伊東良徳の超乱読読書日記

雑食・雑読宣言:専門書からHな小説まで、手当たり次第。目標は年間300冊。2022年から3年連続目標達成!

美しき一日の終わり

2015-05-06 22:16:26 | 小説
 夫に先立たれて娘夫婦と暮らす70才の藤村美妙が取り壊しを目前に控えた祖父の代からの生家を訪ね、呼び出した入院中の63才の異母弟の秋雨とともに過ごす一日の間に、55年にわたった忍ぶ恋を振り返る純愛小説。
 愛人が死んだために一人になった8才の秋雨を父が連れてきてともに住まわせることになり、憤激して秋雨を物置部屋に追いやる母の思いに当初は同調しつつも、居場所なく心細く過ごす秋雨をやるせなく思って寝室に招いた美妙が眠ってしまった秋雨を抱き寄せたところ、乳首の上をこりりと噛まれて白く傷跡が残った15才の思い出と、京大に進学し東京を去りつれない態度をとり続ける秋雨を追って美妙が秋雨の下宿を訪ね、秋雨の学生運動にのめり込む姿と同居する女子学生千夏の姿を見て帰りの新幹線の中で奥歯をきつく噛みしめ後にはそれが高じて顎関節症になった29才の思い出を対比させながら、異母弟を慕う気持ちとそれを抑制しようとする意思の拮抗・葛藤を描き出しています。
 料理と裁縫が上手な美しい控えめな女性が、誠実で優しい夫と堅実で恵まれた夫婦生活を送り、そのことに感謝の気持ちを持ちながら、秘めた忍ぶ恋心を持ち続け、しかし55年にわたりその思いを抑え続けるという、古風な美しさを読む作品です。その抑えた思いに共感できれば、美しい作品として評価でき、自分の意思を抑え込み続けることのバックボーンにある因習的な道徳観への反発を覚えれば抑圧的な作品と評価することもできるでしょう。
 新婚旅行の夜、31才の美妙の「少しの刺激にも敏く感応し、身体じゅうから水があふれ出す」熱い思いが、夫から乳首の上の傷痕を指摘されそこに口づけされた途端に「身体に湛えられた水はたちまち引いて、美妙の泉は乾いて涸れた」こと、70才の美妙が乳首の上の傷痕に秋雨がそっと唇をあてるや「美妙の涸れた泉に水が湧き出した」ことの対比が印象的です。灰になるまで、やはり恋心が大切ですね。
 忍ぶ恋と言えば、天徳の歌合(私も、技巧的には壬生忠見かもと思いつつ、直截な平兼盛の「忍ぶれど色に出にけりわが恋はものや思うと人の問うまで」の方が好きです)を思い起こしてしまう、意外に古風な私には、沁みる作品でした。


有吉玉青 講談社文庫 2015年4月15日発行(単行本は2012年4月)
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