伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

エボラ出血熱とエマージングウィルス

2015-04-12 00:58:01 | 自然科学・工学系
 致死率の高い新興の(エマージング)ウィルス感染症であるエボラ出血熱を中心に、マールブルグ病、ラッサ熱の発生と治療などの対応、原因究明の経緯を紹介した本。
 エボラ出血熱では、これまで1976年のザイールのヤンブク村を中心とする最初の発生で318名の感染者中280名を死亡させ(致死率88%)、その後も2014年のコンゴでの発生まで度々猛威を振るっているザイール・ウィルス、1976年にヤンブクと並行して発生したスーダンのヌザーラ等を初めとしてやはり度々猛威を振るっているスーダン・ウィルス、1989年のアメリカでのカニクイザルの感染死亡から発見されたレストン・ウィルス、1994年のコートジボアールでのチンパンジーの死亡から解剖を担当した女性が感染して分離されたコートジボアール・ウィルス、2007年にウガンダで発生したブンディブジョ・ウィルスの5タイプが発見されているそうですが、発生する度に90%前後の致死率となるザイール・ウィルスからこれまでの発生例では死者0のレストン・ウィルスまで、ウィルスの性質がずいぶんと違うように見えます。症状でも、2014年のシエラレオネでの発生でケネマ政府病院入院患者で経過観察された44名での分析では、発熱と頭痛が中心で、下痢が51%で下痢の症状があった患者の致死率が高く(94%)、出血の症状がはっきりしている患者は1名だけだと言います(73ページ)。「エボラウィルス専門家からは以前から、エボラウィルス出血熱の名前自体が間違いという意見が出されていた」(73~74ページ)とかで、世間で流布されているイメージと実像はだいぶ違うかも知れません。1995年のザイールでの発生をテーマとしたノンフィクション「ホット・ゾーン」がベストセラーとなったのをエボラウィルス研究者は複雑な気持ちで受け止めていた、「エボラ出血熱は事実きわめて恐ろしい病気だったが、プレストンは、『人間の肉体のあらゆる器官を、ドロドロに消化された粘液状(原文ではメルトダウン)のウィルス粒子の巣に変えてしまう』というように、現実にあり得ない異常な描写により、一般大衆にエボラに対する恐怖を植え付けた。しかしこの本により、エボラウィルスなど出血熱ウィルスの研究費は大幅に増額されたのである」(61ページ)という指摘も、考えさせられます。
 この種の話を読むといつもですが、発生の度に繰り広げられる多数の人々の感染、死者を弔おうとした親族と、そして医者、看護師、研究者の感染、死亡のエピソードに涙します。致死的な感染症患者を前にして危険を認識しながら治療と看護に従事する人たちの勇気と使命感。同業者から見れば災難・災厄としか思えないであろう裁判も少なからずやってきた自分自身の経験から考えると、現場では、そういう事態に/被害者=患者に出会ってしまったのだから仕方ないという、わりと淡々とした気持ちかも知れないとは思いますが、私などが取り扱う事件・裁判とは違って、命の危険が現実的にある場面でのその勇気には、やはり強い感銘を受けます。


山内一也 岩波科学ライブラリー 2015年2月4日発行
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