Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

「母から贈られた言葉」

2009年12月14日 00時40分13秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 大学生時代の友人の「さとうてるえ」さんのエッセイが掲載された「ら.ら.カフェ」10月号という雑誌を、ご本人から直接いただいた。ご本人の了解を得て、ここに転載させてもらうことにした。

 子どもは、十歳を過ぎる頃から自我が目ざめ、社会生活を意識し始める。組織的な無視とか、いわゆるいじめの萌芽が出るのはこの頃だ。子供たちは、そんな試行錯誤を繰り返す事で成長していくのだ。
 私も小学五年生の時、突然仲間はずれにされたり無視されたりからかわれたりした時期があった。
 私は子供のころテンポがずれたり、空気が読めなかったりという事があって、それがからかいの対象になったのだろうと思う。
 それが続くうち、さすがに学校に行きたくなくなって、母親にその事を告げた。
 すると母親は「ああよかった…いじめられる方で。あんたが誰かをいじめる方だったら、母さんはそのほうが悲しいよ」と、喜んでくれたのだ。
 そして、「いじめてる人たちと一生付き合うわけじゃないんだし、そのうちおさまるから、気にしないようにしなさい」と言ってくれた。その言葉で、私はすごく気が楽になった。
 母親の言ったとおり、あれは何だったの?と言いたいくらいあっけなく友好関係は復活した。
 また、そのころ私は母にきれいなブローチを買ってもらって学校にしていった事があった。オーバーの襟に付けて掛けておいたのが、帰る時に無くなっていた。
 私は、誰にも言わずに家に帰って母にその事を告げた。
 母はその時、顔をくもらせて「お前が悪い」と言った。「お前がそのブローチをつけて行ったことが、誰かに盗みという悪い心を起こさせたのだからね」と言ったのだ。
 その母も、私が二十八歳の時に亡くなった。
 私はその後三人の子どもを持ち、長女が五年生の時に同じようなことが起こった。私は内心「よっしゃ!」と思った。「母に貰ったこの決め台詞を使える!」と。
 これを言った時、長女は更に役者が上だった。
 「そうか、これは神様がひとりで楽しめる事を覚えなさいって言ってるんだね…」と言ったのだ。
 「うん、これもいただき。」長女は、外されている問、図書館に通って、いろんな本をせっせと読んでいた。おかげで彼女は今でもすごく博識だ。
 末っ子の次男も、やっぱり同じようなめにあって、その時私は母の言葉と娘の言葉をダブルで言って、乗り越えた。その後、友好関係は見事に復活した。
 恨みや憎しみは、連鎖し増殖し拡大する。憎しみのキャッチボールになる事もある。大人になっても、心ない振る舞いや、失礼な仕打ちをする人に会うことがある。そんな時、私は「自分がその相手でなくて良かった…」と、思うのである。

 お子さんとのやり取りが生き生きしていて、なかなかいい文章だな、と感心した。
 彼女には毎年「招福猫暦」という猫の暦をいただいている。一部700円にて30部前後売りさばいている。のほほんとした猫の表情もなかなかいい。