メランコリア

メランコリアの国にようこそ。
ここにあるのはわたしの心象スケッチです。

すり替え

2011-08-13 23:17:30 | 日記
ここは、わたしの精神のバランスをとるための日記でもあるので、
今の仕事場で毎日起きている出来事をいろいろ書くけれども、
読みたくない方はスルーお願いします。

先日、契約更新で派遣屋の営業さんが来た際に、相方さんのことをかいつまんで相談してみた。
とても心配してくれて、契約書を渡すついでに、早速リーダーにゆってくれたようで、
その日の夕方に呼ばれて、15分ほど話したけれども、
人の性格なんてものは一朝一夕でどうにかなるものじゃないから、
リーダーさんは冷静な人なので、とりあえずバイヤーさんに迷惑がかかる点だけを教えて欲しいとのことで、
とにかく協力して進められない旨を何点がゆってみたけど、どうにも説明しにくく改善も望めず、
なんだか話さなきゃよかったな、て後悔すらよぎったけど、
相方さんの言い分だけで、理不尽な誤解を受けるのだけは避けたい一心で、なんとか訴えてみた。

週の前半はやたらと話しかけられて、仕事ができないほどだったのに、
「話しかけられると集中できなくてミスるから、集中していいかな?」てゆったのがまた地雷を踏んだのか、翌日から一切無言。
挨拶すら離れてする始末で、子どもより性質が悪い凹凹凹
これは我慢大会なのか?どうして同じ仕事を協力して気持ちよくできないんだろう???

静かでいいかと思うようにしたが、解決した疑問点も共有しないため、
わたしが知らない間に変更点があっても分からない

金曜に一番凹んだのは、社員さんとの打ち合わせ中、雑談ついでに、相方さんが以前からとても気にしていた
「誌面の校正をするかしないか」て質問をしたら、「それはないです」との答えにダメ押しするように、
「それはもちろんないと思ってました」と鮮やかに言い切った!驚×5000
自分が散々気にしてたことを、まるでわたしがそんな質問してバカみたいだと言わんばかり。
あっけにとられて、思わず顔をまじまじ見てしまった。そんなことの繰り返し。
わたしを打ち負かすことに喜びがあるんだろうか?ドングリの背比べなのに。

作業のほうはほぼ先が見えてる状態で、むしろ9月まで延長して何をするんだ?て感じ。
余った時間にお互いのリライト部分をダブルチェックすることになったんだけど、これがまた恐怖の時間だ
彼女は単純ミスが多いため、ミス打ちやら、モレ、用語統一部分を直して、内容部分は触れずにいたのに、
彼女は、自分のミスを指摘されたことで、まるで対抗するように、一生懸命直してたが、
彼女が直してるのは主に内容的なこと。疑問に思うたびに逐一社員に報告してるし、
わたしがやったのと同じ時間をかけて全部自分流に変えんばかりの勢いだ
それじゃ2人で仕事をしている意味がないよね?

そして、自分のミスを直されるたびに「どうしてわたしのデータを見たんですか?」と必ず鋭く問い質す。
そうゆう自分のほうが、わたしの仕事をしょっちゅうチラ見してる。
指示をメモるようになったり、処理件数を報告するようになったのも、
わたしを真似して始めたのに、自分が最初からやってたようにすりかえてる。
自分を正当化して守ろうとして、その場凌ぎのウソをつくたびに人を傷つけ、
そういった言動のせいで信用を失っていくという悪循環に気づいていない。


物事を順序立てて、理論的に説明するのが苦手みたいだ。
説明しようとして焦るほど意味不明になってしまうことに本人も気づいてる
パワポを多用している理由もそこにあるのかも。
以前メールを送った時も、読んだ風だったが、意図がまったく伝わっていなかったし。
パワポなら見たまま伝えることができるから。

私が気づかない点に気づく目も持っているのに、ちょっとしたことで感情的になって、
感情の起伏が激しいのは、神経症の症状だな。

撮影商品ももらわず、体調を聞かれても大して話を膨らませるわけでもなく、
「ここの社員はわたしたちを疎外してる」ってゆってる。
いや、壁を作っているのは自分だってば。これも自分都合なすりかえ。


怒りや悲しみを吐き出せる人のほうがよっぽど強いといつも思う。
怒ってもいい正統な理由がある時ですら、「こう言ったら雰囲気が悪くなって気分が悪くなる」
「自分の印象が悪くなる」と飲み込んでしまい、
自分の中に「怒り」という感情発現が欠落していることに気づいた(繰り返してるパターンなんだよね


わたしはいつから怒らなくなったんだろう?


派遣はいろんな町、仕事、人と出会えるのが醍醐味だけど、こうゆう人とは出会いたくない。
人間関係のトラブルに遭うたびに人付き合いがますますイヤになる。
かといって、いったん引き受けた仕事を途中で投げ出すのは気持ちが悪いし、
自分が関わった仕事の完成形だってこの目で見てみたい。
それでも、9月までもつかどうか。。


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『戦場に行った動物たち』

2011-08-13 20:47:42 | 
『戦場に行った動物たち』(ワールド・ムック)
杉本恵理子/著

「もの言う命と言えぬ命。どちらが重いと誰が決めたの?」

鳩を通信手段に使ったり、軍犬なんて存在があったことを知ったりしたけど、
ここまで広範囲の動物が関わっていたとは知らなかった/驚
車の通れない悪路をロバに武器・食料を積んで運んだり、
象に瓦礫撤去をやらせたり。

食糧不足で死んだり、爆弾で兵士とともに吹き飛ばされたり、
移動の際に連れてゆけずに置き去りにしたり・・・
動物にとっては過酷でも、生きるか死ぬかの兵士にとっては癒しの存在でもあった。
ギリギリの戦場での兵士とのショットの数々を見ると胸が痛い。

p.8
いつの時代も人間は、動物を利用して生きてきました。食用にしたり、労働力として使ったり。戦争でもまた、作戦で勝利するため、生き残るために、ふさわしい資質をもつ動物を探し出し徴用してきました。動物たちに選択権はありません。事情を飲み込むことも、それに対して抗議することもできません。もの言わぬ彼らは、本来の生き方とまったく関係のない仕事に就かされ、その運命を人間の都合に委ねるしかないのです。

ロバと馬を交配させて生まれたラバは、雑種ならではのスタミナが特徴で、寒さや飢えなど過酷な状況下では馬より強いと言われました。
ラバは頑固な性格ですが、人間が信頼を示し、彼らのペースで歩かせれば、どんな悪路も嫌がらず果敢に前進してくれます。
賢い馬ほどストレスを感じやすく戦争神経症にかかります。馬にも癒しの時間が必要なのです。

アメリカがビキニ環礁でくり返した核実験では、動物を使った生体実験が行われました。人間を被験者にできない被爆調査に使われたのです。

サーカスの象は、町が爆撃され職を失うと、瓦礫処理班に回されました。

あとがき
彼らに役割を与えたのは人間です。彼らを英雄にしたのも、悲劇の主人公にしたのも、人間です。動物たちはただ足元の地面を踏みしめ、兵士たちと並んで歩き、空腹と寒さに身を震わせ、苦痛に呻き、命を閉じた。動物は、与えられた境遇で生き抜く術しかもたないのです。



『戦場の犬たち』


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