≪首都「ウイーン」にて≫③
午後は約5時間の自由行動だった。解散したのは「オペラ座」の前だった。
私は同じ1人参加の気が合う人と2人で、「ウイーン中央墓地」と「オペラ座見学」の2箇所に決めた。「オペラ座見学」の時刻は3時からだったので、先ず17番電車に飛び乗って「中央墓地」に向かった。
切符は電車内で買うと高いので、予め「キオスク」から1枚2.2€のを往復分買って置いた。それを乗車後直ぐに電車中央の青色刻印機に入れて刻印した。そうしておかないと、検札の人が来た場合、罰金を取られるのだ。
電車は高層ビルが建て込む市内から、徐々に郊外の住宅地に向かった。30分程乗って「中央墓地前」で下車した。
門の横には大きい花屋があった。中に入ると街路樹が生い茂った広い道路があり、その両側に墓標が立てられていた。
以前市内5箇所にあった墓地を、1874年にここに1つにまとめたのだそうだ。良く手入れがされた公園の様な墓地だった。
草刈をしていた男性にに聞くと、ウイーンで活躍した楽聖たちが眠っている左側の32A区に案内された。
クラシック好きの私にとっては、有名な作曲家が一同に眠っている墓地は、まさに聖地だった。
(べートーベン)
(シューベルト) (モーツアルト)※遺骨が無いので「モニュメント」である。
(マーラー) (ヨハン・シュトラウス 父?)
(ヨハン・シュトラウス 子?) (フランツ・スッペ)
雨が落ちて来たので、それ以上探索するのを止めて、電車で「オペラ座」前に戻った。
2時45分になっていたので、急いで館内見学の受付に行った。既に大勢の人が並んでいた。
並びながら途中に2箇所置いてあった立て看板を見ると「一般料金は7.5€、65歳以上のシニアー料金は6€」と書かれていた。私は窓口にパスポートを見せて「シニアー」と言って買った。
私以外は誰もそれに気付かなかったらしく、僅か1.5€の事でも皆残念がっていた。
説明員男性の案内で入り口階段周辺、待合場所、貴賓室、劇場などを回った。パリのオペラ座を見学しているので、余り驚かなかったが、日常的に本物の音楽やオペラ、バレーなどに接することができる環境のウイーン市民が実に羨ましかった。
館内の写真は、フラッシュが禁止されていた。
これで「オーストリア12日間」の観光が全て終った。
最後の夕食は、居酒屋「ホイリゲ」で熟成がまだ若い今年のワインを飲みながら食べる食事だった。私達が行った所は、世界的な有名人も訪れた時の写真が飾られていた。
翌日は午後13;20発のオーストリア航空成田直行便で帰国した。機内は満席で、機体がかなり揺れたが、予定通り無事に帰国できた。
これで長かった「オーストリアの旅」19回を、何とか完成させる事ができた。歴史、文化、芸術、自然のどれもが豊かな「オーストリア」は、予想通りの素敵な国だった。今回も私の旅に付き合ってくれた皆さんには感謝を申しあげる。皆さんは記事からこの国をどう思っただろうか。 (完成)