穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

第D(15)章 紙こより

2016-09-04 09:10:14 | 反復と忘却

 これはダブりかしら、とこれを書きながら俺は思った。こよりというのは紙から作る物かも知れない。最近はものが溢れていて個人で紙縒り(コヨリ)を作ることも無くなった。昔はちょっとしたものでも縛る時には自分で作ったものらしい。

母は十年以上も前になくなったが、父は母の遺品に手を触れなかったらしい。父の死後遺品を整理していたら母の遺品が色々出て来た。母の預金通帳等もまったくそのままで長期間出入金もないまま放置してあった。

その中に紙縒りで縛られた手紙類があった。紙縒りの状態からすると、母の結婚初期から長い間ほどかれていないようだった。そのなかに男友達からきたラスコリニコフばりの意見を述べた手紙もあった。父は随分独裁者だったが、他人の持ち物を探るということは一度もなかった。俺の部屋にも留守中に一度も入って持ち物を調べたことがない。そう言う意味では昔気質の倫理を持っていた。母の結婚前後の手紙も母の死後一度も覗いてみようとしなかったようである。

実家に用事があって寄った。一番下の妹が裸足で勝手口から表に飛び出して来た。あとを追いかけて父が大声でどなりながら階段を踏み鳴らして追いかけて来た。妹は裸足のまま、往来を逃げ出して行った。

「あいつは俺の悪い所だけ似やがった」と父はまだあらい息をしながら嘆息した。父は長い間は母の遺品を開かず大切に保存して来たが、大体悪く言えば会話がない家庭であったが、両親もきょうだいも他人の部屋に入ってきたり、ものを勝手に持ち出したりすることは無かった。姉の夫は変わった家庭だと呆れたり感心したりしていたのである。 

所が一番下の妹は母親の遺伝子が違うからか、父の劣性遺伝子の方だけが遺伝したのか、物欲が異常に発達していて強情でわがままで自分の都合しか考えない。留守中に俺の部屋に勝手に入って来てものを持って行く。とがめると蛇のような目で挑みかかってくる。理屈も何もない。

母のクレジット・カードを無断で持ち出してやたらと洋服やら装身具をデパートで買い込む。近所では「ハレハレ」の格好で歩いていると言われて有名だったらしい。