伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

紙の月

2015-04-18 23:14:45 | 小説
 今の自分に違和感を持ち続けカード会社の営業から専業主婦に逃げ込んだがそこでも違和感を持って銀行にパートで勤め契約社員となりそれでも経済的優位を確認したがる夫への違和感から学生の男と関係を持ち贅沢なデートを続けて客の金に手をつけて巨額の横領に至った梅澤梨花の過ごした日々をメインストーリーに据え、節約に励む専業主婦の同級生岡崎木綿子、裕福だった少女時代を振り返って自分の娘にも同じようにしてやりたいのにできないとこぼし続ける専業主婦の妻の愚痴に嫌気がさして後輩の若い女性との不倫に逃げ込む学生時代に梨花とつきあったことのある山田和貴、浪費が原因で離婚に至り娘の親権を夫に取られて編集者として働きながら店員の勧めや娘の賞賛に踊らされてついブランド品を買い込んでしまう料理教室で梨花と知り合った友人の中條亜紀の3人の日常をサイドストーリーとして展開する小説。
 それぞれの生活を通じて、金の力で何でもできる、金があればしたいことができるという、万能感と、それが瞬間的な幻想であり刹那的な浪費の後には後悔が待っている現実、しかしその現実・羨望・卑屈な思いが現実であって欲しくない/現実であるはずがないという願望といっとき味をしめた万能感・恍惚感の中毒性が次なる錯覚とその後のさらなる後悔を生んでいく様子と、それをめぐるそれぞれの考えと感覚・反省と惰性・開き直りがテーマとなっています。
 食品会社の販売促進を担当する梨花の夫正文の、それほど悪意があるわけではない、むしろ梨花に対して怒りもせず不満も言わない、世間的に見ればいい夫でありながら、梨花が働いて稼いだ金で夫にプレゼントをしたり食事代を奢ろうとする度に自分の方が稼いでいて経済的に優位なのだと知らしめようとして梨花をしらけさせ幸福感を萎ませる言動が哀しい。妻がデートをしたりいちゃついたりセックスしたりして楽しい相手ではなく、一種に住んでいるライバルのような心情なのでしょう。梨花の方もいろいろなこと、セックスレスな理由も含めて、あけすけに聞ければいいのに聞けないと、コミュニケーション不足を悩んでいるわけですが、夫婦なんだからもっと一種に楽しもうよという気持ちがもっとあったら、と思ってしまいました。たぶん、人のことは言えないのだろうと思いますし、また梨花が何度も自分に問いかけているように、人生の何度かの分岐点での「もし」で違う選択をしたら結果は変わっていたのかということの一つに過ぎずそこでも結果は変わらないということかもしれませんが。
 和貴の気持ちは、男性読者の多くは、読めば共感し身につまされるだろうと思います。しかし、この作品の出色は、愚痴をこぼし続ける妻の元に帰りたくない思いで愛人宅に泊まってしまった和貴が帰宅して妻子がいない場面でふと妻があんなふうになってしまったのは自分が悪いのではないか、もっと話を聞いてやり、同意し、子ども時代を一緒になって懐かしがってやっていたら「自分たちは今のようではなかったのではないか」(192ページ)と考えるところにあると思います。ここでも、妻は今のようではなかったのではないか、ではなく、自分たちは今のようではなかったのではないかとしている点がいいと思います。
 弁護士の目で見ると、中條亜紀が娘の親権を夫に取られたこと(205ページ)、平林光太の父が2年前に解雇されて訴訟の準備を始めたが裁判が始まらないままに時間をお金ばかりがかかっているというくだり(143ページ)には違和感を持ちます。ふつうはこういう条件でも、妻が子どもを置き去りにして出ていったのでなければ、妻(母親)が親権者とされるでしょうし、弁護士にも相談しないで自分でどうしようか迷って時間が過ぎるのならともかく、労働側の弁護士としては解雇されて無職の労働者から依頼されたら何か月も放っておくことなど考えられません。


角田光代 角川春樹事務所 2012年3月8日発行
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする