本日は江戸東京博物館の開館20周年記念「ファインバーグコレクション展 江戸絵画の軌跡」を見てきた。会期末ということでかなりの人ごみであったが、特に見にくかったというほどではなかった。しかし明日以降最後の3日間は3連休でもあり、相当な混雑と思われる。
まず最初に俵屋宗達の「虎図」が顔を出す。これは展示のこだわりなのだろう。身構えた心持をすっと楽にさせるという効果を狙っているのかもしれない。
この絵は当時も人気があったようであるが、はっきりいってこれは猫、それも太った運動不足の猫である。多分作者の宗達は本当の虎などの大型の猫族を見たことは無いと思われる。想像上の虎なのだろうが、あまりにも優しすぎる表情・風貌である。しかし愛嬌たっぷりで、現在も人の心を和ませる。人の心を和ませる虎、虎も大いに戸惑っていると思われる。
さて、まずびっくりするのは酒井抱一と鈴木其一がこれでもかという具合に並んでいる。それも私にははじめての作品ばかり。酒井抱一の「十二ヶ月花鳥図」の12枚の連作。各種鳥と花の躍動にこんなすごいものが海外に流出していたのかと驚く。後期展示は小品「柿に目白図」、これは柿の赤と枯れた柿の葉のくすんだ色、目白の色合いが美しい。さらに「遊女立姿図」。
ところがすぐ隣に展示されているのが抱一から出た鈴木其一の「山並図小襖」と「松島図小襖」、「群鶴図屏風」と続く。この3作品とも私ははじめて見るのだが、「山並図小襖」の美しい金・緑・青色の山並みの連なりに足がとまってしまった。遠近感を出すのに墨を利用したりする工夫があるようだ。これはポストカードは売られておらず、ここにアップできないのは残念である。「松島図小襖」は松島と波が少々誇張しすぎて懲りすぎているが、「山並図小襖」は実にのびのび、広々とした遠景である。
この「群鶴図屏風」は水の流れが、琳派の系譜であることを意識していると思われるが、鶴の羽の白・足と目の赤、腹の黒の繰り返しが目を惹く。鶴の配置や仕草のバランス、水の配置など計算されつくした装飾性豊かな構図が気に入った。
鈴木其一の絵は、朝顔図と渓流図、四季花鳥図の3点が脳裏に刻まれていて、それだけで気に入っていたのだが、この山並図と群鶴図でさらに私の評価は上がった。
また、其一の跡を継いだという鈴木守一の「平経正弾枇杷図屏風」という作品を始めてみた。横浜のそごう美術館の細見コレクション展で何点が見た記憶があるが、いづれもごく小さなものばかりで、印象に残っていなかった。しかし、平家物語に材を得たというこの作品、大作で、白い龍が枇杷を断ずる経正の上空で舞う緊張感のある構図が印象に残った。明治以降も作品を描いていた画家である。忘れてはいけない画家だと感じた。
次に足がとまったのが、池大雅の「孟嘉落帽・東坡戴笠図屏風」。中国の二人の逸話を使った大きな屏風。ポストカードは残念ながら左双のみである。ただし私もこの左双の方が画面の余白が効果的だと思って気に入っている。蘇東坡の後ろの余白が空間の広がりをうまく表していると思う。また大きな袖を何も書かずに丸い輪郭で大きく描いているのも絵の全体のバランスから見て好ましい。左の木の曲がり、頭の上の借用した笠の曲線、背後の木の曲がりと呼応していて面白い。池大雅は5点のうち後期は2点のみ。私はこの絵の印象がとても強かった。
与謝蕪村は3点のうち2点が後期展示。竹斎訪隠図屏風が面白かった。これは芭蕉の野ざらし紀行に出てくる「狂句木枯の身は竹斎に似たる哉」の竹斎を連想した。しかし竹斎の姿格好は風狂というものではなかったが‥。もう一点の「寒林山水図屏風」は金泊を背景に描かれており、このような画があるのは珍しいとのこと。蕪村の画のイメージとのことだが、私は金箔の地が効果的だと感じた。
円山応挙は4点。美人画の艶かしさにちょっとどきっとした。
曾我蕭白は4点のうち後期は3点。「鉄拐仙人図」は本で見たことがある。「宇治川合戦図屏風」は佐々木高綱と梶原景季の「宇治川の先陣争い」の図だが、あまりに生々しい当時のはやりの図柄、構図、彩色で蕭白もこんな絵を描いていたのかと感じた。
長沢盧雪が後期は「拾得・一笑・布袋図」の3幅のみだったのは残念。
そして伊藤若冲が2点、「菊図」と「松図」。菊図は会場を出てからまったく記憶にのこっていないのが不思議なのだが、私はこの「松図」に圧倒された。大胆な太く濃い墨で描かれたきっちりとした線が印象深い。この画も私のこれまでの伊藤若冲の印象からは遠い印象だ。しかしとても印象に残る。こんな力強い抽象的な象徴的な画を描いていたのかとびっくりした。
その他、北斎・広重・豊国の絵もあったが、以上挙げた画の印象が強くて、あまり記憶に無い。また岸派、森派などの絵もあり、解説を見て「なるほど」と思ったものの、覚えていない。
江戸の絵画を全体的に見渡すためにも図録を購入しようとも考えたが、2300円、決して高くは無いのだが手が出なかった。
江戸の絵画についてはほとんど学生時代に教科書では取り上げられず習うことも無かったが、こんなにも豊かな世界があったのかとあらためて感じた。同時にこんなにも幕末から明治時代初期にかけて流失したのかと驚いた。この大量の作品と豊かな世界がヨーロッパでジャポニスムという大きなインパクトを与えたのだろう。
もうひとつふと気になったことがある。夏目漱石は酒井抱一がかなりお気に入りだったのではないかと、東京藝大の「夏目漱石の美術世界」展を見ての感想だが、鈴木其一についてどう思っていたのだろうという疑問がわいてきた。とても気になる。「芸術論集」でもめくってみようかと思った。