岸、曽我原、曽我別所)の各鎮守を明治時代に合祀し「曽我の里の総鎮守」としたのが興りである。祭神は宗我都比古之命と宗我都比女之命である。応神天皇、桓武天皇、小沢大明神を配祀している。寛治元年年(1088)には源義家が奥州下向の際に参詣した伝えがある。戦国時代以後、歴代の領主は小田原城の日少宮祭所(守護神)と定め、当初「宗我都比古神社」であったが、その後「宗我大明神」、「小澤大明神」となり明治2年に「宗我神社」となった。下曽我交差点に面したところに大きな青銅の「大鳥居」、参道には宗我神社の神主の家に生まれた昭和の代表的私小説家「尾崎一雄の文学碑」が建てられている。「二の鳥居」を抜けると正面に関東大震災で破損し、昭和4年再建の「本殿」がある。境内右手に「尾崎基成の記念石碑」、社殿裏には6基の「石塔群」が祀られている。9月末に湘南随一といわれている豪華な深彫り彫刻で飾られた山車が5基並ぶ景観は当社の最大の祭礼である。(2102)