穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

第D(18)章 射界の清掃

2016-09-09 08:14:08 | 反復と忘却

俺は何事も根源的にとらえる。ラディカルなんだな。哲学的なんだ、性格が。ポール・リクールじゃないが、神話は参照すべきものだ。また、フレイザーの金枝編なんてのも示唆に富んでいる。同様な理由から人間を霊長類として把握するために、猿のむれの研究を参照する。もっと遡ってサイケデリック・ジャーニーをしてもいい。哺乳類全般に。ま、そういうわけだ。

さて、ギリシャ神話をひもどくと神様の最初のDNAはウラノスに現れる。ウラノスは妻のゲー(大地)との間に生んだ子供を穴の中に投げ込んだ。そこでゲーは子供のクロノスに斧を与え、父親ウラノスのペニスを切断する様に命じた。クロノスは父親の生殖器を切断して父親を海に投げ捨てた。

このDNAは二代目のクロノスに引き継がれる。クロノスは沢山子供を産んだが男の子は皆食べてしまう。赤ん坊の肉というのは若鶏のようにやわらくて美味しいんだろうな。しかし最大の理由はやがて子供が成長して自分を排除してボスになるのではないかという恐怖だろう。猿の子殺しという現象も同様の理由であるとも言われている。

そこでクロノスの妻レアーは一計を案じたのである。ゼウスが生まれた時に夫に新生児だと偽って石ころを食べさしたのである。クロノスは随分腹持ちの良い赤ん坊だと思ったらしい。そしてレアーは生まれて来たゼウスを隠して育てたという訳である。それでウラノスからの父系のDNAは守られたとさ。

ゼウスは沢山の人間の女と交わって多くの半神半人を生んだ。これが人類の祖先である。クロノス、ウラノスの性質が人間に遺伝しないわけがない。

これが神代の祖父、父、孫の三代記である。これまで何回も父は男の子供を非常に警戒していた話をした。とくに思春期になって男性としての成長が加速し顕著になると必ずそれを押さえようとした。本能みたいなものである。これは父と男の子たちとの関係であり、息子というのは完全にかれの射界に入っていたのである。娘達には警戒心を抱かず自分の毛繕いをさせていたのである。自分の情報源にしていたのである。息子達の情報を娘達から集めていたのである。

父は孫となると全く警戒心を示さなかった。当たり前かも知れない。あまりにも年令が開きすぎている。孫との関係は非常に親密であった。一転好々爺に変貌する。

毎年正月に家族が集まるのだが、孫達が寒いだろうと襖を取り払った二間にストーブを何台もおいてがんがん焚くのである。日本家屋は夏の暑さをしのぐ様に出来ているが冬は寒い。それに加えて普段は節約節約と口うるさく言って暖房を使わせない。父は非常に頑健だから、暖房なんかなくても冬でも快適だったらしい。他人も同様だと思っていた。

それが孫達が来るとガンガン部屋を暖めるので今度は室内の温度が異常に上がる。柱は膨張するのか、みしみし音を出し、部屋が振動するようになる。皆茹だったタコのような真っ赤な顔になるまで温度を上げるのである。そんななかで父は顔を真っ赤にしてニコニコ笑っていた。

父は人並みすぐれて頑健で健康であった。エネルギーが溢れていた。だから原初的なパターンが表に出ていたのだろう。