『 北海道立稚内商工高2年の男子生徒(16)が、携帯電話サイトの掲示板に他の生徒を中傷する内容の書き込みをし、その事情を学校側から聴かれた日の夜に自殺を図って今月4日に死亡していたことが7日、分かった。学校の説明によると、教諭4人が約2時間、入れ替わり生徒から聴取したという。生徒はノートに「死ねと言われた。ある先生にばかと言われた」などと書き残していた。阿部公明教頭は「そのような発言の事実はなく、自殺と直接の関係はないと思っている」としている。 生徒の書き込みの内容が校内でうわさになり、学校側は7月20日午後、生徒から事情を聴いた。生徒は担任教諭の面談後の午後5時ごろ、迎えに来た母親に付き添われて帰宅したが、午後10時ごろ、自宅で首をつって自殺を図ったという。 生徒は当日「他の生徒が学園祭で楽しんでいるのを見て、ねたんで書いた」と書き込みを認め、最後は反省したという。生徒は生徒会の書記次長で、学園祭では運営に当たっていた。』産経新聞
携帯電話サイトに生徒会の書記次長の生徒が、他の生徒中傷する書き込みをし 他のが発端ですが。携帯サイトを法的に規制しても、最後は携帯をサイトを使う自覚、良識が大切でということになります。生徒会の活動をしているなら、他の生徒を妬むのではなく、生徒同士人権を尊重しあう姿勢、お互いに相手の立場を考える事が大切です。友達の喜びも自分の喜びと分かち合う思いやりを持つべきです。携帯のサイトに匿名で書き込んでも自分が書き込んだことが分かってしまいます。自分が書き込んでもなぜ分かるということが、分からないのか疑問に思います。なぜこんな無駄なことをするのでしょうか。自分の中傷した書き込み行為を反省しても、自殺したら16才まで育てくれた両親に申し訳が立たないと思います。インターネットや携帯電話が普及してもお互いに会って率直に話し合えない心の貧しさ、人間としての人間同士のコミュケーション不足を感じます。学校側の事情調査で、この男子生徒が『ある先生に死ぬとか馬鹿とか』言われたとノートに書き残し自殺しましたが。このようなことを言われた先生が、本当にいたとしたら教育者として問題で、人権感覚を疑います。先生が悪い言葉を使えば、生徒達は、決して良くなりません。言葉の持つ力や影響を胸に手を当てて考えて下さい。教育現場では、生徒や先生の人権を尊重するのは常識では有りませんか。お互いの立場を理解し、尊重し合ううインターネット時代の「人権教育」の確立が必要てす。平和な日本で子供達も大人も『死ぬ』と言う言葉を簡単に最近使い過ぎているのが今の日本です。生命の重さや貴さを皆忘れているのです。平和ボケして、生命の貴さと大切さを忘れてしまったのです。太平洋戦争で、前途有望な幾多の若者や日本人の血と戦争犠牲者により今日の平和が築き上げられた事を忘れてはなりません。平和ボケしていて良いと言う有名なテレビキャスターもいます。平和名日本でインターネットや携帯のサイトにくだらない書き込みいじめ言葉による中傷誹謗や殺人予告をし事件を起こす子供や大人ばかりです。日本語の文章も日本人として恥ずかしい体たらくぶりです。こんなことでは、日本を背負って立つ社会に貢献する人材は産まれないと思います。陸軍・海軍特別攻撃隊で戦死した若い人達の簡潔で自分の心境を精一杯纏められた遺書と最近のいじめ言葉を比べると天と地です。情けない日本語の羅列です。歴史学者故井上智勇先生の言葉に『歴史は繰り返す』と言われました。平和ボケしているうちにいつか来た戦争への道を歩んでいても分かりません。「心と命」を大切にした教育を実践しないと日本は斜陽化し滅びます。8月15日を前に日本の平和の大切さを考え直し命の大切さと貴さを皆で考え直してほしいと思います。英語教育よりも日本語を正しく話せ、書け、読める日本語教育の充実を望みます。文章を書く専門家の新聞記者から子供たちまで、正しい日本語の文章を使わない時代です。