花好き・旅好き80代北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり、今は外国行きは見合わせている。

日本の穀類自給率を考える

2015年06月21日 | 家庭菜園・市民農園・借り上げ農園

今日も晴れていて風が強い。なので当地の地面は乾き切っている。天気予報では今週一杯は雨にならないらしい。しかたがないので野菜や花に水をやろうと思う。

8時に農園に行った。農園に常備されているジョウロは、大きくて重く、水を入れたら私には運べない位だ。
管理センターは、女性も農園を借用していることを忘れているのか、それとも全く考えていないのか。
水を半分以下に入れれば私も何とか持てるのだが、私は結局、愛用のジョウロも自宅から持参している。

それで今朝は、畑中に水を撒いた。水は地下水を利用した水道が農園の数箇所に設置されていて自由にいくらでも使えるが、飲水にはならない水なのだ。
風が吹くと土埃が上がっていたのが、散水で収まったが、この風だから1~2時間もすると元の木阿弥になるだろうな。

話は変わるが、砂漠地帯に住む人たちは、気温が高くても雨が降らないので農業ができない。
結局、大昔は食糧を求めてどこまでも動物を追いかける生活をするしかなかった。
その結果、広い地球上の幾つもの大陸に、人間が広がって行く原動力になったのだろう。
歴史的に偉大な権力者は、珠に降る雨を利用するべく灌漑の溜池や水路を作る努力をして農業を発展させ、多くの人々の定住生活を実現し、豊かな生活を実現した。
そう考えると、遊牧でも水産業でも食糧は得られるが、農業もまた人間が生きて行く基本だったと言えるのではないだろうか。

しかし、日本と言う国は、現在、穀類の食糧自給率が先進国の中では最低という40%を切ってしまった。農地がない訳ではない。農村の後継者不足によって、膨大な農地が放置されたままになっているという。
その耕作放棄地を、何とか有効に活用する手立てはないのだろうか。

日本中のスーパーマーケットにぎっしりと並んでいる世界中から輸入された各種のあり余るほどの食糧を見ていると、国の国際的な関係が変わり、いくらお金を積んでも輸入が思うようにできなくなり、食糧確保が難しくなるかもしれない日が来ることなど想像できないかも知れないが、国はそんな事態が起きるかも知れないことを既に見据えているのである。
私はそんな事も考えながら、ささやかながら自分でできる野菜類の確保を無農薬(一部は低農薬)で続けようと思っている所なのだ。

結局今朝は2時間の作業をして帰宅した。
6月9日に種を蒔いた「小蕪」を間引いた。ピンポン玉程度の大きさになった数個と葉を赤い二十日大根数個と合わせて一夜漬けにした。近所の奥さんにも半分お裾分けした。(漬物に加えた「小蕪」の葉の残りを麺類の汁に入れて見た。癖が無く美味しかった)

下は朝の写真から。



 
(「ピエール・ド・ロンサール」の膨らんで来た蕾)

 
(私の手作りベンチの後ろは「ラジオ・タイムズ」)    (入り口のウエルカムプランター)

コメント (10)
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