Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

鎌倉は人気スポット

2013年07月28日 22時59分21秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 気楽に神奈川県立美術館鎌倉館まで足を運んだ。しかし鎌倉駅から小町通を抜けて美術館までの人ごみのすごさに圧倒されてしまった。
 古都鎌倉が人を集めることについてはおおいにいいことだと思っている。洒落た店が立ち並び、おおいに繁盛している。しかも若いカップルが思い思いに散策を楽しんでいる。しかし実際にそれを目にしてそこを通るとなると、オジサンはオロオロしてしまう。小町通に人が集中してしまっているのかもしれないが、鎌倉市内の他の地域にも波及効果はあるようだ。
 古都鎌倉はしかし、道路などの拡幅が難しいことや観光客向けなどの大規模駐車場の確保の困難もあり、交通渋滞が激しい。それが逆に人気の秘密でもあるし、一概に否定的な側面として強調するのはまずいのだが‥。

 ただ少々物価が高い。むろん地域に精通すれば私のようなオジサンが腰を落ち着けることのできる安い地元の居酒屋やくつろぎスペースはいくらでもあるとは思うが、そこまでして探索する気力は今のところ無い。

 さて松田正平展、久しぶりに楽しい鑑賞の時間を過ごすことが出来た。絵を楽しむ、ということからするとうってつけの展覧会である。
 感想は、明日以降にアップするつもり。

 美術館では併設の2階の小さな喫茶店でいつものとおりくつろぎながら蓮池を眺めてコーヒータイム。ホットコーヒー380円。店内ははっきり言って殺風景だが落ち着けるいい場所だ。100メートル先は小町通の終点で、道を挟んだ反対側は観光バスの駐車場で人の列が絶えることの無い場所なのだが、実に静かな落ち着いたスポットである。私のお気に入りの場所だ。
 最近は美術館の入場券がなくても入ることが出来るのでうれしい。

 本日は、鎌倉駅と美術館の間、小町通を往復しただけで鎌倉を後にした。お土産は漬け物2パックと図録。帰りは東戸塚駅で下車して、久しぶりに旧東海道の品濃一里塚(両側に一里塚が残る)、境木(武蔵・相模の国境)、権太坂を通って保土ヶ谷宿、保土ヶ谷駅から相鉄線の天王町駅まであるいた。時間が許せばさらに神奈川宿経由で我が家まで歩きたかったが、時間の都合で断念。それでも権太坂からのみなとみらい地区方面のビル街を眺めて気持ちのいいウォーキングが出来た。

 少し歩き足りないので就寝までの時間、家の周囲で短いウォーキングコースを歩こうとしたら雨が降るとのメール配信があり、断念した。

 今晩は松田正平展の図録でも見ながら就寝とすることにしよう。

本日の予定

2013年07月28日 12時26分10秒 | 日記風&ささやかな思索・批評
 本日はこれから鎌倉の神奈川県立近代美術館に出向いて、「松田正平」展を見てこようかと考えている。妻を誘ったが、断られてしまった。
実は同じ美術館の葉山館では、葉山館開館10周年ということで「戦争/美術1940-1950」展も開催しているのに気付いた。こちらは10月14日までなので、後日訪れることにした。こちらは逗子からバスに乗らないといけないので、遠い。しかし松本俊介や靉光も展示される。丸木位里・俊の原爆の図も展示される。講演会4回あり聞きたかったが、これは断念せざるを得ない。

 もうひとつ、新しい方のセキセイインコが毎日餌を交換するたびに籠から出てきて飛び回りなかなかつかまらないし、自分から籠に入ることもしない。
 以前はキーボードをたたいていると右手にじゃれ付いてきて、手の中に入り込んでくるのですぐに捕まえられたのだが、最近は学習して手の中には入ってこない。手の甲に飛び乗ってじゃれつくため、なかなかつかまらない。また察しがよくなってつかまりそうになると警戒して、頭の上や型の上などつかまりにくいところに止まる様になった。
 やむを得ず羽を切ることにした。これを今日中にしたいのだが、うまく捕まえることができるであろうか。
 セキセイインコと人間の駆け引きがつづく。


風景と人物

2013年07月28日 11時49分46秒 | 芸術作品鑑賞・博物館・講座・音楽会等
 一昨日川瀬巴水の人物に対する違和感を書いたが、自分でもうまくまだキチンと表現できていないと反省している。もうひとつ、どんな人物ならばいいのかとも自問自答していた。





 比較が適切ではないと思うが、たとえば葛飾北斎の富嶽三十六景は必ず人物の点景が出てくる。人物が主ともいうような絵である。私はこのこのシリーズの人物が気に入っている。





 また、歌川広重の東海道五十三次も旅する人物が主であるようにみえる。

 実際はどちらも富士や宿場の景色が主題なのだが、いづれも風景と人物が溶け合っている。人物と風景は一体になっている。ひとつのドラマを見るようだ。

 一方で、現実の風景をどこかで拒否をして、現実の風景を手がかりに新しい風景を創出しようとしている画家の意欲も感じる。どこかで現実の風景を拒否しているような感じをいつも私は受け取る。現実に対する画家の違和感といったものを受け取るのだ。その違和感が具体的にどのようなものなのかは、まったく見当がつかないけれども。
 同時に風景と人物が混然一体となっている時代というものもそれとなく感ずることもある。それを北斎や広重といった画家は彼らの方法で再構成しようとしているのかとも思える。

 無論、広重や北斎と、時代もおおいに違う巴水を単純に並べて比較することの無理は承知しているつもりだが‥。近代化という時代が、都市風景や自然風景と、人間の関係を北斎や広重のときとは違って、大きく変えてしまった。巴水という画家はそれを無意識に感じ取ってたじろいでいる、といってしまって、何かをいいおおせたわけではないことは承知をしている。巴水は現実の風景に人を配置することの困難と格闘したようには感ずる。

 また、北斎や広重が現実の風景から感じ取ったと私が思う違和感らしきものが何なのかは、まったくわからない。

 これ以上、墓穴を掘らないよう、ここら辺でこの論はお終いにしておこう。