戦後最悪の首相がやっと辞意を表明した。「辞めたからといって済む問題じゃない」そのとおりである。だが、辞めてもらいたい人間の筆頭なので、辞めてもらっておおいに結構。そして大事なのは首相を辞めたから免責されるのではない、ということ。特に刑事責任は免れることはない。道義的責任は永遠についてまわる。
憲法と三権分立を理解していない人間、利益誘導をしてはならないという政治家の最低限の規範も守る気のない人間が首相になってしまうという恐ろしい日本の民主主義の水準を身をもって示した人間である。
この壊され続けた政治を元に戻すのは極めて大変な仕事と思われる。修復しようという意欲のある人に首相になってもらいたいものである。壊れたものはもとに戻すことが必要である。政治と社会を壊しっぱなしの共犯である今の与党には後継になる資格はないと私は思うのだが‥。
戦後最長、という辞任の「花道」のために少なくともここ何カ月も無策の下に置かれた国民はいい迷惑である。「健康に問題なし」といい続けた閣僚は「ウソ」をいった責任をとってもらいたいものである。「ウソ」が当たり前になった日本の政治、どう修復したらよいのか。疑惑の追及に手心は許されない。
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生い立ちもさることながら、社会を見つめる目を自分でつくりあげるとが出来なかった青少年時代だったのでしょう。
「長州の血」と言ってしまっては、長州に生きる多くの人に申訳ないので言えませんが、明治維新の評価、当時の幕府の評価、洗い直す必要があると思います。私たちに沁みついてしまった「明治維新史観」からの脱却が最近言われるようになったと思います。期待したいです。
一度かかったら完治しない難病を押してまで、悪政の限りをやられたんじゃ国民は堪ったもんじゃない。
ただただ自己保身、自己満足のためだけで、国民に塗炭の苦しみだけを味わらせ続けたあげく、二度までも途中で逃げ出してしまった責任は、背負いきれないほど重い事など眼中には全く無いのだろう。
げにおぞましきは歴代の「アベ一族」だ。テロでもって徳川幕政を倒した長州の血がそうさせるのだろうか。
「辞任の花道」は棘だらけの黒い薔薇100万本を容易しておくから、それをしっかり抱きしめて「民」の苦しみを少しは解れといいたい。