相模太夫の旅録=Tabi Log

☆ 旅は一枚の写真から始まる!!
☆ 旅先での四季彩々一期一会の被写体を瞬撮!!

「県立相模原公園」の「カンヒザクラ」が咲き始めた!!

2024-03-03 16:38:15 | 公園・庭園
相模原市下溝に四季の花で彩られる市民のオアシス的存在の「県立相模原公園」はある。遊具広場後方に植栽されている「河津桜」、紅葉の丘の「梅」も終焉を迎え代わって咲き始めたが芝生広場とイベント広場前に植栽の2本の「カンヒザクラ」(寒緋桜)が開花し始めた。「カンヒザクラ」は寒桜の片親もありバラ科サクラ属サクラである。「ヒカンザクラ」(緋寒桜)、タイワンザクラ(台湾桜)、ヒザクラ(緋桜)の別名がある。この桜の最大の特徴は花は中輪の一重咲きで、釣り鐘状の下向きに閉じたような半開きの形で咲き、濃い紫紅色の花弁を付ける。2月から3月にかけてが開花期、東京の花期は3月中旬。当園もこの勢いからいけば来週末には見頃となるかもしれない。(2402)
 
 
 





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「三寶山勝楽寺」境内を「紅梅」、「白梅」が彩る!!

2024-03-03 08:55:33 | 寺院
町田市原町田に八王子の極楽寺末寺の浄土宗寺院「三寶山勝楽寺」は鎮座している。天正元年(1573)源蓮社光誉上人開山。創建は天正元年(1573)。本尊は阿弥陀仏。寺伝では江戸時代には「二六の市」が門前で開かれ交通、物流の増加と共に寺を中心に地域が発展した。明治初期に廃仏毀釈のため当時の原町田村の人々の手により相模の国「大山」より良弁不動ともいわれる「不動明王」が移された。古文書では当寺の門前大通り左角に小綺麗な茶屋(宿屋)があり、幕末の横浜開港(1759)以後、来村した外国人が宿泊したと記されている。1865年、後年「トロイの遺跡」の発見者の「シュリーマン」も来訪、原町田で宿泊し見聞記録を残していることから当寺へも立ち寄ったと考えられる。「山門」を抜けると境内の奥に木造入母屋造の「本堂」、明治初期に大山より移された不動明王(良弁作)を祀る「不動堂」、高々と聳える「無量寿の塔」、本堂地下には「誕生殿」、「蓮華殿」、「舎利堂」、「梵鐘」、「庫裡」、青銅の燈籠がある。当寺は原町田七福神の一つ「寿老人」を祀っている。鐘楼の一画ては「紅白の梅」が咲き境内を美しく彩っている。(2402)
 
 
 
 
 

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相模原新戸の「れんげの里あらいそ」では「河津桜」が満開域に達す!!

2024-03-03 07:32:47 | 河津桜
相模原市南区新戸にお風呂、囲碁将棋、カラオケなどができる「あらいそふれあいセンター」、相模の大凧、世界の凧を展示した「相模の大凧センター」「新磯こどもセンター」の3つの施設を備えた世代交流型の施設「れんげの里あらいそ」はある。施設の愛称は新磯地区に美田が広がり、春には一面にれんげの花が咲き乱れていたことから名付けられた。人々に彩り豊かな自然を思い起こさせ、ふるさと意識の高揚と地域のイメージアップ向上の願いが込められている。施設の左側に造られている「ミニ花壇」に早咲きの「河津桜」が3本植栽されている。一週間前は数輪であったが、今日はもう高い気温で一気に開花し、もう満開域に達していた。全体が「河津桜」のピンクの花びらで覆われた美しい樹形となっている。(2402)
 
 
 


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